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 やはり森にはたくさんの精霊がいる。

 誰もかれもが群れたり群れなかったりして、ただ自分と自分の血脈についてのみ考えながら暮らしている。

 その中で視界に映るのは、さりげない日々の珍しい光景だ。

 不思議な色の蛹を抱えた姫蜂もまた、珍しい光景の一つだった。


 情報はあっという間に集まり、私たちはやっと一つの住まいまでたどり着いた。


 緊張は無視できない。

 手を繋ぐ蜜蜂も同じだ。

 私たちはただじっと目の前に建っている家を眺めていた。


 本来ならば精霊が自分から住むような家ではない。

 こういった建物は人間が住むものだ。

 館とか屋敷とか呼ばれていることは知っているが、その詳細については詳しくない。

 私が知っているのは、ただその外観の異質さだけだ。

 目の前に建っているそのお屋敷も、私が普段住んでいる家が霞んでしまうほどに頑丈そうなつくりをしていた。

 羨ましいものだが、純粋に羨ましがるには圧倒的すぎる。


「はあ……これは……あまり大声で言えないけれど、私たちの王国よりも立派だ」


 呆然としていた蜜蜂が、ようやくそう言った。

 私も不安になって、蜜蜂に確認する。


「本当に……ここなんだよね?」

「そう……だね。ここに不思議な色をした蛹を抱えた姫蜂が入っていったんだって言っていた」

「でもここ、人間のお屋敷じゃないの?」

「たぶん、廃墟ってやつだよ。そういうところはだいたい、魔女が暮らしているものなんだ……ここもその一つ」

「魔女が暮らしているの?」


 思わず蜜蜂を見てみれば、彼女は頭を掻きながら首を傾げた。


「そう聞いていたんだけどなあ。森の片隅に『胡蝶の墓場』と呼ばれるお屋敷があってね、そこには強い霊力を持った食虫花の魔女が住んでいてね。まあ、ここからかなり遠いのだけれど、その食虫花の血を引いた子供たちもいるんだ。ここにはその娘の一人が住んでいるって聞いたから、姫蜂ではないはずなんだ」

「じゃあ、魔女の娘の手下とか?」

「そうかもしれないね……」


 それにしても、嫌な感じだ。

 天然の家とは違った不気味さがある。

 人間向けの建物といえば、この森の奥にある月の城が有名だ。

 女神さまの住まうそのお城は、人間が信仰のために勝手に作ったといっても、森の世界を彩るものとして精霊たちにすら昔から愛されてきた建物だ。

 しかし、目の前にあるお屋敷はちょっと違う。

 朽ちた様子はないのに、蔦が絡んでいるせいかとても暗い印象があったのだ。

 それは、長らく生き続けている苔だらけの樹木の雰囲気とも違う。


 ここに蛹を持っていかれたなんて戸惑ってしまう。

 けれど、諦める気は全くなかった。

 あんなに珍しい蛹なのだ。

 ここで諦めてしまえば、一生手に入らないかもしれない。


「行こう!」


 蜜蜂の手を引っ張って半開きの門をすり抜ける。


「鍵が掛かっていないといいんだけどね」

「鍵ってなに?」

「扉を開かなくしちゃう魔法」

「そんなのあるんだ。でも、その時はあっちの窓を壊したらいいんじゃない?」

 

 そういって指さしたのは透明な硝子の壁だ。

 ああいうのを窓というと聞いているから、多分そうだろう。

 硝子が割れやすいものだということも実験済みである。

 それによって物珍しいお宝が壊れたのは辛い思い出だが、割れたお宝もそれはそれで美しく輝くのでまあ良しとしようということになった。


 それはともかく、今はとにかく蛹だ。


「そうだね。でも、ま、音を立てずに済んだら御の字だ。さ、行こう」


 そう言って蜜蜂は息を潜める。

 緊張感に圧され、私もまた蜜蜂に従った。


 蜜蜂がそっと手を伸ばし、屋敷の扉を開ける。

 幸いなことに、鍵とかいう魔法はかけられていなかった。

 扉を開けてすぐに感じた淀んだ空気に思わず怯んでしまったが、蜜蜂が果敢にも足を踏み入れるのを見て気を取り直した。


 開いたということはいいことだ。

 宝物を取り戻すための一歩である。

 あとは踏み込み、姫蜂を探すだけだ。

 我らが守護神である月の女神に願うことといえば、あの美しくて素晴らしい蛹が壊されることなく私の迎えを待ち続けているということだ。

 出来れば、中身も無事であってほしい。

 いつか壊れてしまう芸術品であっても、中に生命が宿っているのだという感覚が忘れられないのだ。


 さて、蛹の中にいるのが姫蜂か、胡蝶か。

 持ち去ったのが姫蜂であるために、そこは問題となるかもしれない。

 ただ、まずは蛹を見つけることが先だろう。


 口で喋ることができない状況下、私は心の中で何度も何度も喋り続けた。

 蜜蜂は冷静沈着に屋敷内の気配を探り、的確にどこを責めるかを決めている。

 何処をどう探せばいいか分からない私にとってはとても頼もしいことだったが、少し気が引ける。

 彼女の判断に任せて進みつつ、私は私で変わったところがないか確認すべく、きょろきょろと見渡してみた。

 だが、ダメだ。

 変わっているところもなにも、こうした人間のためのお屋敷の中なんて初めてだから、変わったものしか目に入らないのだ。

 困ったことに、目に入る変わったものの中には家に持ち帰りたいほど珍しいお宝も存在するのだ。

 本当に困ったことだ。

 それに情けない。

 他ならぬ私の宝物を取り返しに来たというのに。


 沸き起こる欲望と自分への呆れをぐっと受け止める以外になすすべもなく、進み続けてしばらく、急に蜜蜂は警戒をみせた。

 恐る恐る私もそちらに目をやり、そのまま固まってしまった。


 は階段の途中にいた。

 精霊が使う自然の階段とは違い、段差はしっかりと整えられ、足を滑らせてしまいそうな不安は全くない。

 均等に重なる姿はある種の美しさを宿しており、じっと見つめているだけで妙な快感を得てしまうほどだ。

 しかし、今はその快感に浸らせてくれる空気でなかった。

 階段の途中にいるが、鋭いまなざしでこちらを睨みつけていたからだ。


「招待状もないのにようこそ、我がご主人様のお城へ」


 冷たい口調で私たちにそういったのは、紛れもなくあの姫蜂だった。

 敵意むき出しの表情だ。

 あまりよろしくない空気だ。

 だが、蜜蜂はその空気を笑い飛ばし、茶化すように言った。


「扉が開いていたものでね。声をかけようにも気配がないものだから、ついつい踏み込んでしまったのさ」


 彼女の陰に隠れつつ、私も同調して頷く。

 ここは任せるべきだ。

 虫の精霊同士、どうか平和的にお話をしてほしいものだが、どうだろう。

 月の女神様に祈るしかないことだが、すでに嫌な予感ばかりが頭をよぎる。


 やがて、姫蜂は小さく息を吸い、やはり冷たい口調で言った。


「こちらへ」


 意外なことに襲い掛かってはこなかった。

 私たちの反応も待たずに階段を上がっていく。

 素直についていって大丈夫だろうかと心配だったが、私が迷っているうちに蜜蜂が歩き出してしまった。

 彼女が行くのならば、と安心して私も階段を踏みしめた。


 樹木でできた段差よりもかなり丈夫な足場だ。

 踏みしめたときの安心感は大地のよう。

 しかし、自然なものではないことは明白だ。

 土ではないのなら、何でできているのだろうか。


 いちいち不思議だったが、今はその不思議に浸っている暇もない。

 蜜蜂の腕にしがみつき、恐る恐る姫蜂の案内に従うことほんの少し、姫蜂はちらりと私たちを振り返ると、まだまだ続く階段を上がるのをやめて、逸れていった。

 

 大地に面した場所を一階と呼び、階段を上がった先に広がる空間を二階と呼ぶ。

 したがってここは二階だ。

 こういった知識も蜜蜂に教えてもらったことだ。

 今までは自然にできた我が家で当てはめて使っていた言葉だが、こうして実際に人間の作った屋敷で学びなおすことになるとは思わなかった。


 姫蜂はどんどん先に進む。

 伸び続ける廊下を進み、ちょうど私たちの入った場所の上にあたる部分に来ると、やっと立ち止まった。

 目の前に広がるのは、とても大きな扉だ。

 私たちが追い付くのを待つと、姫蜂は素直に開けてくれた。


 扉の向こうは大部屋だった。

 私の豪邸とは比べ物にならないほどの広さに驚いてしまう。

 しかし、何よりもぎょっとしたのは、大部屋の向こうで既に待ち構えていた人物の姿だった。


 部屋中で、緑の蔓がうねうねと動いている。

 蔓の周りでは、発光虫という言葉も喋れぬ小虫の精霊たちが飛び回っており、青白い光を充満させている。

 それらに囲まれながらこちらを見据えているその人物は、意外にも小柄な少女だった。


 血のような赤の目は私と同じような血統の証にも思えるが、その髪の色は輝かしい金色。

 月の森に代々住まう月の花の一族とは全く違う血を引いているのは明白だった。


 彼女は姫蜂を指さして述べる。


「ご苦労。休んでいいわ」


 その声もまたかなり幼く感じた。

 姫蜂が退室し、扉を閉めると、ようやく少女は胸に手を当て、私たちに向かってお辞儀をする。

 ゆらゆらと緑の蔓たちもお辞儀をした。


「初めまして、ようこそ我が屋敷へ。わたしの名前はゆぎ。この屋敷に住む見習い魔女です」


 優雅な挨拶に、私も蜜蜂も困惑した。

 少女の赤い目が細められる。

 愛らしさを詰め込んだ悪魔のような雰囲気だ。


「そして――」


 うるんだ唇で、靫と名乗るその少女は告げる。


「あなたの蛹を召使に盗ませた者ですわ」


 くすりと笑うその姿は妖艶そのものだった。

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