二話 私の目的
しかし、だ。
いくら自分がロボット大好きロボットオタクだからと言っても、ノーザが待ち受ける人生というものはそう簡単に覆るものではない。
ゲームの主人公アイリスの邪魔をしない、いじめないという行為に徹した所で、このレクーツァ王国は戦争に巻き込まれる。
言ってしまえば、ノーザの死とアイリスの恋路はイコールとしては結び付かない。ヒロインであるアイリスやヒーローである攻略キャラとの接点を排除したところで、意味はないのだ。
どっちにしろ、死からやってくるのだから。
「えらい設定にしてくれたものね、公式……えぇい小娘一人で戦争を阻止……なんてできないしねぇ。私にそんな技量があるとも思えないし」
問題はそこなのだ。当然、その戦争から逃れる手立てはいくらでもある。一番簡単な方法は戦争になった際に国にいなければいいだけの話だ。
理由をつけて旅行にでも行けば、恐らく命は助かるだろう。例えば婚約破棄をされたから傷心旅行に行くとかでもいい。
ただし、その場合は高確率で家が潰える。
アイランディ家は代々国家の防衛を務めてきた名家である。武闘派なのだ。
それが原因なのかは定かではないが、開戦直後に被害を被るのはアイランディ家が治める領地であった。しかも大敗の末、領地は目茶目茶、一族の安否は確認できない程だったとナレーションで処理される。
その後、設定資料集で死亡の一言で済まされていたような気がする。
ともあれ、最大派閥の貴族、そして最大戦力を有していたアイランディが壊滅したことでレクーツァ王国は最大の危機を迎えるが、主人公アイリスとルートにおけるヒーローの活躍によって戦争の裏で暗躍していたラスボスを倒して、何とか勝利する……概ねそんなストーリーだったはずだ。
「うーん……そもそもラスボスがルートによってコロコロ変わるのが面倒臭いんだよなぁ」
ノーザはそこで新たな壁にぶち当たった。
『聖光女アイリス』のラスボスなのだが、ノーマル、ハッピー、ハーレムによってそのボスキャラクターが変わるのだ。
例えばノーマルエンドでは敵国の王がラスボスである。単純に戦争に勝利して、ヒロインはそのルートのヒーローの帰還を祝い、キスをして終了。ハッピーエンドではその王の裏で暗躍していた側近の魔術師の存在を突き止め、これを倒し、ヒーローと結ばれるところまで描かれる。
そしてハーレムエンドだが、これは別名トゥルーエンドとも呼ばれ、タイトルにある『聖光女』を回収するのだが、同時に蛇足とも言われるシナリオだ。
これさえなければ『聖光女アイリス』はまだましな評価を受けていただろう。
ハーレムエンド故に特別誰かと結ばれるということはないが、『聖光女』として覚醒したヒロインが前世から因縁のある魔王をヒーローたちと共に倒すシナリオだ。その後、ヒロインは伝説の聖光女として称えられ、ヒーローたちに傅かれるエンド。
ここで問題になる魔王だが、なんの伏線もないまま唐突に現れる。取り敢えず全ての争いの原因と言われているが、そもそも戦争自体が唐突に始まった展開故に取って付けたような話なのだ。そこがまた低評価の要因だ。
伏線はほぼない。むしろハーレムエンドになってやっとその存在がほんのわずかに語られる程度だ。
それでも、出現した場合はとにかく倒さないとまずい相手なのは確実だ。
放っておけば世界が闇に包まれるとかそういうオチだったはずだ。バッドエンドになるとヒロインであるアイリスが永遠に闇に囚われる展開に陥る。もののついでのように世界も滅びる。
「この中で一番わかりやすい黒幕なのは魔術師だけど、他国の小娘一人がそいつを糾弾したところで意味はないし、むしろ余計な軋轢を生むわよねぇ……それにぽっとでの魔王……そもそもこいつ、どうやって出てきたっけ……なんか唐突に始まったはずよね、このイベント」
思案する。生き残りを賭けた話なのだ。当然、必至になる。
「……ハーレムルートに行かせないようにする?」
まず真っ先に浮かんだ方法はそれだったが、それは危険だった。
「でも、それってつまりライバルムーブするってことよね……邪魔して邪見にされるのはなんか嫌よねぇ……うぅん」
そもそも人の恋路ぐらい自由にすればいいじゃない。
ノーザ個人の考えとしてはそれがある。別にアイリスが誰とくっつこうが、どのルートを走ろうがそれは構わない。別に、それで自分が死ぬわけでもないので。
それにそのぽっとでの魔王が全ての原因だとすると、仮にアイリスがハーレムルートに行かなくても、その存在はあるということだ。
「ゲームなら、そこで終了、それ以上語れることはないけど……果たしてその先どーなるかはわからないわよねぇ。そもそも公式の見解せいで炎上したし」
というのも、ノーマル、ハッピーともに魔王の存在は語られないが、実はその後魔王が復活して、世界が滅びるというのが公式設定資料集か何かで発覚した設定だった。
ハーレムルートに行かなければアイリスは聖光女として覚醒しない仕組みらしい。面倒臭いことこの上ない。
「あれは荒れたわねぇ。うん。やっぱりマズイわ。どっちにしろ死亡フラグだわ」
ここは何が何でもアイリスにはハーレムルートにいってもらう必要が出てきてしまった。
「頑張れ、アイリス! この世界の命運はあなたにかかってるわ! 逆ハーレムって大変だと思うけどさ!」
ひとまずの目的は決まった。アイリスと攻略キャラたちに魔王を倒すルートに向かってもらうことだ。
そしてここが重要だ。むしろ、それだけは捻じ曲げたくないノーザのささやかな夢、野望と言ってもいい。
「せっかくロボットのある世界にいるんだし、ぜひともロボットを操縦してみたい。そう思うのは全ロボットオタクの悲願」
些か不純な動機だとは自分でも思う。だけど、こんな絶好の機会はもう二度とないかもしれない。そう考えると、ノーザは自分の気持ちが抑えきれなかった。
「なんとしてでも私はロボットに乗る、そしてパイロットになる!」
だが、そんなことをすれば、間違いなく戦争に巻き込まれる。
この世界のロボット、鋼鉄の巨人騎士であるハイメタルガーデンは民と国を守る剣であり盾、それを駆るパイロットは騎士であり、誉れ。将軍から一兵卒に至るまで、ハイメタルガーデンを駆るものはその使命を全うしなければならない。
「だったら決まりね。強くなるしかないわ。どっちにしろ、生き残る為にはどんな方法であれ強くなくちゃいけないんだから」
口でいうのは簡単だ。決意するのも容易だ。
しかし、実行、実現するとなればそれは遠く、険しく、果てしないものだ。だが、やらねば死ぬ。やらなくても死ぬ。だったら、少しはあがいてみるのも悪くはない。
それに好きこそもののなんとやらだ。
故にノーザは決めたのだ。
「目指せ、最強パイロット! 生き残るにはそれしかなぁぁぁぁい!」
少女の秘めたる野望の始まり、その産声、小さな一歩が大きな叫び声となって宣言される。
するとどたどたと部屋の外で慌ただしい足音。数名の使用人たちが慌てた様子で、部屋に入ってくる。これが原作のノーザであれば「無礼な! 首です!」という所だろう。
だが、私はそんなことはしない。
「い、いかがなされましたかお嬢様!」
踏み込んできた使用人の一人が代表して、おそるおそる問う。主の愛娘の部屋から悲鳴のような声が聞こえてくるならば、即座に駆けつけるのは使用人の務めだ。彼らはそれを律儀に果たしているのである。
そんな使用人たちに向かって、ノーザはゆっくりと、そして自信満々な笑みを浮かべながら振り返った。
「お父様を呼んで!」
ノーザは高らかに言い渡した。
「ワタクシは、これより、騎士になります!」