秘密と勝負
「と言うわけで、私が対戦相手の南城 三景だよ。改めてよろしくね」
可愛い子オーラを出し、ピースをしながら改めて自己紹介をする南城先輩と、
「「よ、よろしくお願いしまーす」」
恐る恐る挨拶する井口と橋本。そして
「・・・」
頭を押さえて床にしゃがみこんでる俺。
「おい周。大丈夫か?おまえ」
「周がデリカシーないのがダメなのよ」
続いて柳と紗羅に言葉をかけられた。
南城先輩が録音スペースのような部屋から出てきた時に、つい口に出た「ちっちゃ」という言葉に先輩が怒り襲われた。
ちなみに先輩の身長は、俺が口にした通り150センチもないように見えるほど小さい。
なので、殴られても痛くないだろうと思っていたら、繰り出したのはまさかのロケット頭突きだった。どこのモンスター育成ゲームだよ。
おかげで俺の顎は砕けたのかと勘違いするほど痛みを味わうこととなった。
「玄野くん。三景さんは身長のこと言われると怒るから気をつけてね」
「部長!先に言ってくださいよ!」
今更そんなアドバイス受けても遅いんですけど。
「はっはっはっ。やっぱ面白いね、アンタ」
「副部長は笑いすぎです」
「悪い悪い」
副部長が全く悪びれもせずに片手で謝罪した。
「それじゃあ気を取り直して、スタメン争いのルールを説明するよ。まず、さっき2人には言ったけどスタメン争いは大会1つにつき1回だけだよ。つまり、この試合に負けた場合、大会が終わるまではスタメンになれないけど、そこは大丈夫だね?」
「「はいっ!」」
2人の返事を聞いた副部長が部長に目配せをした。
「分かりました。では試合のルールを説明します。今からそこの部屋の中で試合を行ってもらいます。同じ部屋で行う都合上会話は厳禁です。まぁ、ヘッドホンをすると思うので小さな独り言程度なら問題はありません。制限時間はありません。はじめに全員10体の復活チケットがあります。勝利条件は相手のチケットをゼロにすること。それだけです。最後に残った1人がスタメンとなります」
部長の説明で対戦を行う3人の目の色が変わった。
「あと禁止事項ですが、ゲーム内では出来ないはずのことをするなど不正行為を行った場合は、入部すら拒否しますのでご注意ください。そして、当たり前のことですが直接の暴力も禁止です。これはゲーム部全てでのルールですのでご理解ください」
そういったあと南城先輩がニヤリと笑って続けた。
「これ以外は禁止してないから。たとえば、2対1で来たとしても禁止じゃないからね」
そう言って先輩は先に部屋へと入っていった。
先輩の言葉に2人とも動揺していた。
「部長さん。あれって冗談ですよね?」
「禁止事項は僕が言ったもののみです、とだけ言っておきます。あとは君たち次第ですよ」
部長はそれだけ言って2人の背中を押して、部屋へと促した。
そして2人はお互いに顔を合わせて「頑張ろうな」と口にし、南城先輩の待つ部屋へと入っていった。
「じゃあ坊やたちは私たちと一緒に観戦でもしよっか」
「こらこら、広部さん。坊やは失礼でしょ?といっても、名前を伺ってませんでしたね」
「あー、そうだったな。俺は1年C組の東雲 柳です」
「私は1年C組の白河 紗羅です」
「東雲さんに白河さんですね。じゃあモニターに移すからこっちに来てください」
受付に用意されていた机の上のパソコンには、今まさに準備をしている3人の画面が表示されていた。
「あー、なんだ。BFT3じゃん」
「おっ?玄野くんはご存じでしたか」
俺が瞬時にゲーム名を言い当てると、部長が反応した。
「なあなあ、周」
「ん?なんだ、柳」
「BFT3ってなに?」
「あーそれね」
BFT3。略さずに言うと【Battle for Tommorow 3】。世界的にも有名なゲーム開発会社【Multi Creative】のFPSシリーズBFTの最新作。他のFPSと比べるとそのグラフィックと弾道の正確性で一線を画していることで有名になり、世界大会も開かれている。FPSをするならまずはこれから、とオススメする人が多くいるだろう。
「っていうこと」
「へえー」
「随分と詳しいんだな、坊や」
「副部長、坊やはやめてください」
俺ってそんなに子供に見えんのか?
「・・・まぁ、昔やったことがあるので」
すると柳がまた質問してきた。
「それって、もしかして例のアレのことなのか?」
・・・はぁ
「あー、すまん。別に掘り返そうとしたわけじゃないんだけど・・・」
俺が先ほどと打って変わって死んだような目になったのを感じたのか、柳が謝ってきた。
「気にしなくていいよ。お前の言う通り例のアレだ」
「そうか」
そう一言だけ呟いて、柳は対戦のモニターの方に顔を向けた。
ーー柳にはあー言ったが、正直このゲームを見ると色々思い出してしまって気が滅入る。
『あいつ家帰ってもゲームしかしてないんだってよ』
『うわっ。舐めてんのかよ。ウザ』
「っつ・・・!」
「周?大丈夫?」
過去の思い出がフラッシュバックして、頭がふらついてしまった。どうやら後ろにいた紗羅が支えてくれたみたいだ。
「だ、大丈夫だ」
紗羅にそう告げると小声で「帰る?」と聞かれたが、俺はその誘いに首を振った。
「無理しないでね」
とだけ告げ、紗羅も柳のようにモニターに注目した。
そうだ、今は井口と橋本の勝負を見ていないと。
ーー過去なんかにとらわれている場合ではない。
■ ■ ■
勝敗は途中から既に決まっていたようなものだった。
南城先輩の圧勝。6枚ものチケットを残して井口と橋本たちに勝利した。
「いやぁ、さすがに疲れちゃったなぁー」
大きな声を出して部屋から出てきたのは、明らかにさっきより元気そうに見える南城先輩と、
「「・・・」」
明らかにさっきより元気が無くなっている井口と橋本。
まぁそれもそうか。部屋に入る前の南城先輩の一言。つまり「2人がかりでかかってきても問題ない」と言ってのけた先輩の実力は、やはり桁違いだった。
もちろん、2人は最初から共闘していたわけではなかった。しかし自分たちのチケットが半分を切りそうになった時、2人は気づいたに違いない。先輩はその時たった1枚しか復活チケットを消費していなかったのだ。
そこから2人は言葉をかわすことなく2人がかりで先輩に攻撃を仕掛けたが、時既に遅し。先にチケットの少なかった井口が倒れ、それに続き橋本もチケットを全て失った。
「2人ともお疲れ様でした。今回は残念でしたね」
「でもなかなかやるな、お前ら。三景のチケットがここまで減ったのも久しぶりじゃないか?」
部長と副部長がそれぞれ対戦に負けた2人に声をかけた。
「いえ、僕らもまだまだなのがよくわかりました」
「次の大会までになんとしても先輩に勝てるように頑張ります」
井口も橋本もまだ悔しさの滲む顔をしているが、しっかりと前を向こうとしているようだ。
「もちろん。あなたたちはもうこの支部のメンバーなんですから」
「これからビシバシ特訓してやるから、覚悟しときなよ?」
「もちろんスタメン争いはまた私になるから、せいぜい頑張ることね」
「次は負けませんよ、先輩」
「コテンパンにしてやります」
はぁ〜。前を見るのはいいが、あんまり上ばっかり見過ぎて自分を見失わないか心配だな。
まぁ何はともあれ負けてしまったが、2人にはいい経験になったみたいだな。
「玄野たちも悪かったな。長い時間付き合わせて」
「別にいいさ。じゃあこれからどうす・・・って」
皆に次の予定を相談しようとしたら、誰かの肩にぶつかった。
なにかこう、デジャヴを感じるような。
「おいっ!ちゃんと前見て歩けよ、新入生!・・・ってお前ら」
はぁ〜。なぜ世界はこんなにも狭いのか。
もう少し広くても良かったんじゃないのかなぁ。
「こんにちは、先輩」
「てめーは朝の!」
それはこっちのセリフだよ。
「アレ、知り合いっすか?先輩」
「あー、まあな。朝ちょっとちょっかい出されてな」
連れ立って歩いてる後輩と思われる生徒たちの中の1人が質問していた。
そう。今肩がぶつかったこいつは、朝に『俺らが」ちょっかいを出された奴のうちの一人だ。今は後ろにぞろぞろと数人の生徒を従えている。
「悪いが今お前らに用はない」
しかし、朝のようには突っかかってこなかった。
しかもどうやらFPS部βチームに用があるようだった。
「おいっ!三景はいるのか!」
「な、何よ・・・」
さっきまでと口調がまるで違うことに違和感を感じ、南城先輩を探すと副部長の背中に隠れて半分だけ顔を出していた。
怯えているのか?
「何隠れてんだ!出てこい!」
「何するのよ・・・」
そう聞かれるとニヤリと笑って例の先輩が言った。
「対決に決まってんだろ?ヘッドホン、返して欲しくないのか?」
対決?ヘッドホン?
「うぅ・・・。やるわよ」
「じゃあさっさとこっちに来い。ゲームは俺が指定させてもらうからな。といっても、お前の得意なゲームだろうがな」
そう言って少し離れた空いているパソコンへと向かっていった。それに続き南城先輩と、心配なんだろう、副部長もついていった。
「部長、アレって」
「僕たちβチームも1度だけ大会に出たことがあるんです」
俺の質問に部長は静かに語り始めた。
「もちろん結果は散々なものでしたが、参加賞としてゲーム用のヘッドホンをもらいました。もちろん南城さんももらいました。大会の結果には悔しがっていましたが、ヘッドホンはたいそう喜んでいました。しかし、ある日あの男が現れて南城さんに対決を申し込みました」
「まさか、ヘッドホンを賭けたんですか?」
そう聞くと、部長は静かに頷いた。
「対戦結果はお分かりの通り敗北。ヘッドホンは取られてしまいました。その後もことあるごとにあの男が現れては、南城さんと対決をして勝ち続けていました」
「あの先輩が負けるなんて」
井口の呟きももっともだ。あんな頭の悪そうな先輩が南城先輩に負けるなんて、あまり考えられない。
「本来なら勝てる相手なんでしょうけど、最初の敗北のトラウマのせいかもしれませんね。彼女の力になれないのが1番残念ですが」
「そうだったんですか」
南城先輩もトラウマが・・・
「でも今日は分かりません。勝つことを信じて応援しましょう。良ければついて頂けませんか?」
部長の誘いに全員が深く頷いた。
その様子ににっこりと笑うと部長は離れたパソコンの方へと向かい、俺らもそれに続いた。
ーーー誰にもトラウマの一つくらいあることにほんの少しの安心が生まれ、先ほどのフラッシュバックはもう記憶から消えていた。