同盟とあーん
宿泊研修が終わったのもつかの間、星乃ヶ丘高校は次のイベント『学校祭』の準備に取り掛かる・・・前に
「じゃあテスト範囲はここまでだからな〜。しっかり勉強するんだぞ」
そう言って、生物を担当している男性教師が教室を後にした。
それを皮切りにクラスメイトがあちこちでため息を吐いていた。
「テスト範囲おかしくない?周」
「いや、最初だから内容薄いし、こんだけ量あるのも仕方ないだろ」
そう。学校祭の前にまず『テスト』という大イベントが控えていた。
学生にとって最も重要なイベントにして、最も嫌われているイベント。
まぁ気持ちはわかるけど、やるしかないんだからな。
「腹くくってなんとかしろ」
「そうなんだけどな」
こんなことを言ってる柳だが、こいつの成績は割といい方なのだ。実は中学の教師からは進学クラスの方に挑戦しないか、と誘われてたほど頭が良かったりする。
こんななのに。
「それどういう意味?」
「女の尻しか追っかけてないってことだよ」
「失敬な!それは違うぞ」
「なにが違うんだよ」
「俺はお尻に興味があるんじゃない。女の子に興味があるんだ!」
いや、うん、、、
大声で俺に向かって胸張って言わないでくれるかな。クラスの女子の目線が痛いんだけど。
今日も今日とてこの女好きのバカの相手をしている俺なのだった。
「巫山戯た話をしている中、すまんがの」
「お!エレンちゃん。制服姿も可愛いね」
「そのセリフをもっと別のものにかけてやれぬのかの、こやつは」
「え?どの女の子も制服姿は可愛いけど」
「そういうことじゃない・・・もうよいわい。そもそもわらわは玄野に用があったんじゃ」
御田は最初こそ箱入り娘的な態度を取っていたが、よく知り合ってみると聡明で頭の切れるやつだということが分かった。
多分西空が柳のことを好きでいるのに、それに気づかないことに苛立っているんだろう。
分かるぞ、その気持ち!
「で、用って何?」
「おぉ、そうじゃった。これじゃ」
そう言って御田が取り出したのは何かが入ったタッパーだった。
見たところチョコみたいに見えるけど。
「これなに?」
「ブラウニーじゃ。作りすぎてしまっての」
ブラウニー。目の詰まったチョコレートケーキという感じだろうか。とても濃厚なチョコの味を楽しめるお菓子である。実は作り方は様々で、ナッツを入れるものもあれば砂糖がけをするものもあるとか。
俺はなにも入ってないものが一番好きだ。
「玄野に分けようと思っての」
「あー、そうなんだ。そりゃどうも」
それにしても美味そうなブラウニーだな。
タッパーから一つ手で取ろうとすると御田に叩かれてしまった。
「これ!素手で食うものがおるか」
「え、すまん」
「フォークも用意しておるから」
なんだ。準備がいいな。
確かに手も洗わずに素手で取るのは衛生的にもマナー的にもまずかったか。
「ほれ、あーんじゃ」
「あーん・・・いやいやいや。普通に食わせてくれよ」
「なんじゃ、照れるでない。ほれ」
多分こいつに悪意はないはず。
なんだが、
「「「「じーーーー・・・」」」」
クラスの男子からの目線がとても痛い。
あと何となくクラスの女子も、俺らの様子を気にしている奴がいるみたいだった。
「玄野!はよう食べい」
パクっ
「んー、おいひい」
「あっ!灰山、何をしておる。これは玄野の」
「ん?・・・作りすぎたから分けるんじゃなかったの?」
なぜか横から灰山が御田のあーんを受け取った。
「それとも周くんのために作ってきたとか?」
「ふん。そなたにそんなこと教えるものか。攻めることすらできぬものに」
「なっ、なんですって。聞き捨てなりませんよ、エレンさん」
「なんじゃ、間違っておったかの?」
「いや、2人とも落ち着い・・・」
「周くんは黙ってて!」「玄野は黙っておけ!」
「あ、はい」
待て待て待て。なんでこうなった。
というか、なんでこの2人少し仲が悪いんだ?
クラスの中も2人の声に驚きながらも、その様子を観察しているようだったり
「お、おい。柳」
「なんだよ」
とりあえず女子の事情に精通してるこいつに助けを求めた。
「なんで2人怒ってんだよ」
「えぇ!お前分かんないの?」
「分かんないからお前に聞いてんだよ」
「はぁ〜。ならなおさらお前には言えないよ。少しは考えろ」
考えろって言われてもなぁ。
この前の宿泊研修の時とか、仲よさそうに話してるのを遠目だけど見たのは覚えている。なのに今日のこれだ。
灰山と御田の喧騒をBGMに少し考えてみたが、それらしい回答が出てくるわけもなく。
「なぁ」
「なに!」「なんじゃ!」
これはもう本人たちに聞くしかなかった。
かなり怖いけど。
「いや、なんで2人とも喧嘩してんの?」
「そ、それは」
「・・・」
なぜか2人ともゴニョゴニョと口を濁すばかりだった。
「いや、俺がなんか悪いことしたかなって」
「そんなことじゃ!」「そうではなくての!」
2人とも同時にそう答えた。
これは俺のせいなのかな。特に理由も思いつかないけど。
こんだけ怒ってるってことは嫌な気持ちにはなったんだろうな。
「なにが理由かイマイチ分かんないんだけど、2人とも仲良くな。頼むよ」
「玄野がそういうんじゃったら」
「周くんがそういうなら」
2人はそう呟いた。
「じ、じゃあわたしお弁当買ってくるから」
灰山は俺に向かってそう言い、御田にはなにも言わず教室を後にした。
「さっきはからかってすまんかったの。食べてくれると嬉しい」
「あ、あぁ」
御田もどこか落ち着かない様子でブラウニーの入ったタッパーを俺に渡して、自分の席へと戻った。
俺には結局2人がなんで喧嘩していたのかが分からなかった。こんな時、紗羅がいればすぐにでも仲裁に入ったんだろうけど。
そう思って隣の席を見たけど、そこにいるはずの幼馴染は、今家で熱にうなされながら寝ていることだろう。
■ ■ ■
コンコン!
「紗羅〜。部屋入るぞ」
部屋をノックして呼びかけると中から「・・・うん」と小さい声が聞こえてきた。
「調子どうだ?」
「うん、、、まだ熱あって辛い」
「そうか。珍しく長引いてるな」
いつもの紗羅なら2日くらいでけろっと治ったりするんだが、既に3日経っている。
一応昨日病院に行かせて薬をもらってきた。
「まぁインフルエンザじゃないから、すぐ治るよ」
「・・・ん」
「じゃあとりあえずお前おかゆ好きじゃないから、雑炊作ってきた。好きな時に食べろよ」
「ありがと、、、」
熱で弱っているからか、いつもとは違って素直な返事が返ってきた。
「あとスポドリも買ってきたから冷蔵庫入れとくぞ」
「ごめんね」
「はいはい。いいからさっさと風邪治せ」
白川家にはキッチンに冷蔵庫があるが、親はいつも病院に泊まってる上に、飯は俺の家で作るから既に電源から抜かれて使われていない。
その代わりに紗羅の部屋には小さな冷蔵庫があって、そこに飲み物なんかを冷やしている。
スポーツドリンクを冷蔵庫に入れ、空いたペットボトルを回収し俺は立ち上がった。
「んじゃ、なんかあったら連絡しろ」
「分かった」
「余裕あったらでいいからこのノートの線引いたところだけでも読んどけ。もうすぐテストだぞ」
「・・・熱上がった」
「はいはい」
そう言って毛布をかぶる紗羅に苦笑いを浮かべながら、俺は紗羅の部屋をあとにした。
あ、そういや灰山と御田のこと聞くの忘れてたな。
「・・・」
明日でいいか。
別に今日聞く必要はないもんな。




