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一話 お嬢様が好きなものは?

 さかのぼること七年前。

 レクーツァ王国のアイランディ公爵家には手が付けられないお転婆娘がいるというのは有名な話であった。

 元より活発な少女であったが、七歳を迎える頃には世話役の家庭教師たちをも出し抜き、屋敷を飛び出しては、王国の近衛騎士団を務める長男ジークの巨大騎士ハイメタルガーデンに勝手に忍び込んでは屋敷の庭で大暴れをして見せるなどしょっちゅうであり、自分もいずれ近衛騎士団に、ひいては騎士団長になると言ってきかない娘であった。


「お父様の嘘つきー!」


 その件の少女ノーザは、自身の九歳の誕生日だというのに、カンカンに怒っていた。主賓席でじたばたと手足を振る姿は我儘蒸娘のそれではあるが、まだ幼く、微笑ましいので、それを受ける父エーゲスはたじたじだった。


「す、すまないノーザ。しかし、やはりお前にはガーデンよりもだなぁ……」


 エーゲスの両脇には専属の秘書が二人、リボンで包装された箱を抱えていた。所謂誕生日プレゼントであった。中に入っているのは言われなくてもわかる。オーダーメイドのドレスかもしくは稀少な宝石の数々のはずだ。

 それはこの九年間の誕生日で見飽きた光景だった。


「ドレスも宝石も、プレゼントで頂く程じゃありません。いつも勝手に増える癖にー!」


 ノーザにしてみれば、日に数着は増えるドレスなんて着まわすことなんてできないし、土地一つ買えるような宝石もいらない。そんなものは顔も見たこともない親戚に配ってしまえばいい。

 どんな高価なものよりも、彼女は欲しいものがあった。この日が来るまでずっと父親にせがんできたというのに、このありさまだった。


「しかしだなぁ……お前はまだ九歳だし、それに女の子だし……」

「今は女性の騎士だっていますわ! お父様は前時代的すぎるのです! 私はハイメタルガーデンじゃないと受け取りません!」


 お転婆娘ノーザが要求した誕生日プレゼント。

 それはハイメタルガーデン。レクーツァ王国、ひいてはオルバストロ大陸全土において最強を誇る巨大な機械仕掛けの騎士。

 若干九歳にして、ノーザはその最強の機械騎士を欲していたのだ。


「いや、だが子どもにガーデンは……おい、パトリシア。お前からも何か……」


 そう言いかけて、エーゲスは妻であるパトリシアに助けを乞うように視線を向けたが、パトリシアは優雅に笑みを浮かべるだけで、状況を見守っていた。


「父上が出来ない約束などするからですよ」


 その騒がしい場を治めるべく、一人の少年が苦笑交じりに立ち上がった。

 少年は未だに大声で叫ぶノーザに歩み寄ると、その頭を優しく撫で、「ノーザの願いは僕が叶えよう」と囁く。

 すると、不思議な事に今まで散々騒いでいたノーザがピタリと静まり、じっと少年へと視線を向けた。


「本当ですか、お兄様?」


 ノーザは兄ジークの金色の瞳を見つめた。


「可愛いノーザの為だ。時間はかかるかもしれないが、それは我慢できるね?」

「うぅ……ですが、ワタクシは早くガーデンが欲しいのです、ガーデンを動かしたいのです!」

「その熱意はわかる。だから、こうしよう。僕が必ず君のガーデンを用意する。それまでは僕のガーデンを少しだけなら動かしてもいい。ただし、僕がいる時だけだ。この前見たいに勝手に忍び込んで暴れるのはナシ。あれのせいで、僕は騎士団長からとんでもないお叱りを受けてしまったのだからね? もし、約束が守れないようなら、この話はなかったことになる。いいね?」

「はい……わかりました……」


 兄の説得を受け、ノーザはしぶしぶという具合に引き下がった。エーゲスはその様子を見て、ホッと胸をなでおろし、パトリシアは「さぁ、ケーキを切り分けましょう」と言って、メイドを呼び寄せていた。


「お兄様、約束は絶対に守ってくださいよ?」

「わかってるよ。これで、僕はノーザに嘘をついたことなんてないだろ?」


 ジークはパチリとウィンクをして見せて、自分の席に戻っていった。

 そして、ノーザは……


(よぉぉぉし! 第一関門クリア! ありがとう、お兄様、愛してる!)


 家族の誰一人として、ノーザの本心を知るものはいない。

 彼女には所謂前世の記憶があること。

 そして、彼女が……人よりもロボットを愛するちょっとした変人であること。


***


 自分がノーザ・アンネリーゼ・アイランディでありながら、そうではないと自覚したのは五歳の頃だったと記憶している。それまでの事はどうにも記憶に霞がかかったように曖昧で、うまく思い出せないでいた。

 違和感という形で引きずってきたその記憶は一年ごとにもやがかき消されるようにして、次第に鮮明になっていった。

 少なくとも七歳になった頃、ノーザは自分がとんでもない立場にいることを自覚した。


「さて、とんでもないことになってしまったわね」


 誕生日を迎える事に増えていったドレッサーの前に立ち尽くしながら、ノーザは見慣れているはずの自分の顔をまじまじと見つめていた。太陽のように輝く金髪はまだサイドポニーでまとめられており、クリクリとしたアーモンド形の瞳は愛らしいもの。

 自分で思うのもどうかと思うが、まさに絵に描いたような美少女がそこにいた。

 まるで他人事のようだったが、ノーザはまずそう思ったのだ。

 直後に自分の名前をフルネームで思い出すと、思わず膝を着きたくなった。


「ノーザ・アンネリーゼ・アイランディ……レクーツァ王国にて代々国防を担ってきた名家の生まれ、その愛娘。容姿端麗、その美貌は学園だけに留まらず社交界の華と称され、のちに王国の第一王子であるウェンディーズと婚約するご令嬢……」


 羅列してみればどう考えても勝ち組な要素しかない。

 だが、ノーザであり、そうではない彼女はそれ以上の真実を知っていた。


「からの、婚約破棄……まぁこれはどうでもいいとして、その後の人生はちょっと笑えないわねぇ……どう転んでも死ぬわけだし。あぁ、なんだってこんなことに……」


 ノーザは頭を抱えた。

 間違いない。理由はわからないが、自分はどうやら『転生』したようだ。前世の最後の記憶はどうにも曖昧だ。よく思い出せない。少なくとも病気や怪我を患っていたことはなかったはずだ。

 それが気が付けばご令嬢へと転生している。


「間違いないわね。この名前、そして特徴的なサイドポニーの髪型……これって聖光女アイリスに登場するライバルキャラじゃない」


 『聖光女アイリス~果てしなき愛のロンド~』。ノーザの記憶の最も深い部分に刻まれているもの。それはとあるゲームだ。

 西洋の中世に似た異世界を舞台とする、ファンタジー。そこには人間以外にもエルフもいれば、羽をもつ有翼人もいるし、獣耳を持った者もいる。ファンタジーゲームならばどこかで見たことのあるようなモンスターたちもまた存在する、そんな世界観だ。


 主人公は城下町でつつましやかに生活していた少女アイリスは、自身が実は貴族の父と平民の母との間に生まれた存在であることを知る。

 その後アイリスはその出自と、とある才能を認められ、貴族たちが通う学園へと入学し、そこで四人の男性と出会い、真実の愛を求めるという、乙女ゲーム。

 攻略対象はザ・イケメンであり、スタンダードな人間の王子ウェンディーズ、翼を持ったクールな天才魔導師エリック、獣耳の俺様系アルダン、魔族の血を引く留学生(別の国の王子)エミリオである。


 その中で、ノーザはアイリスの邪魔するライバルキャラ、いわゆる『悪役令嬢』に位置するキャラクターだ。

 大抵どのルートに置いても平民出のアイリスを苛め、権力を笠に着るようなテンプレートな悪役だったことを思い出す。


 さらに言えばどのルートであってもノーザの末路は悲惨だ。というか、死ぬ。

 このゲームは物語終盤、戦争が勃発し、ヒロインとヒーローの活躍によって終戦を迎えるイベントが存在する。そのイベントにおいて、ノーザは気が付けば死んでいたことが判明する。


 ていよく生き延びたとしても実家の消滅(没落ではなく)は免れない。生きているだけマシとも思えるが、蝶よ花よと育てられた貴族の娘が裸一貫で生活できる基盤があるとは思えない。

 ようはそういう扱いのキャラクターなのだ。


「思い出せば、思い出すだけ悲惨なキャラクターね……全く。近頃のゲームは嫌な奴殺せばいいと思ってるのが何とも雑よねぇ。それに聖光女アイリスか……また微妙なゲームに……」


 この『聖光女アイリス』だが、記憶にある限りではさほど人気のあるゲームではなかったはずだ。有名な絵師、声優を機用しているので、そのファンなら手に取るかもぐらいである。一応、グッズもそれなりに出ていたはずなので全く人気ではなかったと思うが、やはり印象は薄い。


 というのも、このゲームがメインターゲット層に大きなブレを生じさせたのが原因だった。

 通常、乙女ゲームとは、魅力的なイケメンたちを攻略するというスタンスであり、多くは女性向けのものが大半だ。

 だが、この『聖光女アイリス』はなにを思ったのか男性層へのアプローチも仕掛けていた。そういったゲームがゼロというわけではない。逆に男性向けであっても女性ファンを得る為にイケメンキャラクターを設定することはよくあることだ。

 『聖光女アイリス』はその逆を行ったのだ。ただし、その方法は美少女キャラを増やすわけではなかった。


 その方法とは、巨大ロボット『ハイメタルガーデン』の存在だった。そう、このゲームは乙女ゲームでありながら巨大ロボットが存在する世界観だった。発売当初はその意外性により話題にもなったが、蓋を開けてみればロボットは画像はあっても背景程度の存在で、イベントCGも少なく、戦闘シーンもほぼカットされ、酷い時には終盤まで一切の出番がないなんてこともある。

 そのアンバランスさ、中途半端さが低評価を受けた最大の理由なのだ。


「巨大ロボット……ねぇ」


 かくいうノーザの前世の記憶でも『聖光女アイリス』への評価は「外れを引いた!」だった。


「うふふふ……」


 だが、今の彼女は少し、違った。


「いいじゃん。巨大ロボットのある世界! 素敵だわ、最高だわ!」


 前世の記憶をたどると、彼女は乙女ゲームとして『聖光女アイリス』をプレイしていたことなど一度もなかった。正直、愛であるとか恋であるとか、そういうのはあまり興味はなかった。彼女はそんなものよりももっと好きなものがあったからだ。

 それは、彼女は、人よりも、ロボットが大好きだったからだ。


「安心なさい、主人公アイリス。私はあなたの恋路を邪魔しようだなんて一切思わないわ。だって私は、ロボットの方が好きだもの!」


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