秘密とglhf
「は?」
間の抜けた顔で進学クラスの先輩はそう答えた。
「お前今なんて言った?」
「ですから、僕と勝負しましょうよ。朝にも言いましたけど、同じことを2度聞くのは愚図の所業ですよ」
「くっ」
「おい、玄野。何言ってん・・・」
「黙って聞いてろって、橋本」
俺の唐突の挑戦に驚いたのか橋本がなにか言いかけてたが、今はそれどころじゃない。
先輩はというと顔が赤くなりつつある。
「さっきの試合を見て言ってんだろうな?」
「えぇ、もちろん」
「なめてんのか、貴様!」
冷静さを失うとそれだけプレイにも影響する。
ゲームなめてんのはお前の方だ。
「先輩落ち着いてください」
「叩きのめしちゃえばいいじゃないですか」
後ろにいた後輩たちが先輩をなだめ、試合に乗るように進めている。さっきのプレイを見てその先輩の強さを確信しているんだろう。
「悪いがタダで戦ってやるほど暇でもないんだわ」
しかし、後輩の前で良いところを見せたいとはいえ、タダで勝負に乗るなんて俺も考えていなかった。
なぜなら先輩は今、
「僕に負けるのが怖いんですか?」
相手が自分より格上であることを恐れているはずだからだ。
「なっ・・・」
「いえ、別に恥ずかしいことじゃないですよ。無謀に立ち向かうのもそれはそれでバカですし」
これは本音だ。煽るために言ってるわけじゃない。自分の力量をわきまえずに相手に向かうのは、勇気ではなく前を見ずに走っているようなものだ。それでは結果が付いてくるはずもない。
しかも、さっきのプレイを見た後に挑戦をしているのだから、勝てると確信しているか、はたまたバカみたいに突撃しているかのどちらかなのだ。
なら、相手が乗るように条件を出すしかないか。
「なので、賭けをしましょう」
「賭け?」
「はい、賭けです。もし僕が勝ったら南城先輩のヘッドホン返してもらえませんかね」
そういうと、それまで副部長の腕の中で泣いていた南城先輩が顔を上げた。
「キミ、、ひっぐ・・・なにする気よ」
「そうだぞ、坊や!三景に勝った相手だぞ」
「知ってますよ。見てましたから」
「ならなんで!」
なぜ。
確かに相手のプレイを見て勝てるとは思ってるが、確実に勝てるなんて分からない。しかもFPS部に入ってもないのに、その部員を助けるために動く理由もない。
ーー助ける理由。
南城先輩は泣いていて、副部長は苦しんでいて、部長は手が出せず嘆いて。そんな状況が嫌だったから、、、いや。そんな大層な理由じゃないだろうな。
「楽しくないから、ですかね」
ゲームをしているのに楽しくない。こんな状況が嫌だったからだな。
しかし、理由を述べても誰も理解はしていないようだった。だけど、今はそれでもよかった。
そして、もう一度進学クラスの先輩の方を向いた。
「いかがでしょう、先輩」
「いかがもなにも、俺が勝ったらどうするつもりだ?」
さっきからイライラしているのがすぐにわかるほど、つま先を上下に動かし靴音を立てていた。
あ、そうだった。勝つつもりだったから相手が勝つときのこと考えてなかったな。さて、どうするか。
「そうですね・・・。じゃあこういうのはどうでしょう。流石に現金渡すのは色々アレなので、5万までなら好きなだけ物買っていいですよ」
その条件を出すと皆がみな驚きの表情を見せた。
「なに言ってんだ、玄野!お前、5万て」
「そうだぞ、坊や。そんな大金」
「構いませんよ、俺は」
みんなの心配の声も全然気にならなかった。
すると、相手の先輩が話しかけてきた。つま先はもう動いていなかった。
「本当にいいんだな?」
「ええ、もちろん。男に二言はありませんよ」
別に負けたから逃げるつもりなんて毛頭ないし、そんなことをするなら最初からこんな条件は出さない。
さらに付け加えて言うならばーー
「先輩が勝てばの話ですがね」
ーーこの先輩に負ける気なんて今は一切ない。
「言わせておけば」
今度は顔に青筋を浮かべてこちらを睨んできた。
どうやら乗ってくれるらしい。
「いいだろう。完膚なきまでに叩きのめしてやる!」
「お手柔らかにお願いします」
じゃあ俺も少しは本気出すか。
そんなことを考えていると、裾を引っ張れているのに気づいた。
振り向くとまだ目に涙を浮かべながらもじっとこちらを見ている南城先輩がいた。
「なんですか?先輩」
そう聞いてもしばらく何も言わず、ただ目だけが泳いでいた。しかし、決意を決めたように口をぎゅっと結び、一言呟いた。
「頑張って、、、」
■ ■ ■
その後、先ほどまで南城先輩が戦っていたパソコンで試合が行われることになった。
あ、南城先輩のアカウント入ったまんまだし。
「南城先輩。ログアウトしますね」
泣き止みはしたものの、少し嗚咽を残している南城先輩が小さく頷いた。
BFTシリーズは自分のアカウントを作りログインすることでゲームをプレイすることができる。またアカウントの情報は武器の使用率や死亡回数、命中率に至るまで多くの情報が他のアカウントから閲覧可能になっている。
そのため、多くのプレイヤーは他人から見られてもいいように、本気でプレイするときのためのメインアカウントと、気楽にプレイするとき用のサブアカウントの2つを持つことが多い。
「さてと、じゃあサブアカウントでログインするかな・・・」
「おいおい、お前。負けるのが怖くてサブアカなのか?」
俺の独り言にいちいち反応してくる先輩。
はぁ〜。別にそんなこと微塵もないし、俺の秘密がそのうちバレるだろうことはわかってるが、その人数もなるべく少ないほうがいいと思ってメインアカウントにはログインしたくなかった。
と言っても、どうせこの先輩には通じないだろうしな。
「別に負ける気なんてありませんよ。ガチの本気を出すほどでもないですがね」
「てめぇ、ふざけやがって」
殺気のある目で睨みつけられた。ただなぜか心は落ち着いていた。
いつもなら多少は心がざわつくけどな。今はただ目の前のディスプレイに集中していた。
ログイン画面でパスワードを入力すると画面におなじみの光景が現れた。
[Welcome]
[Now Loading…]
「準備完了です。ルールはどうしますか?」
「チケット10枚で先に全滅した方の負け。ゲーム内でありえない不正行為の禁止。それだけだ」
さっきまで興奮していた先輩も、試合前はさすがに気を落ち着かせているらしい。深呼吸が多くなっている。
しかしさっきから気になってるルールの文言・・・。今はいいか。
「それではこの勝負、FPS部βチームの部長広部が立ち会います。もう1人そちらからどなたか立会人を出していただけますか?」
俺らのパソコンの近くに来た部長が、先輩の後ろに立つ後輩たちに目を向けた。公平さを保つため相手の方の立会人も求めているんだろう。
「・・・はい」
小さく手を挙げたのはさっぱりとした髪型の男子生徒だった。
「BFTの経験は?」
「2年くらいはしてます」
「わかりました。それではこの方に頼みますがよろしいですか?」
「勝手にしろ」
集中を途切れさせたくないのか、言葉少なに先輩が了承した。
「では部屋を立てますのでしばらくお待ちください」
BFTシリーズでは一昔前の2といえどオンラインでは今でもゲームを行う「部屋」というものがいくつかある。しかし今回のように一対一で対戦するときなどは、自分で新たに部屋を立て他のプレイヤーが参加できないようにしなければならない。
その後、向こうの後輩の立ち会いのもと部屋が建てられ、俺と先輩はその部屋へと入った。
「それでは2人とも準備はよろしいですか?」
「「・・・」」
俺と先輩が無言でいるのを部長が確認して、小さく頷いた。
「それでは30秒後に開始します」
部長が試合開始の合図のEnterキーを叩くと、画面上にカウントダウンが表示された。
[00:30]
その数字を見るや否や俺も先輩もヘッドホンをつけた。
最初の職業はもう決めてある。あとは始まるのを待つのみ。
懐かしいこの気分。久しぶりなはずなのに昨日までやっていたような感覚に陥る。試合前の独特のこの感じ。興奮と緊張の混ざったなんとも言えない気分の良さ。
耳からはカウントダウンの音が鳴り続けている。
[00:10]
パンッ!
目を瞑り両手を勢いよく合わせた。そして深呼吸。
ゆっくりと目を開けると試合開始は目前だった。
[00:01]
[glhf]
素早く4文字をチャットで打ち込み、勢いよくリスポーン地点から走り出した。