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五十話 夢より、目覚め

 そこが清らかな場所だという認識はあったが、なぜそうであるのかを理解するには意識が漠然としていて、うまく考えがまとまらないでいた。草原とも、神殿とも、城とも、荒野とも、虚でり、光そのものであるように見えるその空間の中で、自分はただ祈りを捧げていたようだ。


 何に対する祈り?

 自分は、特別信じている神様なんていない。この世界には『神』と呼ばれる曖昧模糊とした何かはあるが、神官たちも学者たちも『神』がなんであるかは特に興味がないようで、とにかく聖なる力として称えて、祈りを捧げていた。


 曰く、神話もあるにはあるけれど、大体が過去の英雄、戦争を最大限に美化したものだ。その中のいくつかはもしかすれば真実であるかもしれないけれど。


 それはそれとして、ここはどこで、私は何をしているんだろうか。何に祈りを捧げているんだろう。妙にスースーする真っ白なレースの修道胴着。金色の髪飾りと仰々しいネックレスを首にかけ、槍だか剣だかを握り、膝を着いていた。


 そして背後に気配を感じる。悪意はない。振り返ってみると四人の男たちが自分に傅いていた。彼らは……信頼できる、頼もしい、そして愛するべき仲間のはずなのだが、その姿はなんだか、他人行儀でヤダなと思う。

 あれ? でもなんで見知らぬはずの男性を信頼できると思うんだろ。またわけのわからない感覚が胸中を駆け巡る。

 なんだか、自分の記憶じゃないみたい。でも、自分が体験しているような感覚。さっぱりわからない。


 あれこれと考えていると、また場面が変わっていた。いや、周囲が暗くなっていた。

 そして感じるのは恐怖と虚無感。そこにはないにもないのに、何かがいた。それが何なのかはわからないのに、何者なのかはわかる。

 でも名前が思い出せない。背後にた四人の男たちは消えていた。自分一人が、闇の中の取り残されている。


 ここは、嫌だ。なんとなくそう思う。これは、たぶん夢なんだろうけど、それでもこの夢は嫌だ。早く目が覚めないかな、それか早く次の場面に切り替わらないかな。でも、一向に闇は闇のままで……声も出せなくて、そして何かに自分がまとわりつかれているような気がして……。


『――』


 その刹那、騒々しい声が聞こえた気がした。その声は、何を言ってるのかわからないけれど、なんだかとっても安心できる声のような気がする。

 そして、闇を切り裂くように光が走り……


***


 ハッと目が覚めた時、アイリスは夢の内容を忘れていた。

 ぼんやりとした頭を覚醒させるように軽く横に振ってみても、思い出せるものではない。それとなく窓に顔を向ければ、カーテンの隙間から朝の陽ざしが差しこんでいた。

 太陽の光はあっても、まだ少し暗い。早朝と呼べる時間に起きるのは、工場で暮らしていたアイリスにしてみればそう苦ではない。


 育ててくれた親方たちはもっと早い時間、それこそ陽が昇るよりも先に目が覚めて仕事を始めていた。確かに、自分は世間一般の女の子よりは早起きかもしれないと思いつつ、ベッドから降りる。

 部屋の反対側には、同室者のベッドがあり、その上ではまだイレイナが眠っていた。


 恐らく、女子寮の生徒の大半が朝遅い時間に起きるであろう。なにせ、昨晩はノーザがガーデンデュエルに優勝したということにかこつけて騒ぎの好きな生徒がお祝いと称してパーティーなんてものを開いていた。

 その時だけは大して交流のない最上級生たちも来ていたし、普段は話すこともない公爵家などのご令嬢もいた。

 しかし、一番騒いでいたのは同年代の少女たちだ。彼女たちにしてみれば、女が、それも一年生がガーデンデュエルなんていう勇ましい舞台で優勝を果たしたのだから、それはもう騒がずにはいられない。


 それに、ノーザの噂や活躍を嘘、もしくは軽視していた上級生たちも今回の実績を見るにあたってその認識を変えていった。それでもなお信じない頑固なものたちもいるにはいるが、マイノリティであり、賛美する多くの声にかき消され、そもそもパーティーにすら出ていないはずだ。


 とにかく、昨日はだいぶ盛り上がっていたと思う。それこそ、本来主役であるはずのノーザがいなくなった後もワイワイと騒いでいたらしい。

 特にイレイナは、アイリスが知る限りだいぶ遅い時間に部屋に戻ってきたはずだ。


「まさか、お酒飲んでないでしょうね」


 最上級生たちならまだしも一年生である自分たちはまだ酒が飲める年齢ではない。が、貴族というのは意外とやんちゃもするとは親方たちから教えてもらったことだ。社交界に参加すれば、若くて十四、五で飲酒は当然、むしろ黙認され、貴族間の付き合いとして行われているなんて話もあった。

 イレイナからは酒の匂いはしないので、どうやら違うようだが、果たしてこの女子寮の何人が二日酔いで倒れるやら。


 それにしても、目が覚めてしまった。耳を澄ましても、物音は聞こえない。外で小鳥がさえずっているようだが、それぐらいだ。使用人たちは流石に働いているだろうけど、彼らは眠りを妨げないようにできるだけ物静かに業務を行っている。


「うー……なんか変な気分」


 夢見が悪いというわけじゃないが、内容が思い出せないのはなんだか気分が悪い。

 小さな欠伸をして、取り敢えず服を着替える。今日だけは授業が休みである。なにせ大きな行事のあとだし、特に選手たちは疲れているだろうから。

 休日に学園は私服でも問題はないが、それでも品性が求められる為、コット(チュニック)が基本となる。よもや、工場にいた時のような麻のシャツとズボンなんて格好ではいられない。


 それでも、アイリスのコットは学園からの支給品だ。他の学生たちはみな、家なり自腹で思いおもいの衣服を用意している。一方のアイリスは貴族の娘になったのはいいが、結局没落してるせいで、お金なんてないし、顔も知らない親戚たちとだってあっていない。

 結局、この学園でどこぞの相手と結婚するなりしないと、平民に出戻りである。それは、それでアイリスとしては楽でいいのだが。


「流石に、ノーザ様の所には、ね」


 暇だった。授業もない、しかも早朝。この時間帯であれば、恐らくノーザが朝練をしている頃だと思うが、流石に昨日の今日でそれはないだろうし、そんな時にまで押し掛ける程アイリスだって野暮じゃない。


「よし!」


 なら、やることは一つしかない。

 アイリスは上着を羽織って、早々に女子寮から飛び出した。


***


 で、結局アイリスが取った行動は、女子寮を抜け出し、ハイメタルガーデンの下に赴くことだった。案の定、格納庫では技師たちが忙しく整備を続けていた。特に破損したガーデンの修理はまだ終わっていないのだ。

 技師たちは、その場にそぐわないお嬢様の姿を確認すると、視線を向けてくるが、それがアイリスだとわかると、納得したように作業に戻っていく。


 元が平民の出、しかもハイメタルガーデンの工場で暮らしていたという身の上を知れば、技師の大半は快く彼女を迎え入れた。


「また油まみれになりにきたのか?」

「手伝うなら、着替えておいで。仕事はたくさんある

「アイリスがいると、仕事がはかどるからな」


 アイリスだとわかれば、このように声をかけてくれる者たちもいる。


「娘っこに頼るな。愛想を振りまく暇があれば、手を動かせ」


 そうして、若い少女にデレデレしていると技師長の雷が落ちる。アイリスが来てからはよく見られる光景だった。

 アイリスは、ぺこりとお辞儀をして、技師長に駆け寄る。


「おはようございます」

「ん。手伝うなら、早くしてくれ」


 技師長は仕事中は言葉数が少なく、少し不愛想に見えるが、実際はユーモアのある男だということをアイリスは知っている。アイリスはもう一度頭を下げると、言われた通り、そそくさと作業着へと着替える。

 この際、アイリスの着替える場所はわざわざ格納庫の隅に用意された一角である。そこには立て札で『半径五メートル以内、男、立ち寄り禁止』の殴り書があった。技師長がつけたものである。


 明らかにサイズがあっていない作業着だが、これは仕方がない。そもそも少女用のオーダーメイドされた整備用作業着などあるわけがないのだから。とにかくこれに着替えると、アイリスは早速仕事に乗り出す。


 彼女の担当は当然のようにノーザの機体である。彼女の機体は特にねん入りな整備が必要であった。奇天烈な動きに、無茶な動き、果ては負担のかかる強制排出、機体性能を引き出すどころか、機体の上限を上回るような動きをするせいで、表面の損傷より内部が酷い。

 で、結局そうなると外装を取り外し、フレーム単位での調整が必要となるわけである。

 だが、どうやら殆どの整備は終わっているようで、ローズピンクのファル=ブレースは頭部の装甲の取り付け作業に入っていた。


「終わっちゃいました?」


 袖を捲りながら、駆け寄るアイリス。同じく担当技師の一人である男に声をかけると、彼は「まだ運動機能の最終チェックが残っている」と伝えてくれた。


「じゃ、私、入りますね」

「あぁ、頼むよ」


 アイリスは慣れた足取りでタラップを登り、ローズピンクのファル=ブレースのコクピットへと入り込む。


「疑似電力を通すぞー」


 外で技師たちの声が聞こえる。アイリスは「はい!」と叫ぶようにして答えた。疑似電力とはこのような整備、調整の際にガーデンの機能を一時的にオンにするものである。五メートル程の筒状の装置から発生させるもので、それには魔力が蓄えられていた。いわば電池のようなものだが、その容量は少なくこのような最終チェックにしか使えないものだった。


 このような機械が導入された経緯は、技師の大半が魔法を使えないものが殆どであることだ。それでも、動作チェックは必要なわけで、開発された経緯がある。

 アイリスにも一応の魔力はあるのだが、ガーデンを起動させながらだと続かず、体力も減るので、どっちにしても使うしかないのである。


「特に問題はなし……微調整はノーザ様が行うとして、あとは……」


 こうして、機械に触れている間は、もやもやが晴れる。

 アイリスは今朝の事を忘れるように、作業に没頭していった。

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