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三十五話 開幕

 ガーデンデュエルを前日に控えた日の夜。

 ノーザはらしくもない武者震いなどというものを感じていた。緊張とも恐怖とも違う、体の震えに戸惑いながらもノーザは大の字になってベッドに沈んでいた。


「うー……ロボットバトルなんてもう何度もしてきたのに震えるわぁ」


 遂に、始まってしまうのだ。このガーデンデュエルを境にゲームではアイリスによる攻略キャラたちとの本格的な絡みが始まる。彼女の応援によって優勝者が変わるのだが、果たしてこの世界ではアイリスは誰を選ぶのか……それはそれで気にもなるし、細かくゲームの展開とは変わってしまった状況に対するわずかな不安もあるにはあった。


「あんまりアイリスが誰と絡んでるのかは見てこれなかったなぁ。現状だとウェンディーズかしら? それとも押しが強いアルダン? いやだけどエミリオに喧嘩売りに行ってることを考えると案外、あいつとのフラグが進行してたりして」


 しかし、そんな感情も当日になればどこかへと追いやる必要がある。


「ま、原作がどうってのはこの際無視してもいいかもしれないわね……魔王の事を考えるとようはアイリスにはハーレムルート。それ以外の軌道修正をどこかでかける必要はあるけど」


 ノーザは最大目標を据えながらも、細かな部分は割り切って考えることにしょうと決意していた。今回のガーデンデュエルは全力を尽くすつもりだし、この程度で負けるということは今後の自分の目的を果たすなど夢のまた夢ということにもつながる。

 力試しではあるが、試すだけではダメだと思う。


「……?」


 紋々と考え事をしていると、扉をノックする音が聞こえた。ノーザはガバっと起き上がると、衣服の皺を急ぎ伸ばして「どうぞ」と対応する。

 流石に大の字で広がった状態で応対するのは不味かったからだ。

 ややすると扉がゆっくりと開かれる。一体誰だろうと思っていると、現れたのはアイリスであった。


「どうしたの?」


 これにはノーザも驚いた。まさかアイリスが訪ねてくるだなんて思いもしなかったからだ。


「あ、すみません。お邪魔でしたか?」

「構わないけど」


 半身だけを見せたアイリスはすぅーっと扉の影に戻ってしまいそうだったが、ノーザは出迎えて、アイリスを部屋に招き入れた。


「ごめんなさい。夜遅くに」

「いいわよ。年甲斐にもなく楽しみで眠れないの。ちょうど、暇していたところよ」


 ノーザは適当に並べたソファーを指して、アイリスに座るように促した。

 自分は自分で保温効果のある魔法をかけられたティーポットから紅茶を注いだ。魔法瓶みたいな効果を持つポッドは意外と重宝していた。

 とはいえ、紅茶の美味しい入れ方なんて知らないので、これは寮に着く使用人たちに入れてもらったものだ。


「飲むでしょ?」

「あ、はい!」


 アイリスは立ち上がり、カップを受け取った。

 ノーザはドレッサーに片手をおいて、立ち姿のままカップに口を付けた。マナーとしてはいささか眉を顰められる行為だが、自室であるし、大の字ではないから良いだろうというのがノーザの感覚だった。


「明日、ですね」


 アイリスはちびちびと紅茶を飲みながら言った。


「そうねぇ。私としては殆どこれの為に学園に来たようなものだけど。レクーツァの貴族は大体この学園に来るけど、正直勉強だけなら領地内の学校でも、家庭教師でも問題はないのよ。でも、ここにはハイメタルガーデンがあるし、乗り回しても両親から難しい顔はされないから、ちょうどよかったわ」

「本当に、ガーデンがお好きなんですねぇ」

「そりゃ当然よ。夢にまで見た……って存在だもの」


 冷静に思い返してみると、突然異世界、しかもゲームの世界のキャラクターに生まれ変わって、その世界でロボットに触れて、気がつけばドラゴンと戦っていたし、ロボットバトルを繰り広げていた。

 ロボット好きの冥利に尽きる贅沢だ。自分がなぜ、そんなことになったのかなんて考えもしなかったが、ノーザとしてもそんな難しい話はどうでもよかった。


 ロボットを堪能する。それとは別に生き残ることを必死に考える。自分の楽しみと生存の両方を追い求めるなんて人生は、不思議と充実していた。それこそ、特に変わり栄えのしない毎日を送っていたと自覚できる前世よりは、楽しいと言える。

 美人にもなれたし。


「あの、ノーザ様」


 ふと、アイリスがどこか思いつめた様子で、ぼそぼそと言葉を発した。


「ん?」

「試合、頑張ってくださいね! 私、応援してますから!」

「え? えぇ、そうね、ありがとう」


 ノーザは一瞬だけきょとんとしたが、その言葉の意味を理解すると、返答に困ってしまった。


(う、うーむ……なんというか、アイリスって攻略キャラクターの方にあまりなびいてない?)


 ここ最近で感じた違和感というべきか、危機感というべきか……。

 とにかく、ノーザはアイリスがべったりと引っ付いてきていることを悟っていた。敬愛の念を抱かれるのはこそばゆいが、悪い気もしない。だが、どうにもアイリスからはそれ以上のものを感じていた。


「と、ところで、アイリスは他に応援している殿方はいるの?」

「え?」


 今度はアイリスが真顔で聞き返す番だった。


「殿方……ですか? うぅん……」

(決めかねているってことはエミリオの好感度があがる、つまりあいつが優勝するって流れだけど……)


 微妙に変わってしまった展開に、どこまで通用するのかはわからない。


「ほら、流れはどうあれ、男連中はなぜだかあなたを取り合っているわけじゃない? それはそれで、女として嬉しいものじゃないの?」

「よ、よくわかりません……それに、なんだかわからない内に巻き込まれちゃったわけですし」

「そりゃあ私だってそうよ。いつの間にかあなたの争奪戦に巻き込まれちゃったもの」

「迷惑でしたか?」

「そうは思わないけど……まぁあれね、悪い気はしないでしょう? それに考えてもみれば私にもプラスなのよ今回のことって」

「新型のガーデンが間近で見られるからですか?」

「ご名答」


 そんな会話を続けた瞬間、二人して笑った。


「ノーザ様は殿方よりもガーデンなのですね」

「当然よ。軟弱な男よりもやっぱりロボットよ。勇ましくて、厳つくて、雄々しいもの」


 その言葉は真実である。彼女はロボットという存在に恋をしているといってもいい。かつてのそれはただの憧れであった。好きと言ってもライクであり、楽しみだった。

 だが、実在して、それに直接触れることになってからはそれは愛といっても過言ではなかった。そこに、命のやり取りが生じようとも、そんなものすら覆す程の楽しみが、そこにはあったのだ。


「ろ、ロボット?」

「あぁごめんなさい。幼い頃に聞いた……えぇと、機械仕掛けの存在を異国の国ではこう呼ぶみたいなの」

「へぇー」

「いずれ……技術が発展すれば、ハイメタルガーデンも様変わりするでしょうね。空を飛ぶのが当たり前になったり、銃で撃ち合うのが当然になったり……もしかしたら獣から人になったり、その逆もあるかもね。二つが一つになったり、三つが一つになったり……」

「あはは! 騎士様たちがそれを許しますでしょうか?」

「技術の発展は騎士がどうこう言ったところで変わらないものよ。まだ、今は剣を使っての殴り合いが続いてるし、戦争も起きてないから特権階級が遊びで乗っているようなものだけどさ」


 命のやり取りがないなら、そんなお遊びで決闘ごっこするのも悪くはない。

 ノーザはロボットは好きだが、戦争は、どうせならやりたくない。


「大丈夫ですよ。戦争なんて、起きません」

「……そうね」


 今は多種族が手と手を取り合い、共生する世界だ。

 ある意味、ファンタジーの世界でそれは珍しい。魔族であるとかオーク、ゴブリンは大抵悪辣な存在として描かれることが多いのに、この世界ではそういう種族ということで受け入れられ、役職にも就いている。

 そう思えば、ユートピアのような世界なのだろう。いくつもの国がありながらも、戦の種火が存在しない夢のような世界……。


「そう、信じたいわ」


 でも、その平穏が破られる日は近い。


***


 ノーザの、いや、『私』の前世の記憶を手繰り寄せて、思い出せる一番古い記憶の中に野犬に追われるものがあった。その当時、なんで野犬が自分たちの住む集合住宅にいたのかは知らない。恐らくはどこかの飼い犬が脱走したか何かだろう。

 小学校でも野犬注意とホームルームで担任が口にしていた記憶がかすかに残っていた。


 だからと言って犬が嫌いになったわけではない。ただそれでも、幼心に獣の恐ろしさというものは理解できたと思う。牙をむき出しにして、涎をまき散らしながら吠え立てる存在は犬であっても恐ろしかった。

 もしも、飛びかかられていたら自分は一生のトラウマを残しいたかもしれない。


「で、一回戦目の相手があれってわけ」


 フッと息を吐き、ノーザは意識を切り替えた。

 そんな彼女の視界には黄色い装甲を持った四つ足の獣がいた。だが、その獣は生き物ではない。機械であり、騎士であった。

 獣人族が開発した四足歩行型のハイメタルガーデン・エズィール。肉食獣、特にトラやジャガーを模したその躯体は、しなやかであり、運動性に富んだ機体であった。


「動物型ね」


 武器は四つ足の超硬度性合金のクローと牙のように口元に装備あれたダガーである。

 鎧をまとった四足歩行の獣というべき姿を持ったエズィールは、まさに獣の如き跳躍力を見せつけながら、一気に距離を詰めてくる。

 それと同時にノーザはファル=ブレースを跳躍、後退させる。

 ザンッ! と両前足の爪が地面を抉る。だが、この攻撃はジャブ、牽制だ。それが、こちらの動きを図る為の行動だというのは、ノーザにもわかった。


「初戦からこんなやりにくい相手とだなんて、運がないわね!」


 遂に開催されたガーデンデュエル。

 その記念すべき一回戦の対戦カードはそれを見る観客を大いに沸かせた。

 それが、今現在行われているノーザの試合であった。ある意味では話題の少女ノーザの試合が一回戦で見られる。しかも、その対戦相手は無名ではあるが、他に類を見ない獣型のガーデンを操る獣人族ともなれば話題性はばっちりであった。


 そのような異色の組み合わせである一回戦。しかし、ノーザは余裕というわけにはいかなかった。ファル=ブレースは未だ使いこなせているとはいいがたいし、しかも相手は獣型なのだ。まず、体験したこのない戦いである。


「ファル=ブレースの運動性能もあっちに引けを取らないけど……獣の動きなんて見切れる程、私は達人じゃないってぇの」


 即座に二撃目が繰り出された。低い姿勢のまま駆け出してくるエズィールはまさに弾丸とも呼ぶべき加速度でファル=ブレースの足下へと迫る。エズィールの牙はその構造上、どうしても相手の頭上を取らなければ突き立てることができない。

 それは欠陥ともいえる構造だが、しかし、エズィールは獣である。


 低い姿勢で、すかさず敵機の間合いに侵攻、爪を立てて押し倒し、かぶりつく。そういう行動ができる機体なのだ。

 運動性と機動性。その二つの点において、エズィールは強敵だ。まともに剣を突き立てることもできない。


「……!」


 やはりというべきか、相手の狙いはまさしくそれだった。足元に絡みつくようにして飛び込んでくるエズィールの爪を、ノーザは機体を横っ飛びに転がりながらおおげさに避ける。

 ドンドンと巨体が地面にぶつかる度に地鳴りがする。轟音に近いそれを耳にすると機体が持たないのではないかと一瞬不安になるが、ガーデンはその程度では壊れない。


 対するエズィールは四足歩行の体を十全に使い、素早い反転行動をとった。地面と蹴り上げ、飛び跳ねながらすかさずノーザのガーデン、その首を狙い、牙と爪を突き立てようとする。


 が、それもノーザは機体を背後に飛ばせることで避けて見せた。二度、三度とそれが続く。エズィールが飛びかかり、ノーザのファル=ブレースがそれをすんでの所で回避する。


 会場は熱気と歓声に包まれつつも、どよめきも走った。学園では破竹の勢いで勝利を挙げてきたノーザが手も足も出ていない。そういう風に見えたのだ。

 事実としてノーザは一撃も反撃を加えていない。全て回避行動に徹していた。


 そして決着は呆気ない最後を迎える。何度目かの回避の後、ノーザのファル=ブレースが膝を着く形で、コロシアムの中央に座する。

 エズィールはそれを好機とみなした。敵はこちらの機動性に目をまわし、疲弊したのだと感じた。実際、パイロットである少年は多少浮かれていた。こちらは一切の攻撃を受けていないから……。


 だが、同時に彼もまたノーザに一撃も加えられていない。その事実を少年は都合よく消し去っていた。場の空気というものは彼を調子着かせた。

 だから、最後の止めを繰り出す瞬間、欲が出た。迅速に、隙を見せないように低く接近していたはずの一撃を、彼はタイミングをわずかにはやめ、跳躍した。


 その瞬間、下部方向からの衝撃に少年は脳震盪を起こし、気を失った。それが、彼の敗北に直結したのは言うまでもない。

 

「タイミングが同じなのよ」


 ノーザはただ逃げていたのではない。彼女は彼女なりの考えの下に行動していた。

 それはタイミングを計る事。簡単に言ってしまえばそういう事なのだが、実際にそれをやろうとするのは難しい。急所を狙うなんて精密なことだってできない。

 だったら、やることは変わらない。結局、自分はそういう荒っぽい操縦が性に合っているようだ。

 

 相手が飛びかかる瞬間に合わせて、ノーザは機体の右腕でアッパーを放つ。相手がわざわざ高く飛び上がってくれたおかげで狙いをつけるのは楽だった。それに、これが生身であればどこかしらに傷を負う事になるだろうが、今は鉄の巨人だ。

 本格的に、爪を食い込ませようとする一撃でもなければ装甲である程度は弾く。十分な加速と振り下ろしがなせなかったエズィールの爪と牙は、ほんのわずかにファル=ブレースの装甲を傷つけただけで終わったのだ。


 付け加えるなら、エズィールのパイロットが迂闊だったというよりは、ノーザのおよそ騎士らしくない戦い方を知らなかったという事実だ。

 それに、拳だけを使うのであれば、それはまだ優しい方だというのはハーンバストの生徒からすれば当然の感想でもあった。


 

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