秘密と2年後
ピピピピッ!ピピピピッ!
スマホのアラームがなり、朝が来たことを知らせていた。
「うーん・・・」
いつもならこの後すぐ二度寝に入るんだが、流石に宿泊研修でそれをやらかすのはまずい。
仕方なく分厚い掛け布団から抜け出し、スマホのアラームを切った。
時刻は6時前。
朝食が7時からだから準備の時間なんかを逆算して、昨日の夜この時間に起きることを決めていた。
「柳、起きろ」
まだ寝ぼけた頭を無理やり起こし、ついでに横のベッドで寝ていた柳を起こした。
「んー・・・」
はぁ〜。これはもう少し寝かせておくか。まだ朝食には間に合うし。
それにしても、昨日はなかなか眠れなかった。あれだけ疲労の溜まることがあったというのに。
バスの中で眠っていたからとも考えられるが、多分原因は紗羅の事だろうな、、、
「今何時・・・」
柳が目をつぶり寝ぼけながらも時間を聞いてきた。
「6時前だよ。半にもっかい起こすか?」
「よろし・・・」
最後まで言う前に柳は布団をかぶり、眠りについてしまった。
とりあえず俺はカーテンを少し開け朝日を浴び、洗面台の方に向かって軽く歯を磨いた。
その間も思いつくことといえば紗羅のこと。
俺にしては珍しく幼馴染みのことをえらく悩んでいた。
ーーーなにに悩んでいるのかすらわからないのに。
「別に嫌いになったとかでもないのに、なんでこんなに胸が騒がしいのか」
よく分からない。
分からないが、なぜか紗羅としばらく話がしたいこの感覚。昨日のあのことが引っかかっているんだろうか。
『紗羅には好きな人がいる』
本当はもっと相談とか乗ってやったほうがいいんだろうけど、なんでか今回は乗り気にならない。
あいつのことは好きだけど、それは人として、幼馴染みとしてだし・・・
「はぁ〜」
今考えても答えは出そうにないな。
この宿泊研修は俺と幼馴染みの関係を見直すものになったか、、、
■ ■ ■
「それではみなさんには今から未来の自分に手紙を書いてもらいます」
「「「えぇーー」」」
「まぁまぁ、そんなに嫌がらないで。きっと将来見たときにいいことがあるから」
落ち着いた声をした学年主任の男性教師がマイクで喋っている。
朝食を食べ終えた俺たちは、またホールに集められイベントが始まろうとしていた。
「約2年後。君たちが卒業するときにその手紙を君たち自身にお返しします。それまで学校の防火金庫の中でしっかりと保存されるので、学校が火事になっても無くなりません」
「ちっ、燃やせないのか」
「聞こえてるぞー、君」
誰かが言った冗談にホールが笑いに包まれた。
俺も少し笑った。ちょうどその時、右前の方に座る紗羅の顔が見えた。紗羅も今の冗談に笑っていた。
俺には滅多に見せない笑顔。
少しはその笑顔を幼馴染みに向けてくれっての。
ーーーあ、そうか。あいつ好きなやついるのか。
好きなやつにはあんな顔を見せるんだろうか・・・
「周くん?」
隣にいた灰山がすっ、と俺の手の上に自分の手を重ねた。
「なっ!いきなり何すんだよ」
「うふふ。周くんったらウブだね」
「うるせ」
急いで手を引いたが、灰山には小馬鹿にされてしまった。
いったいぜんたいどういう風の吹き回しだよ。
灰山は普段真面目に授業を受けていたり、クラスメイトの話をちゃんと聞いていたりとしっかりしたやつだと思ってるんだが。どうもたまにイタズラする癖がある。
特に俺と紗羅に対して。
そういや、灰山が他の男子と話すときはかしこまった感じなのに、俺と紗羅には親しい感じで話しかけてくるよな。
紗羅はともかく、なんで俺もなんだ?
「なんでこんなことしたんだよ」
「うーん、なんとなくかな」
「なんとなくで男の手の上に手を重ねるなよ。勘違いするだろうが」
「えー、周くんはどんな勘違いをしてくれるの?」
うっ・・・。
灰山は少しは潤んだ目をこちらに向けた。
そ、それは反則だろ!
仮にもクラスで、いや学年でも美人だって有名な女子にこんなこと言われたら。
「ぷふっ・・・」
焦ってしどろもどろになっていたら灰山は吹き出した。
「もう、冗談だって。そんなに顔真っ赤にされたらこっちまで照れるじゃない」
「お、驚かせるなよ」
「はいはい、ごめんね。それよりあんまり女の子のことじっと見てると噂されちゃうよ?」
ギクッ!
なんで俺が紗羅を見てたって分かるんだよ。
「いいから、お前はさっさと手紙かけよ」
「そういう周くんだったまだ何も書いてないじゃない」
「いや、、、これは、書くことが思いつかないだけで」
「ふーん」
というか、未来の自分なんて想像もつかない。
どうせ今みたいに人から見たらどうでもいいこと悩んで、1人で苦しんでるだろうよ。
俺は昔から『未来』なんて信じてないし、実際に生活している『今』しか興味はなかった。
「もう、夢のないこというのね」
「夢なんて昔からねぇよ」
「じゃあなんで勉強を真面目にやってるの?」
「なんでって」
先人がそう言っているから。
失敗を繰り返して、後悔を生んできた先人の知恵だから。
自分の人生はやり直せないから、せめて後を継ぐものへ、という強い意志を感じるから。
カッコつけて言えばそういうことだ。
勉強なんてクソくらえと常日頃心の中では思っているが、つまるところ、これを勉強しなければ教養が身につかず、社会で非常識な奴だとレッテルを貼られてしまう。それを避けるために勉強をする。
少なくとも俺はそういう認識でやりたくもない勉強をしている。
もちろん、興味のあることも中にはある。
ただ、根本的には嫌っている教科も好きな教科も大差ない。
「だから夢なんてもんはねぇよ」
「未来に何も望みはないの?」
「そういう意味じゃないよ。ただ、このまま生活してその時できる1番の判断に任せてるだけだよ」
「ふーん」
いろんな考えがあるものね、とでも言いたげにこちらを興味深そうに眺める灰山。
「でも今すごく悩んでることがある、と」
「なんでそんなこと分かるんだよ」
「だって、周くんホテル着いてからずっとそんな顔してるもん」
どんな顔だよ。
よく死んだ魚の眼をしてる、とは言われるけど、それとはまた違うんだろうか。
だが、灰山が言っていることは合っている。
事実、俺は紗羅のことで今かなり悩んでいるからだ。
「まぁ、あながち間違ってはないかな」
「じゃあその悩みとかを書いてみたら?将来見たときに、何か今とは違う考え方で解決できるかもしれないよ?」
今とは違う考え方、ね。
果たしてニ年余りで人は変われるもんだろうか。俺はそうとは思わないけど、まぁ他に書くことがないしそれでもいいか。
俺は再び便箋に体を向け、ペンで未来の自分へと手紙を書いた。
ーーー願わくば今の悩みが1つでも減っていることを願って




