同盟と謝罪
「お兄ちゃんどうしたの?ずいぶん機嫌いいみたいだけど」
「ん?別になんもないけど?」
「そう?今日はいつもより表情が柔らかいよ」
いつも俺はどんな顔してるんだ、妹よ。
夕食の準備をしていると、部屋から妹が降りて来た。
「そういうお前はいつも元気だよな。うらやましいよ」
「へへーん。毎日元気に過ごさないともったいないもん。お兄ちゃんも後悔しないように毎日過ごさないと」
ニコニコとした表情で答えた。
とても中学生とは思えない大人な言葉。俺が中二の頃なんてなぁ・・・。黒歴史、、、いや、思い出すのはやめておこう。まぁ誰にでもある『自分は特別だ』と思ってしまうあの病気だ。そんなことはないのに・・・
「はいはい。そういや学校の方はどうなんだ?部活とか行事とか」
なんとなくこれ以上考えると、夜中に反省会でも開きかねないので話題を変えた。
思惑通りに恵美はしばらく口に指を当てて考え込んでいた。
「別に普通かな。なんか最近男子がやたら寄ってくるけど。『今宵、俺とともにこの星の衛星でも眺めてみないか』とか言ってる人もいた・・・って、どうしたの?頭なんて抱えちゃって」
「いや、なんかとてつもなく恥ずかしい気持ちになった」
今宵とか、あえて月って言わないあたりがなんかこう、むずむずする。と同時に自己嫌悪に陥る。
それにしても、妹に言い寄ってくる男がいるのか。中学生もずいぶん進んでるもんだな。
「恵美は誰か好きな人でもいるのか?」
「んー?別に、学校にはいないよ?」
「その言い方だと学校以外にいることになるが」
「えへ、私はお兄ちゃんが好きだもんね」
「はいはい、言ってろ」
「あー、またそうやって」
頬を膨らませる恵美。この言葉を真に受けたことは今まで一回もないが、外で誰かに言っていないか心配になる。
納得がいかない様子の妹がキッチンを覗く。
「あれ?まだ紗羅さん調子悪いの?」
「いや、もう明日には学校行けるらしいよ。ただ念には念をね」
我が家では誰かが風邪をひくと、いつもにも増して野菜が多めのメニューを入れることになっている。別にルールがあるわけではないけど、その方が体に良さそうだからな。ちなみに今日のメインは白菜、大根、人参がたっぷり入った中華風スープ餃子だ。具を食べ終わった後にご飯を入れておじやにすれば、食欲がない病人も食べやすくなるという一石二鳥な食べ物。
「先に食べといていいぞ」
「え?お兄ちゃんは食べないの?」
「紗羅に部屋まで持ってこいって頼まれたんだよ」
「そっか。じゃあご飯ついどくね」
俺は紗羅の分のスープ餃子を水筒に、サラダとご飯をタッパーに入れた。
「じゃあ行ってくるよ」
「ひってらっひゃい」
すでに恵美は口の中にご飯を詰め込んでいた。どれだけお腹空いてたんだよ。
俺は裏の勝手口から外に出て、同じく隣の家の勝手口から紗羅の家に入った。
「紗羅ー!家入ったぞ!」
「、、ぁ、、、ぃ」
多分二階の自分の部屋から声を上げているんだろうが、小さすぎてよく聞こえない。まぁたぶん『はぁーい、分かってるよ』とか言ってるに違いない。そのあと持ってきたご飯をキッチンにある食器に移した。紗羅が使う食器はあの少し乱暴な性格とは違って、可愛いキャラクターが描いてあったり、ピンク色で彩られていたりとかなり女の子らしいものばかりだ。
「とてもあいつのものとは思えないな」
俺はそれらの可愛らしい食器に持ってきた料理を移して、お盆に乗せて二階へと登った。階段を登ってすぐ右手に見える部屋に『紗羅の部屋』とプレートがかけられている。
コンコン!
「入るぞ、紗羅」
「うん」
中に入ると女子の部屋特有の甘い香りが鼻を通った。
紗羅は机の上で何かを読んでいるようだった。俺が部屋に入ったらすぐにそれを机の引き出しにしまった。
「もう風邪は大丈夫か?」
「え、あ、、、うん。もうだいぶ気分良くなってるよ」
いつもの攻撃的な態度とは違い、笑顔で俺に答えた。
風邪でいつもの調子でも出ないんだろうか。でも風邪治ってるって言ってるしな・・・
「ほらよ。野菜スープな。食べ終わったら俺に連絡くれよ。片付けにくるから」
「もう、流石にもう大丈夫だから。あんまり子供扱いしないでくれる?」
少し頬を膨らませた紗羅に睨まれた。
「別に子供扱いしてるわけじゃ」
心配してるだけじゃないか。まぁ言わないでおくけど。
「じゃあ俺はそろそろ戻るよ」
器を全てテーブルの上に置いて俺は部屋を後にしようとした。
「熱いうちに食っとけよ」
「あ、あのね、周!」
立ち上がろうとしたらなぜか紗羅に止められた。
「ん?どうした?」
「あ、いや・・・えと」
またいつもの紗羅とは違う反応であたふたしている。
言いたいことがあるなら問答無用で言ってきただろ。
「あの・・・聞きたいことがあるんだけど」
「なんのこと?勉強か?」
「ううん、そうじゃないんだけど・・・」
しばらく紗羅は黙って考え込んでいたが、俺の目をまっすぐ見て聞いた。
「お、男の子ってどんな女の子が好きになるかな」
・・・は?
意味がわからなかった。聞き間違いかもしれない。
「いや、うん。何があったかまず聞いていいか?なんでお前が恋愛について聞いてくるんだよ」
「な、なによ!別にそのくらい気になってもいいじゃない!」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
それにしてもあの紗羅がねぇ・・・。ん?でも宿泊研修の時に好きな人がいるとか言ってたから、そいつか?
そう考えると急に出て来た話題ってことではないらしい。
「で!どんな女の子が好きなの?」
「なんで俺の好みの話になってんだよ」
「なっ・・・。誰があんたなんかの好みなんかを聞くと思ってんのよ!自惚れてんじゃないわよ!」
文脈から読み取ったらそうなるだろ。はぁ〜。まぁいいや。ここは適当に流しておこう。
にしても、一般的な男子が好きな女子なんてな。
「優しくて女の子らしい人がいいんじゃないの?」
よくわからないけど。
霧島は女の子らしい奴の方が好み、とは言ってたし。
「まぁ、少なくともお前みたいな暴力的な奴じゃないことは確かだな」
ここでいつもなら紗羅の反撃が返ってくるところだった。普段ならそうだった。
「そっか・・・そうだよね」
ふと紗羅の方を見ると、諦めたように儚げに小さく笑っていた。いつもの怒声をあげる表情とは対照的だった。さっきまでの威勢も全くなかった。
「な、なんだよ。言い返さないのかよ。らしくない」
「・・・」
はぁ〜。調子狂うな。ここまで変わられると。
これは茶化したことを謝るべきなんだろうか。紗羅は真面目に聞いて来たのに、適当に流した俺の責任なんだろうか。それとも・・・
「ありがとね、周。参考になったよ」
謝ろうと、そう思った時に紗羅に先手を打たれてしまった。
「い、いや。参考になったんならまぁ」
そうじゃない!今謝らないと。
「女の子らしくないと男の子も嫌だよね」
「・・・んー、まぁ。そうかもな」
違う、そうじゃない!そうじゃないんだよ!俺が言いたいのはそんな言葉じゃなくて。
しかし、俺はどうしてか謝罪の言葉を口にできなかった。
「ご飯ありがとう。後片付けも私がやっとくから、周は帰っていいよ」
「あ、、あぁ」
俺の心とは裏腹に物事は真逆に進み、俺が紗羅に謝るはずが、より悪い方向へと事態は向かっていた。
紗羅を落ち込ませてしまった。その事実を背負って俺は自分の家へと帰った。
その時はまだ明日があると思った。明日謝れば。明日励ませば。明日普通に接すれば。
だがそんな考えが甘いことを俺は思い知ることになる。
ーーー次の日から紗羅は俺を明らかに避けるようになっていた。




