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四十三話 蠢く、思い

 目の前で獣が人になった。曰く、自分たちの先祖はかつて地を駆ける獣であったと聞く。それが多様な種族に枝分かれし、昨今の多種族民族を形成したと、王室の学者たちが言っていたことを思い出す。

 そのような生命の進化をなぞる光景を目の当たりにしたウェンディーズは、ラウ=フルの野獣性と人としての力に圧倒されていた。


「我らは獣人。ならば、このような芸当も出来る!」


 気迫、咆哮。ラウ=フルを駆るアルダンはむき出しの犬歯を尖らせながら、操縦桿に力を込める。アルダンとしてもこの変形機構を戦いの中で使うのは初めてであった。

 しかし、その効果は絶大であると確信した。獣人のハイメタルガーデンはこの変形機構を取り入れ、獣の動きと人の動きの両立を可能とした。むろん、それを実現させるまでにあまたの試行錯誤がなされたと聞くが、その集大成こそがラウ=フルなのだ。


 肝いりの機体を任される身として、そしてそれを使いこなしているという実感を持つアルダンの勢いはすさまじいものであった。


「おい、王子サマよ。あんたもアイリスが欲しいのか?」

「なに?」


 ラウ=フルの両腕のクローを交差、ファル=ブレースを押し込むように力を込めるアルダンは同時にウェンディーズへとプライベートな通信回線を開いていた。


「とぼけんなよ。俺たちがこの大会に出た理由は、アイリスが関係してるはずだぜ?」

「だとしたら、なんだと言うんだ!」


 アルダンの問いに、ウェンディーズは少なからず狼狽する。彼の言葉は、当然、ウェンディーズも理解していた。

 だが、認めるわけにもいかない。なぜなら自分は紳士であり、騎士であり、王子であるからだ。それ以上に一人の男だから。

 確かに、アイリスは好ましい女性だ。だからといって、場の流れで勝手に決まった争奪戦を認めるわけにもいかない。


「へっ! そういう態度を取るってこたぁ、あんたはアイリスが欲しくないってわけだ!」

「女性を景品のように扱うなど、言語道断だ! 恥を知れ!」


 あからさまな欲望を吐き出すアルダンの姿はまさしく獣と言える。それは、男としては一つの姿勢なのかも知れない。ウェンディーズとてそのあたりの男女の根深い関係は分からないでもない。こういう、性格の男もまた好まれるというのは聞いたことがある。


「ははっ! 欲しいものを、欲しいと言って何が悪い。それに、俺はアイリスをものだと思ったことはねぇ。本気だぜ? 一目惚れって奴さ」

「だからといって……!」

「そういうあんたはどうなんだ、えぇ? 俺に勝てばアイリスに手が届く。欲しくないなら、負けちまえよ!」

「……!」


 その瞬間、ウェンディーズがカッとなり、力任せにラウ=フルを押し返した。ググッとファル=ブレースのフレームが軋み、駆動機関が唸りをあげる。己の全魔力を出力に回し、重たい操縦桿を押し込む。

 そうすれば、機械であるファル=ブレースは忠実に答える。多少の無茶を及ぼしながらも、機体が盛り返す。

 そもそも、ラウ=フルはパワーに特化した機体ではない。ファル=ブレースが付け入る隙はあったのだ。


「う、お?」


 思わぬ反撃にアルダンも困惑の声を上げた。しかし、すぐさまにやりと好戦的な笑みを浮かべる。


「へっ! やる気になったってか!」

「うるさい!」


 刹那、ウェンディーズはラウ=フルの爪を弾くように、ファル=ブレースの剣を振り上げた。力任せの反撃、だが剣の重量と機体のパワー、そして遠心力が加わったその動きに、非力なラウ=フルは防ぎきれるわけもなかった。

 ドンっ! とラウ=フルが後退する。


「ちっ! バカ力が……むっ!」


 例え人型になろうとも、獣の動きは健在である。ラウ=フルは弾かれながらも、軽やかに地面に着陸し、次なる攻撃の態勢を整える。

 しかし、アルダンはぞわりと警戒を感じた。思わず、飛び退くと同時に、先までたっていた場所へと剣が振り下ろされる。一歩でも反応が遅れていれば瞬断されていた。


「ぜぇっ!」


 地面をたたき割る一撃を放ったウェンディーズはすぐさま、二撃目を繰り出していた。刃を縦から横に向け、その動作と同時に横なぎに払う。


「速い!」


 ウェンディーズの繰り出す攻撃を、アルダンは紙一重でよけることが出来たが、余裕のある動きではなかった。事実として、先ほどまで軽やかであった動きにも陰りが見え、ほんのわずかにバランスを崩していた。


「ちっ……!」


 アルダンはその後も幾度の攻撃を避けていくが、ウェンディーズの攻撃は止まらない。むしろその鋭さが増すばかりだ。


「余裕を見せすぎたな! 獣の動きは見きれずとも、人の動きならば、こちらは手に取るようにわかるぞ!」


 それに、流れを取り戻すことが出来ていた。

 ウェンディーズがおさめる剣術、クラスベールは勢いがつけば、それだけ優位に立てる。力任せの一撃は、同時に神速の刃となり、振るわれる。

 むろん、その一撃を避けるアルダンの操縦センスもまた目を見張るものがある。だが、もはや立場は逆転していた。


「ならば、獣になるまでだ!」


 動きが見きられている。悔しいがその通りのようだ。

 それに、ウェンディーズはこちらの動きを予測しているのか、獣へ変形する暇を与えない。勝負を仕掛けてきた。戦士として育てられたアルダンはウェンディーズの意図を読み取っていた。


「真向勝負かよ!」


 アルダンは機体を完全な獣に変形させることを諦めた。それでも運動性能を確保したいアルダンは、機体の下半身のみを獣とした。半身半獣の機体は、不規則なステップでファル=ブレースの周囲を飛び回り、二度、三度の蹴りを繰り出す。

 だが、そんな攻撃はもはや悪あがきにすぎない。


「ファル=ブレースの装甲ならば!」


 でたらめに繰り出された一撃は大したダメージではない。ファル=ブレースの右側頭部分の装甲を抉り取るようにラウ=ルフの右足の爪が伸びる。ガリガリと装甲が削り取られるが、それは表面装甲だけだった。

 刹那、二体の巨人が交差する。金属のぶつかり合う鈍い音、そして弾かれるのはラウ=ルフであった。

 突き立てられた鋼の剣。刺突能力のない模擬刀による一撃は殴打となり、ラウ=ルフの胴体胸部へとぶち当たり、表面装甲を大きく歪ませた。


「がへっ!」


 コクピットへ直に伝わる衝撃に、アルダンは揺さぶられ、意識が朦朧とする。


「う、この!」


 それでもつなぎとめられるのは彼の意地である。だが、十五メートルの鉄の塊の衝突である。いくらコクピットに衝撃緩和の機構と魔術的処置が施されていても、生身の肉体では限界がある。

 それに、ラウ=ルフは軽装甲である。結局の所、それが最大の理由であった。


「アイリス……母上……」


 意識の途切れる途中、アルダンはアイリスの姿を探し求める。そして、薄れゆく意識の中で、やっとアイリスの姿を見つけたアルダンは彼女の姿にどこか見覚えるのある女性とを重ねた。アルダンは、それを無意識のうちに母と呼んだ。

 その瞬間、アルダンは意識を手放す。


「はー! はぁっはっ!」


 肺の中の全てを吐き出すように、ウェンディーズは体を震わせた。


「勝ったのか?」


 息は直ぐに整った。

 ウェンディーズはモニターを見上げる。仰向けに倒れたラウ=ルフの姿が確認できた。勝ったのだ。自分は勝ったらしいのだ。

 しかし、どうにもその実感がなかった。まぐれ、偶然、どのような言葉でも説明がつかないが、ウェンディーズは勝利の余韻に浸れる余裕はなかった。

 彼はちらりと観客席、否、アイリスを見つめる。万来の拍手が降り注ぐ中、アイリスもまた拍手を送ってくれていた。それを認めたウェンディーズは心が弾むのを理解した。


(わ、私は……なんだ? 嬉しいのか? いや、勝利の喜ぶのは良い、だが、違う……私は……俺は何に喜んでいる? アイリスに勝利を祝ってもらっていることか? それとも……)


 その一瞬、ウェンディーズは自分の考えを恥じた。それでも、思わずにはいられなかった。


(アイリスを手に入れることができる。それがわかったから、嬉しいのか?)




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