プロローグ 剣聖令嬢
八メートルを越える巨大な剣が二振り、正面から激突した。
瞬間、剣戟の音が響き空気を切り裂き、地面をひび割れさせた。その響きが鋭ければ、鋭い程、コロシアムの観客席は歓声に包まれる。
大陸の半数を支配するレクーツァ王国。
ハーンバスト学院。王国中、果ては国外からも多数の留学生を抱えるこの大学園は今、大規模な行事『ガーデンデュエル』の真っ最中であった。
学園の敷地面積の約半数を占めるように併設された巨大闘技場の中央には二体の巨人の姿があった。
全長十五メートルの巨大な騎士たちによる壮大な舞踏。両者の斬り合いはまさに舞うが如くの美しさを繰り広げ、観客を圧倒し、魅了した。
『我が剣捌きを見切れるか!』
剣を振るう一騎は白銀の装甲を纏った優麗なる騎士。繰り出される斬撃は重く、鋭く、ひとたび振るわれれば空を切り裂き、剣が作り出す衝撃は観客席にまで到達する程だった。それは音速の剣だった。八メートルという巨大な剣を軽々と振るう剛毅さ、そして的確に相手の急所に狙いを定める精密さ、どれをとっても、白銀の騎士の一撃は美しかった。
『我が剣技は伝統あるクラスベール剣術。その一撃必殺の太刀筋をここまで防ぎ切ったことはまず褒めるべきであろう! だが、それも終わりだ!』
片や白銀の騎士の攻撃を受けるのに精いっぱいに見えるのはローズピンクの騎士だった。
両者の違いはその装甲色のみ。性能に優劣はない。あるとすれば、それは巨人を操る操縦者の腕であろうか。
その戦いで何度、剣を交わせたか……無数に繰り広げられる巨人の剣戟に変化が訪れようとしていた。
ローズピンクの騎士は己の得物で相手の攻撃を受け止め、その衝撃ごと機体は背後へと吹き飛ぶ。そのようなことをすれば、人間の体であれば相当なダメージを負う、無茶な行動だった。
だが、鋼鉄の肉体を持つ巨大騎士であれば、その程度の負荷はさしたる問題ではない。
『フッ……凌ぎ切ったか。まずまずの腕前、少しは評価を上げてやろう』
間合いを取る形となった両者、己の得物を構え直す。
しばしの膠着、この瞬間は観客席の者たちも固唾をのんだ。
『参る!』
そして、真っ先に動いたのは白銀の騎士であった。大地を蹴り、巨体が唸りをあげながら、迫る。
一閃。大振りであるにも関わらず、その一撃は疾風だった。防御する間もなく撃ち込まれ、敗北は必然の攻撃である。
事実、ローズピンクの騎士は一瞬にして間合いを詰められ、肉薄され、必殺の一撃を受ける。
「フッ……」
ローズピンクの騎士の中で、一人の少女が不敵な笑みを浮かべていた。
彼女は恐れず前進した。当然、相手の剣は己の駆る騎士を捉えた。しかし、機体を前進させたせいか、その刀身が捉えたのは、騎士の左肩であった。一瞬の火花、紫電をまき散らしながら、ローズピンクの巨大な鉄の腕が切り落とされ、轟音を響かせながら落ちる。
白銀の騎士の剣はその勢いのまま、地面をたたき割る。
その二つがコロシアムに木霊する。
「肉を切らせて、骨を断つ……」
だが、ローズピンクの騎士の動きは衰えない。人間であれば、片腕の喪失は致命傷だ。だが、騎士は、機械である。鋼鉄の肉体を持つからくりのものである。その程度の損傷で、動けなくなるほど、ヤワではない。
「油断大敵!」
そして、一拍遅れて、金属の激突する鈍い音が『白銀の剣士』から響いた。
『なに!』
白銀の剣士の胸部、そこにはコクピットが存在する。そのコクピットを守る強固な装甲に刃止めされた模擬戦用の剣が勢いよく突き立てられていたのだ。
「これにて決着。この勝負はワタクシの勝ち……ということでよろしいかしら?」
透き通るような声がローズピンクの騎士から発せられた。
その瞬間、コロシアムの熱気は最高潮へと達していた。その黄色い歓声は圧倒的に女子生徒によるものが多かった。少女たちは口々に「お姉様!」、「ノーザお姉様!」と叫んでいた。
そして戦いの終わりを告げる鐘の音がかき鳴らされる。
『卑怯な!』
刹那、熱狂を切り裂くように白銀の騎士から荒ぶる青年の叫びが響く。
同時に騎士のコクピットが開閉し、パイロットである青年が姿を現す。太陽の光を神々しく反射する金髪に、麗しい碧眼を浮かべた青年は、その美しい顔を憤怒に塗りつぶしながら、叫んだ。
「左腕を切り落とされた時点で、貴様の敗北は決まっていたはずだ! 戦場では、あのような動きは通用しない! なのになぜ貴様が勝利者として称えられる!」
青年の絶叫にコロシアムはしんと静まり返った。
ややして、ローズピンクの騎士もコクピットを解放する。姿を現したのは長い金髪にウェーブをかけ、豊かになびかせた少女だった。機体と同じローズピンクの衣装はドレスのようにも見えたが、巨大騎士ハイメタルガーデン用のパイロットスーツであった。
少女は汗をはらうように、前髪をかき揚げ、叫ぶ青年を見下ろす。
「あら、これが戦場であれば、ウェンディーズ様はそのような戯言を口にすることもできなかったと思いますわ」
「なに!」
少女の言いざまにウェンディーズは白くきめ細かな肌を持つ顔を真っ赤にした。
一方の少女は未だ涼し気な表情を浮かべている。
「ワタクシはあらゆる手段、あらゆる技を持って、あなたに挑み、そして勝利しました。己の持ちうる全力をもってして、手を抜くことなく、お相手した次第、卑怯とののしられるいわれはございませんわ。文句がおありなら、何度でも続けましょう。そして、勝てばいいのですよ」
フフンと少女は勝ち誇った笑みを浮かべる。
少女の名はノーザ・アンネリーゼ・アイランディ。
ノーザはしたたかな笑みを浮かべたまま再び自身の愛機のコクピットへと戻る。ローズピンクの騎士の双眸に再び光が宿り、駆動音と共に剣を構えた。
「ハンデが必要かしら? ワタクシのガーデンは左腕を失っている。だけれど、そう簡単には負けませんことよ?」
隻腕の騎士が残った右腕で剣を高々と構えた。
レクーツァ王国において王家家臣の筆頭公爵家の生まれを持つノーザは、しかし、もう一つの顔を持っていた。
それは、巨大騎士ハイメタルガーデンを駆る天才少女剣士。
人々はノーザを『剣聖令嬢』と呼んだ。