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ランチボックス同盟  作者: ORCAT
第2章 信頼
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信頼と蝦夷富士

「はーい、じゃあこれからしばらくバスに乗ってニセコの方に行きたいと思いまーす」


 スピーカー越しに七瀬先生の元気な声が聞こえてきた。

 灰山に頼まれた名簿チェックも特に問題なく終わらせ、バスに乗った俺たちは宿泊研修の目的地であるニセコへと向かっていた。

 だいたい2、3時間のバス移動になる。バスの中では移動はできないので、クラスメートは各々隣や前後の席の友人たちと楽しくおしゃべりをしていた。


「ねぇ、周」


 すると、隣に座っている紗羅が俺の制服の袖を引っ張っていた。


「どうした?」


「澪と何話したのよ」


 しかし、なぜか内容は楽しさとは程遠いものだった。


「何の話だよ」


「さっき一緒に作業してたじゃん!」


 なんだ、名簿チェックのことか。

 何か話したかと聞かれても、特に思い浮かばない。事務連絡と終わった後に礼を言われたくらいか。


「別に、特段話すものは」


「だって、手とか繋いでたじゃん!」


「いや、あれは灰山が無理やり」


「振り解けたでしょ!」


「いや、嫌がったら灰山に悪いだろ」


 そう言ったのに、紗羅は未だに俺のことを疑惑の目で見ている。

 そもそも何を疑ってるのかがわからない。

 あの時、灰山に手を引かれたのは俺も驚いた。灰山はそこまで男子にスキンシップをするような人ではない、と思っていたから。


「何が気に入らないんだよ、紗羅」


「・・・別に」


 口を尖らせながらも、ようやく俺から目を離した。

 そんな紗羅の様子を見て俺はふと違和感を感じた。いつもならこの程度の会話なんて、記憶にすら残らない他愛のないもの。


 ただ、この時のこの会話がなぜか気になっていた。

 例えて言うならば、喉に刺さった魚の小骨程度。そこまで気にする必要もないのに、何でか少し不愉快だった。

 俺は小さく頭を振って窓の外を見た。

 窓からはうっすらと白みを帯びた山が見え始めた。




  ■ ■ ■




「おい!周!」


 柳の声が耳元で聞こえた。

 うっすらと目を開けると、俺の顔を覗き込む柳の姿が見えた。

 紗羅との会話の後、眠ってしまったらしい。

 隣を見ても紗羅の姿はない。それどころかバスの中から人気が感じられない。


「あれ?みんなは?」


「もうホテル着いたぞ」


「あー、なんだ」


 そういうことか。

 どうやら寝ている俺は置いてけぼりにされたみたいだ。もう少し優しくしてくれてもいいのに。

 そんなことを内心毒づきながら、眠気覚ましのために身体を伸ばした。


「それより、紗羅ちゃんに起こしてもらわなかったの?」


 それもそうだ。

 いつもなら少しの暴力とともに、俺のことを起こすはずなのに。

 なんだろう、この感じ。


「お?また夫婦喧嘩か?」


 柳がニヤニヤしながら俺のことを茶化してきた。

 ただ俺はそれにすら反応できないほど考え込んでいた。

 なんか紗羅にしたっけ・・・。さっきは灰山と一緒にいた時のことになぜか興味があったみたいだけど。


「あれ、急に黙ってどうしたの?」


「・・・ん?あー、いや。なんでもないよ」


 首をかしげた柳だが、宿泊研修が楽しみなのか、俺をバスの外へと促した。


「早く行こうぜ」


「お、おう」


 とりあえず、今は紗羅のことについて何も考えないでおこう。

 この嫌な予感だけは当たって欲しくなかった。


 外に出て、運転手から荷物を受け取り、ようやくホテルの様子を見ることができた。

 決して大きくないのに、威厳のある建物に見えた。後ろに見える蝦夷富士のせいかもしれない。


「さすが蝦夷富士。綺麗だな」


「ーーそうだな」


 蝦夷富士。羊蹄山とも呼ぶ北国の山。ほぼ完璧な円錐型をしていて、あの富士山に勝るとも劣らない美しさからそう呼ばれている。

 一度見れば分かるが、本当に息を呑むほど美しい。

 今の時期はまだ山頂が雪化粧をしているため、さらに神々しさが増しているように見える。


「ちょっと周く〜ん!」


 羊蹄山をじっくり観察していたら、突然名前を呼ばれた。周りを見渡すと、ホテルの入り口から灰山が叫んでいた。

 どうやらかなり出遅れていたらしい。

 俺と柳は足早にホテルへと向かった。


「いやぁ、ごめんね。澪ちゃん」


「しっかりしてください、柳くん。それに周くんも。遅いよ」


「ごめんごめん」


「はい、早く入って」


 急いでホテルの入り口に向かった俺たちの背中を、灰山が急かすように押して来た。

 その時ちょうど廊下から走ってくる紗羅が見えた。


「あら?紗羅。先に行ったんじゃないの?」


「なっ!?澪!」


 息を切らしながらやって来た紗羅。俺と違って紗羅は体力がある方なので、かなり急いで走ったことがすぐにわかった。

 ん?でも、先に行ってたのになんでわざわざ戻って来たんだ?


「澪こそ、なんでここに」


「周くんたちが遅いので迎えに来てたの。紗羅は?」


「わ、私は・・・」


 紗羅は口籠ると俺の方をチラッと一瞥し、すぐに踵を返して元来た道を何も言わずに帰って行った。


「なんだよ、あいつ」


 あれ?

 なんで俺こんなにイラついてんだ?

 ふと口にした言葉の棘に自分で気づいてしまった。


 胸の内では黒い塊が膨れている気がした。


「周くん?」


「・・・ん?あー、ごめんごめん。早く行かなきゃな」


 灰山に心配そうな顔で見つめられたが、俺は何もないかのように荷物を持って自分の部屋へと向かった。



 ーーーこの胸の中の黒いものについて考えてはいけない気がした。

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