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五十二話 義姉襲来

「愛しい義妹に会いに来たというのに、当の義妹が迎えにこないというのはどういうことだ、ウェッジ」


 燃えさかる炎と称するにふさわしい豊かな赤毛を蓄えたフレデリカ・ビシュタットは同じく真っ赤な装飾を施した軍服とマントを身にまとい、細身の剣を腰に携え、大股でハーンバスト学園の敷地を踏みしめていた。


「さて、突然の来訪ですので、あちらも準備が整っていないのでしょう。文を届けた翌日にというのは急でございますからな」


 フレデリカの背後に付き添うように歩く老騎士は皺の刻まれた瞼を重たそうに持ち上げながら、学園の周囲を見渡す。当然ではあるが、派手な装いのフレデリカは注目の的であり、果てにはマントにはでかでかと家紋である燃える鬣を持った獅子が描かれている。

 レクーツァ王国にて赤に炎、女騎士とくれば誰しもがフレデリカの名を思い浮かべる。

 所謂お忍びなどというものはフレデリカには存在せず、ありのままの姿で市井に繰り出し、その姿も堂々たるものであるから、広く民衆からも愛された騎士であった。


「ふむ、流石に学生。喧嘩を売ってくるものはおらんか。つまらんことだ。私が在籍した頃はもう少し血気にはやっていたと思うのだがな」


 フレデリカは何ともつまらなさそうに溜息を吐く。颯爽と歩く中、フレデリカは常に剣を繰り出せる姿勢を取っている。近衛を任される騎士であれば、そのような姿勢を取るのは普通であり、いついかなる時でも王の為、民衆の為、己の為に剣を抜けるようにするものだ。


「やれやれ、平時というのは素晴らしいことだが、もう少し刺激があっても良いとは思わんか、ウェッジ」

「品行方正を尊ぶ学園にて乱闘騒ぎなどもっての外でございましょう? フレデリカ様のような気質が増えては一大事です」

「何を言う。私は常に乙女を心掛けているぞ?」

「御冗談を」


 だが、彼女の場合はもっと単純に好戦的なので、そういうスタイルなだけなのだが。

 売られた喧嘩は必ず買い、そして打ちのめす。それこそがレクーツァ王国にて唯一女性でありながら近衛騎士団にいるフレデリカという騎士なのだ。

 それにつきそうウェッジは常にこめかみを抑え、首を横に振っていた。


「おう、そこの者」

「は、ハッ!」


 しかし、どういうわけかそんなフレデリカの過激な一面はあまり知られていないようで、どちらかといえば可憐であり、美しき女騎士という評判が広く伝わっている。事実、フレデリカの美貌はすさまじく、勇ましい言葉を繰り出す一方で、その声は透き通るような歌声のようだった。

 そんな美の体現者に声をかけられれば、若い学生などはそれだけで名誉に思うだろう。

 声をかけられた幸運な男子生徒はだらけた姿勢をびしっと正し、完璧な作法で、フレデリカに礼を向け、次の言葉を待っていた。


「ノーザ・アンネリーゼ・アイランディに会いたい。どこにいるか?」

「ハッ! い、今の時間であれば、恐らくカフェテリアかと!」

「なるほど、あいわかった」

「ハッ! よろしければ、ご案内いたしますが」


 フレデリカに声をかけられた幸運な男子生徒は、その幸運を取り逃がしたくないという欲に駆られ、そのような申し出を行った。彼とて、それで噂のフレデリカとお付き合いができるなどとは思っていないが、このような人物に顔と名前を覚えられるというのは名誉であるから、売り込みたいのは当然であったし、フレデリカもその意図をよく理解していた。


「エスコートすると申すのか。わかった、では頼もうか。貴様、名は?」

「ハッ、トルアル・スターデであります」

「ン、その名、覚えておこう。スターデといえば、城内警備主任に同じ名がいたな」

「ハッ、それは父です」

「父か。では、城に戻れば、よろしく伝えておこう」

「ハッ!」


 二学年であるトルアルは、家の位もそこそこにあるはずなのだが、今の彼はどう見たって使用人のようにしか見えない。だが、どう見られようと今のトルアルにしてみれば栄光の騎士団の一人に対応できただけでもうれしいことなのだ。

 フレデリカ自身は権威を笠に建てるような女ではないが、それでも貴族であるし、何より部下を率いる立場にいるので、人を使う事にも抵抗はないのだ。

 こうして、フレデリカはトルアル少年に案内されながら、件のカフェテリアへと足を運んだ。


***


 一方、その頃、いつものカフェのいつもの席に陣取ったノーザは今朝から表情に影を作っていた。授業中でもボーっとしている姿が度々目撃され、普段から(本人は意図したことではないが)醸し出す氷のような空気は薄れ、物悲し気な窓際のご令嬢もかくやという雰囲気を帯びていた。

 当たり前だが当人のそのようなものを出す気はない。見た目と周りの勘違いからそう思われているだけだ。事実、今のノーザは黄昏ている暇などないのだ。


「……で、なぜ僕がここいるんだ?」


 そんなノーザと対面に座るのはウェンディーズであった。午前の授業が終わって、すぐに彼はノーザに掴まった。その理由も説明されることなく、半ば無理やり連れてこられたウェンディーズは少し、居心地が悪かった。

 というのも、ノーザの隣にはアイリスがいたからだ。ガーデンデュエルでの一件以来、どうにもウェンディーズはアイリスに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 当のアイリスは気にしていないのだが、男としてそれに甘えるわけにもいかなかった。

 それはそれとして、ノーザの妙に深刻な顔を見ると、なにか問題でも起きたのではないかとも思い、根が純粋な王子はならば手助けせねばという義信に駆られたのも理由の一つであった。


「問題事ならば、まぁ、手助けぐらいはできるが……そろそろ事情を説明してくれないか?」


 かれこれカフェに引っ張られて五分。うつむき、難しい顔をするノーザ。そんな彼女をウェンディーズとアイリス、イレイナ、そしてたまたま通りかかり、居座ったグレイシオが眺めていた。

 ノーザは今朝から数えきれないほどの溜息をつきながら、重々しく口を開けた。


「自称義姉がくるの……」


 ぽつりとこぼれた言葉にノーザ以外の全員は首を傾げた。その一言では話の全てを把握できなかったからだ。


「自称? アイランディの家に、養子に入った女がいるとは聞いたこともないが……」

「お兄様の婚約者だった人です……」

「騎士ジーク殿の……あぁ!」


 そこまで聞いてウェンディーズはポンと手を叩き、合点がいった。そういえば、アイランディの長男、戦死したジークには婚約者がいたはずだ。その婚約の場には幼い頃の自分もいたし、そもそもその婚約を進めたのは他ならぬ父であるレダ一世だったはずだ。

 そして、その婚約者の名は。


「フレデリカ・ビシュタットか」

「そうです……」


 ノーザはまた溜息をついた。


「あの、フレデリカって……まさか近衛騎士団唯一の女性騎士であらせられる、あのフレデリカ様ですか?」


 イレイナが恐るおそると尋ねると、ノーザは無言で頷いた。


「え、ちょっと待ってください。あの、フレデリカ様が学園に来るんですか?」


 ガタリ、とイレイナは驚き立ち上がる。思いのほか、声も大きかったのか、周りの生徒たちにもその言葉が伝わったようで、一気にざわつく。

 ノーザは右手で顔面を覆うように嘆いた。それを見たイレイナはいそいそと縮こまるように席に座り、もう遅いが声を潜めながら確認を取る。


「で、でも確かフレデリカ様ってまだ未婚だったはずじゃ……」

「婚約したなばら、夫婦も同然。お兄様が戦死した以上、私は未亡人であると言ってきかないのよ……その、なんていうか、あの人、お兄様にベタぼれだったから……あとは、まぁ、色々と責任がどうのって話もあるんだけど……」

「せ、責任!」

「不謹慎ですけど、どういうことです?」


 アイリスとイレイナが乙女らしく反応を示す。ほんのり頬を赤らめながら訪ねているが、対するノーザは苦笑気味で、「お兄様が幼い頃に、ダンスでスカートの端を踏んずけたのよ」と答えてやった。


「その通り! 女の裸を見たのだから、責任を取るのは当然でしょう!」


 言い終えた刹那、バンッと響く声がカフェ内に響いていた。一瞬にして場が静まり、全ての視線がその声の主の下に向けられる。ノーザたちの座る席とカフェの入り口は遠く離れているのにも関わらず、その声の主、フレデリカはまるで傍で聞いていたかのように答えていた。


「久しぶりねノーザ!」


 ずかずかと遠慮なしに、踏み込んでくるフレデリカに対して、周りの生徒は無言で彼女に道を譲った。


「ご、ごきげんよう、フレデリカ様……」


 ノーザは引きつった表情をなるだけ隠しながら、満面の笑みを浮かべる。


「嫌だわ、ノーザ。私の事はお姉様と呼んでくれてもいいのよ」

「あぁ、はい……お姉様……」

「ンフフ、よろしい」


 まるで少女のような笑顔を浮かべるフレデリカは視界の端に、見覚えるのある少年を捉えると、今度は恭しく膝を着き、頭を垂れる。


「これは、ウェンディーズ殿下。失礼を、愛しい妹に会い、殿下への御挨拶を……」

「いや、構わない。しかし、城のものからあなたがここに来るなどというのは聞いていませんでしたが」

「私個人のものでしたので、許可はもちろん頂いております。此度は妹がガーデンデュエルで優勝を果たしたと聞き、義理とは言え姉である私が祝ってやらねばならないと思い、参ったということです」


 フレデリカは王子に対する礼を終えると、今度こそノーザを正面に捉えて、「ノーザ」と凛と張り詰めた声を出した。


「はい」


 ノーザは無意識のうちに背筋を伸ばしていた。それは彼女だけではなく、その空気を感じ取った全てのものたちも同じであった。


「学生の中、学園内とはいえ、よくぞ勝ち残った。剣を教えたものとして、これ以上にない喜びです」

「はい、ありがとうございます」

「ですが、言わせてもらえばまだまだただの棒振り。実戦式の剣術にはまだ遠い。体捌きだけで勝てるのは今のうちだと心得なさい。ただでさえ、あなたは剣の腕がいまいちなのだから……」

「うっ……」

「全く。あなたは、やる気があるのかないのかもよくわかりませんし。何かといってすぐに根を上げるから……」

「で、ですが師匠……」

「お姉様でしょう」


 フレデリカはぴしゃりと言い放った。その部分は譲れないらしい。


「恐れ多くも陛下より最新型を承ったわけですし、ならばこそ、さらなる上達を図るべきだと私は思うのですよ。本来なら、ここで叩き直してあげたい所ですが、時間もありませんし、あなたも今は学生。その本分を全うすることが優先なのは私もわかっています。ですので、今回は顔を見に来ただけよ。そう、緊張しなくてもいいわよ。あなたが望むなら、稽古をつけてあげるけど?」


 にやりと意地の悪い笑みを浮かべたフレデリカに対して、ノーザは苦笑で答えるしかなかった。

 フレデリカ相手に下手は嘘は無駄である。


「ま、いいわ。今は姉妹として、お話しましょう。ノーザ」


 笑顔ではあったが、その言葉には拒否を許さない何かがあった。

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