秘密と依存
「それにしても大丈夫だった?麗奈」
進学クラスの先輩とのいざこざも解決し、ようやく校門を抜けて、学校の敷地内へと入ることのできた俺らは、玄関へと入っていた。
「ありがとう、白河さん。でも大丈夫よ」
「でも、あんなに怯えてたじゃない」
さっきから、髪を鷲掴みにされてた西空を紗羅は心配していた。
しかしーーー
「あー。あれはそうしておけば、蓮が駆けつけてくれるからですよ」
西空はそんな心配をものともしていなかった。
というか、今ものすごく怖いことを聞いたような気がする・・・
「なぁ、周・・・」
未だに蓮さんへの恐怖で体がわずかに震えている柳が、小声で呼んできた。
「なんだ・・・?」
「女って怖ぇな・・・」
その一言に、俺はなにも言わずに頷いた。
玄関を抜けると生徒用の靴箱が広がり、その奥には4階まで開けた吹き抜けがあった。さすが最近建て替えただけあって、内装もとても綺麗だった。また、あちこちに入学式特有の紅白の幕や、先輩方のメッセージなどが飾られている。そんななか、学校の職員が慌ただしく教室の案内や、校内での注意事項などを説明していた。
「あそこでクラス聞けばいいのかな?」
と、紗羅が指さしたのは吹き抜けのスペースに設けられた長机だった。どうやら受付らしい。
学校からの資料によれば、今日入学者にそれぞれのクラスの発表をすると書かれていたので、多分そうなんだろう。
「んじゃ、それぞれクラス聞いてくるか」
「そうですね」
そう言うと各々、受付の職員に自分の名前を告げ、クラスを聞きに行った。
よし、俺も行くか。出来れば知り合いの1人でもいると助かるんだけどな・・・
ーーーーー
結果は、
「まさか、白河さんと一緒になれるなんて!私、知ってる人がいなかったらどうしようって心配してたんです」
「わたしもっ!よかった〜、麗奈がいてくれて」
同じクラスでとても喜んでいる紗羅と西空。
そして、
「いやぁ、まさかまた同じクラスになるとはな。な?周」
「あーそうだな。またお前と同じクラスになるとはな。このクラスに選んだ担当者を1発殴りたいくらいだよ」
「・・・ねぇ。周、それどういう意味?」
俺の言葉に不安を覚える柳とたいそう嫌そうな俺。
これで柳とは10回も同じクラスになったことになる。腐れ縁も大概にして欲しいものだったが、またも神様は俺の願いを聞き入れてくれなかったらしい。
「でもよかったですね。皆さん同じクラスだなんて」
「そうよ、周。これで少しは楽になるでしょ?文句ばっかり言わないの」
そう。結局この4人は同じ1年C組に所属することになったのだ。
まぁ確かに変化嫌いの俺からすれば、この上ない幸せなことではある。
「よしっ、周も納得したことだし、教室に行こっか」
そうして俺らは柳を先頭に、通常クラスの教室がある右側へと歩を進めて行った。
ーーーしかし、俺にはやらなければならないことがもう1つある。やらなければいけないといえば語弊があるが、やれるのが俺しかいないからやらざるをえないだけで、やりたいわけではないというやるせない仕事だ。
「・・・ねぇ、周」
「ん?どうした?紗羅」
「さっきから何してるのよ」
「なにって、見れば分かるだろ。通りすがりの教室の中を確認してるんだよ」
「だ、か、ら!なんでそんなことしてるのか聞いてるのよ」
あー、なんだそういうことか。
紗羅の大きな声に、前を歩いていた柳と西空が振り返った。
「どうしたの、紗羅さん」
「周が教室覗いて変なことしてる・・・」
紗羅がなぜか不機嫌そうにそういうと、すかさず柳が反応してーー
「なんだいなんだい、周。早速めぼしい女の子でも探してるのか・・・」
ガツン!
「痛って〜」
「そんな馬鹿なこと考えてんのはお前だけだよ」
ーー俺に脳天を殴られていた。
「だからって殴ることはないだろ〜」
頭を手で押さえて、涙ながらに柳が言った。
全く・・・。どうしようもないほど女好きだな、こいつ。
「では、何をなさっていたのですか?」
さりげなく柳を支えている西空が聞いてきた。
さすが西空。こういうところでポイント稼ぎたいんだな。女好きは良いから、柳はさっさと気づけ!
まぁ、それは良いんだが・・・
「いや、お前ら忘れてるのかよ」
「「「忘れてる?」」」
はぁ〜。どうやらこのことを考えていたのは俺だけだったようだ。
・・・良かった、考えといて
「周、なんのことだよ」
「ん?・・・まぁそろそろわかるんじゃないのかな」
「そろそろ?」
女好きの柳なら考えてると思ってたんだが、ダメか。
そんな会話をしていると、俺らの教室である1年C組の教室に辿り着いた・・・と同時に、なぜか教室から女の子の泣き声が聞こえてきた。
ーーーそしてそれは俺ら4人に馴染みのある声でもあった。
「「「・・・」」」
ようやく3人とも理解したようだった。
理解したのは良いが、3人とも何かしようと動きはしない。
予想はしていたが
「お前ら手伝う気ないな?」
「「「・・・」」」
「はぁ〜・・・」
まぁ、予想はしてたから良いけど、少しは手伝うそぶりくらい見せてもらいたいもんだよ。
仕方ない・・・突入しますか。
ガラガラっ!
勢い良く教室のドアを開けると、こちらもあらかた予想通りの光景が広がっていた。
教室の席は、窓側が男子で廊下側が女子と2つに分かれていた。
そしてその女子側の席のど真ん中でーーー
「う″ぇーーーーん。まーくんがいなあ″ーーい」
ーーー大号泣している月岡 絢音がいた。
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜」
今日一番のため息が出た。
月岡の周りの女子も、入学式早々まだ名前も知らない同級生の号泣に、対応できていないようだ。というか、友人の柳たちでさえ匙を投げることが対応出来るはずもない。
仕方ない・・・。なんとかするか。
「ほら絢音」
そう言って月岡の頭を撫でた。その瞬間、後ろから誰かに睨まれた気がするが、気のせいか?
突っ伏して泣いていた月岡は、その言葉に反応してこちらを向いた。その目からは大粒の涙が絶えず流れていた。
「ま、、、、まーくん?」
「はぁ、俺だ。玄野だよ、月岡」
「え・・・玄野くん?」
「そうだよ」
「・・・・・・」
あ、まずいかも。少し落ち着いていた肩の揺れがまた大きくなり始めて、
「まーくんじゃない″ーーーー!!」
また泣き出してしまった。
・・・まーくん早く来てーー。
月岡絢音。セミショートの地毛の茶髪に、少し童顔な顔つきで、身長は紗羅より少し高く西空より少し低い。
中学の頃に俺らと同じ学校に転校してきた女子。ただこいつの説明をするにはまず月岡の彼氏であり、月岡のことを唯一なだめてやれる「まーくん」を説明しなければいけない。
「呼びましたか?」
そう、こいつ。名前は・・・
「って、護っ!いるなら言えよ」
「すみません。今来たところですので」
「まーくんだぁーーーー!!」
たった今来たところの日山 護に、つい先ほどまで大号泣していた月岡が、輝かしい笑顔で抱きついてきた。
まったく、相変わらずだな。見せつけやがって
日山護。メガネをかけた長身の秀才。クールな顔立ちで女子からの人気はあるが、本人は月岡にしか興味がないようだ。噂では入学試験は主席だったらしい。何て恐ろしいやつだ。
月岡とまったく同じタイミングで転校してきて、これまた2人はまったく同じタイミングでお互い一目惚れしたらしい。そして中学の頃から2人は付き合っている。
それは良いんだが、問題はそこじゃない。
「ねぇ、なんでまーくんはこのクラスじゃないのぉ?」
「絢音。わがまま言ってはいけませんよ?」
「やだやだやだ。まーくんが近くにいないとやだ」
ーーー問題は月岡が護にベッタリということだ。
それはもう、周りが呆れ、生活に支障が出るほどまでに。普段どうやって生きているんだよ、月岡は。まさか一緒に暮らしてるとかないよな?
そもそも護が同じクラスになることは絶対にない。
「言いましたよね?僕は進学クラスなんですよ、絢音」
つまりはそういうことだ。護はあの進学クラスに入学したのだ。物好きだな、とは思ったが本人が良いのなら、俺が何かを言う権利はないだろう。
「お家には一緒に帰れますから、我慢できますね?」
「う、うん。分かった。我慢する」
さすが、護。さっきまであれだけわがままを言っていた月岡が、護の一言で落ち着いたのだ。それだけ月岡が護のことを信頼しているとも言えるか。
何はともあれ、これで解決だな。全く、手のかかるやつらだな。
「玄野」
「ん?どうした、護」
内心ため息まじりに考えていたら、急にこちらに向かって護が話しかけてきた。
「絢音のこと心配してくれたみたいですね」
なんだ、そんなことか。
「別に良いさ。それに、俺は何もできてないし」
確かになんとかしようとは思っていたし、月岡が大変な状況になるであろうことは事前に分かっていたことだ。だから、昨日の夜に護に泣き止ませる方法とか聞いて、「下の名前で呼んであげる」とか「頭を撫でてやる」とかアドバイスは受けて実践はしたものの、やはり効果はなかった。俺もメガネをかけて、護ともそこそこ容姿が似てるのでいけるかとも思ってたが、現実はそこまで甘くない。
ん?そういえば
「なぁ、護」
「どうしましたか?」
「いや、月岡の頭撫でた時にはもうここにいたのか?」
「いえ。僕は絢音が玄野くんを見て僕じゃないと泣いた気づいた時くらいですけど・・・それがどうかしましたか?」
「あ、いや。それなら良いんだけどさ」
・・・じゃあ、月岡の頭を撫でた時のあの刺すような視線は誰だったんだ?
「それはそうと。そろそろ僕は教室に戻らないといけません」
「えぇー、もう少しダメ?」
「ごめんなさいね、絢音。僕はこれから代表の挨拶のために、先に体育館に行かないといけないんですよ」
その言葉に教室がざわめいた。それもそのはず。代表の挨拶はたいてい入学試験の主席が務めるものだからだ。しかも、通常クラスよりレベルの高い進学クラスでのこと。
そんな化け物がこんな可愛い彼女を持ってるとなると・・・、などとクラスの男子は考えているだろう。もちろん、俺もその1人である。
というか、あの噂は本当だったのか・・・。
「というわけで、そろそろ行きますね」
そう言って、護は月岡の顔に近づいてーーー
チュッ、、、
ーーー唇にキスをした。
はぁ〜。本当に・・・相変わらずだな。
友人の俺ら4人にはすでに見慣れた光景だった。今考えれば見慣れてる方がおかしいんだが、2人の別れのたびにこの光景を目の当たりにすれば嫌でも慣れてしまう。
しかし、まだ高校生になりたてのクラスメート達は、目が点になっていたり、顔を真っ赤にしていたり様々だ。
「それでは失礼しますね」
「うん、行ってらっしゃい。まーくん」
ようやくこの件もひと段落したな。
あぁー、疲れ、、、
「寂しくなったら玄野にかまっていいですからね。絢音」
ん?
「うん、そうするっ!」
いや、待て待て待て。
「おいっ!護!話が違うぞ!」
まぁ話なんてしてないけどさ。
そう言いながら、俺は護の肩を掴んだ。
さすがにこんなに注目された状態で人の彼女の相手をするなんて、これからのクラスメートとの関係が怪しくなるんだが。とにかく、
「俺にこいつを扱うのは無理だ!」
そう懇願したのに、護はこちらを振り向いて、俺の肩に両手をポン、と添えた。
「例のことを暴露してもよろしいんですか?」
「うっ・・・」
それだけ言って護はどこかへと消えていった。
護め。友人を脅してまで月岡を守りたいんだな。まったく・・・
まぁ仕方ない。他ならぬ護の頼みだ。ある程度は、、、
「あ、忘れてた。ねぇ、玄野くん。まーくんの代わりに抱きしめても、、、」
「断るっ!」
ある程度は断っておこう。うん、そうしよう。
あれ?知り合いがいた方が面倒になってないか、これ。はぁ〜。苦労はこれからか・・・
ーーーこれがもはや新婚の夫婦同然なまでにラブラブな護と月岡の秘密。