十八話 王子との再会
「ノーザ様! もしよろしければわたくしたちのお茶会にきてくださりませんか!」
これで何度目だろうか。
ノーザはにこやかな表情の裏で少しうんざりしていた。
グレイシオとの決闘より二日が経とうとしていた。その間、ノーザを取り巻く環境はほんの少し、騒がしくなった。
「えぇ、考えておきましょう」
あたりさわりのない返答だけでもノーザに話しかけにきた女子生徒はるんるん気分で去って行く。ノーザが茶会にくるかどうかなんてどうでもよいのだ。その少女にしてみれば、ノーザと会話ができたことだけでも喜ばしいことだった。
そんな少女は彼女で、十六人目である。
「ノーザ様!」
と思っているそばから十七人目の少女が現れる。授業が終わってからというものずっとこうなのである。廊下を数歩進む度に話しかけられてはたまったものではない。
三年筆頭であるグレイシオをいともたやすく打ち破ったという話は当然の如く、電光石火で学園中に広まっていった。その反応は様々だが、多くはノーザに対して好意的な感情を持つに至った。
同学年からの圧倒的な人気はすさまじく、特に女子生徒に至っては熱を上げるものも多い。
聞けば、その人気は王子ウェンディーズと二分するのではないかとも言われていた。
(えぇい、鬱陶しいなぁ! あたしゃアイドルになるつもりなんてないんだよぅ!)
が、当事者であるノーザにしてみると、それは良い迷惑であった。
(うー……調子に乗り過ぎよぉ……私ってば、たまに勢いに流されるのよねぇ)
もちろん、そうなってしまった原因はノーザ自身にあるし、ちやほやされるのもそれはそれで良い気分だった。ノーザになる前の自分は果たしてそこまで行動的だっただろうか。
確かに、今の自分は生き残りをかけた明確な目的をもって行動している。それでも、こんなに目立つ動きをしようなどという大それた性格ではなかったはずだ。
(環境が変わったから……というよりは、私が『ノーザ』を演じようと無意識にそういう行動に出てるってことかしら。それとも私が『ノーザ』に引き寄せられている?)
自分ではノーザのような口調を演じているつもりなのだが、妙にしっくり来てしまうのはそういうことなのだろうか。生まれ変わるなどという経験はこの一回しかない。
(何かの漫画じゃ、精神は肉体にひっぱられるって言ってたけど……うーん、そんな難しい話は私にはわかんないしなぁ)
だが、それにしても度が過ぎるという物である。自分自身でもまさかここまで盛り上がるものだとは思っていなかった。
自分が持つ影響力というものをどこか過小評価していたのもあるが、驚きなのは間違いがなかった。
「失礼、少しよる場所があるので」
ノーザは群がる女子生徒たちに氷の微笑みを向け、あしらいながらその場から早々に立ち去っていく。当然何人かの生徒はそのあとを追いかけてくるのだが、庭園までやってくると何とかまくことが出来たようだった。
それでも、噂は同学年にとどまってはおらず、上級生と思われる生徒たちからも視線を感じる。
無遠慮に飛びついてこないだけ有難い話ではあるのだが、やはり奇異の視線にさらされるのは気分が良くない。ここは無駄に悪人顔な表情を使って追い払ってやろうかとも考えたが、それもそれで余計なうわさが経ちそうなので、やめた。
(このまま宿舎に戻ってやろうかしら……)
それも一つの手段だなと思う。だが、それはそれで面倒臭かったので、ノーザは手頃なベンチに腰かけて、一休みに入る。
この時期は『聖光女アイリス』のゲーム本編に置いてもイベントらしいイベントは存在しない。せいぜい、アイリスとウェンディーズの通常会話があるぐらいだ。それに彼女は現在スキル育成中と言ったところか、くたくたになりながら予習と復習をしている頃だろう。
(まーある意味、アイリスの方が大変っちゃ大変なんだけどね……私としても彼女には頑張っていただきたいものだわ。主に世界の平和の為に)
アイリス自身も、まさか自分が世界の命運を背負うことになるなどとは思ってもいないだろう。彼女にしてみればこの学園での生活についていこうと必死なのだし、追い出されないようにする為に努力しているだけなのだが、その行為がまさか四人の男のハートを射止め、果てには世界を救うものになるとは想像もできないだろう。
その事実を知るのはこの世界に置いてはノーザただ一人である。
ノーザにしてみてもアイリスにはぜひとも最高難易度のルートを攻略してもらう必要があるし、そうでなければ自分が持つ知識でもカバーがしきれないのだ。
その為にはいくらかフォローに入る必要もあるだろうが、この時期ではまだ焦る必要はない。
(とはいえもうそろそろね。転校イベントで他三人の攻略キャラがやってくる。ある意味、本番はそこから。タイトなスケジュールになるけどアイリスには頑張ってもらわないと)
ウェンディーズを除いた他三人の攻略キャラ。彼らもまた個性的であり、その登場は様々だ。
普通に転校してくるパターンもあれば、道場破りのような現れ方もするし、争いの渦中に割り込んでくるパターンもある。誰もかれもが一筋縄ではいかない面々なのだ。むしろウェンディーズは一番大人しい。
「正直、あんまり人気なキャラでもなかったしねぇ……余裕持ってそうでお坊ちゃま気質だし……」
「おや、誰の話かな?」
ぼそりとつぶやくようにいった言葉に反応が返ってきたせいで、ノーザは目を丸くして、その声の方へと振り向いた。
するとそこには金髪を輝かせたウェンディーズ王子の姿があった。相変わらずのイケメン顔だったが、それが一種の作り笑いであることをノーザは知っている。
世間を渡る為の朗らかな王子というのが彼の処世術の一つだ。ゲームを通してそれを知っているノーザにしてみれば、その表情を浮かべたウェンディーズは本心をうかがい知れない奇妙な存在である。
別にそれは心を閉ざしているわけではない。笑顔でいれば、特をするという彼なりの打算である。悪気はないのだ。
「レディの傍に忍び寄るのは、失礼だと思いません?」
独り言を聞かれた恥ずかしさもあったのでノーザは口を尖らせた。
「あぁ、すまない。本当に、たまたま、通りかかっただけなんだ」
ウェンディーズは苦笑しながら、謝罪の言葉を述べた。
「いやしかし……久しいね、ノーザ嬢。噂は聞いているよ。あの当時と変わらない大暴れっぷりじゃないか」
二人がこうしてまともに顔を合わせるのは、兄が死んだ頃だろうか。
それ以降、ノーザはあまり人前には出なくなったし、ウェンディーズも公務に付き合わされて忙しい日々を過ごしていたのだから。
「ワタクシはワタクシですから、そう簡単に変わってしまってはたまりませんもの。そういうあなたはずいぶんと優男になりましたわね?」
一国の王子に向かってこんな口を叩けば無礼になるのが筋だろうが、ウェンディーズという男はそれで怒る程器量は小さくない。むしろこういうフレンドリーな接し方を求める男だ。
「それで、一体御用件は? よもや、あなたまで決闘などと言い出す始末ではないでしょうね?」
「ハハハ! それもいいな。だが、あいにくと私はまだ自分のガーデンを持っていない。時期がくれば、いずれ手合わせ願いたいものだ。私も王宮ではそれなりに手ほどきを受けている。退屈はさせないつもりだよ」
「どうかしら」
ノーザは期待せずに応えた。あまり、言いたくはないことだが、ウェンディーズの受けた手ほどきというものはこの学園のレベルとそう変わらない。というより、彼は攻略キャラの中では一番『弱い』存在だ。
いずれは急成長を遂げるのだが、それはアイリスとの交流を経てのものであり、この時点の彼は優しいだけのボンボンである。
しかも王族の出ということで、無意識のうちに慢心すらしている。その鼻っ面を叩き折られるイベントが後々待っているのだが、まぁそれはその時に対応することでいいだろう。
「期待しててくれ。そうそう、近々親善試合が始まるのは聞いているかね?」
「えぇ、いくつかの有力国家より新型の試験を兼ねているとか」
「ウム。我がレクーツァ王国も新型であるファル=ブレースを用意するつもりでね。有翼人たちディオーネ王国、獣人のグラフ王国、魔族のヴァングラジオン国……他にも多数の国家が独自開発した機体を持ち合わせてくるようだ。盛り上がるぞ」
それはノーザ自身も楽しみにしているイベントである。『聖光女アイリス』においてロボットの存在をでかでかと知らしめるイベントであり同時に攻略キャラが一挙に集う重要な場面なのだ。
アイリスはここから一人のキャラを選んで応援するという選択肢がある。ここでルートが確定するのではないが、応援されたキャラは大幅に高感度が上昇する。『聖光女アイリス』には時々こうした稼ぎイベントのようなものがあるのだ。
この世界のアイリスが誰を応援するのかは知らないが、ノーザにしてみるとゲームではチラ見せしかなかった機体がまともに見られると思うとそれだけでロボット好きの血が騒ぐというものだった。
とはいえ、このイベント以降、ロボットの出番はばったりと少なくなる。せっかく各国の機体が集まるというのに、もったいない話だったが、元より低評価のアンバランスなゲームなのだ。
「随分と楽しそうだね?」
「はい?」
言われてノーザは自分の口角が吊り上がっていることに気が付いた。
いけない。どうやら緩みきっていたようだ。
「君と同じように非常に楽しみにしている子を知っているが……不思議だな。今は女性たちの間でガーデンが流行っているのか? 確かに有力な女騎士も存在するし、騎士を目指す女も少なくはないが……」
その子とは恐らくアイリスだろう。ゲームにおいてはこの時期のアイリスはたくさんのロボットが見られるということでテンションマックスだったはずだ。
「今は女も強くあらねばならない時代ですもの」
それは口癖になった言葉だ。
ノーザはそれだけを言うと、ベンチから腰を上げた。そろそろ次の授業の時間だった。
「君との試合、楽しみにしているよ。もちろん、勝たせてもらうぞ」
ウェンディーズの言葉は、それもまた嫌味ではない。見下してきてるわけでもない。ただ彼は世間知らず過ぎるだけなのだ。
ノーザはある意味で確信している。この王子には別に特別な対策をしなくてもストレートに勝てると。
(ま、挫折イベント乗り越えるまではこの調子だろうし、放っておくか)
ノーザはやれやれと肩をすくめながら、去っていく。
ウェンディーズの方はそれに気が付いていないのか、呑気に手を振っていた。
各国のガーデンが集まるイベントまではあと一週間。ノーザはそれまでに色々と準備を進めなければいけなかった。




