信頼とフリ
「少しは落ち着いたか?」
「あ、ありがとうなのじゃ。もう、大丈夫じゃ」
温かいほうじ茶を机に持って行きながら、座っている御田の様子を心配した。まぁもう涙は出ていないし、本人の言う通り大丈夫そうだな。
「はいよ、ほうじ茶」
「すまないの」
その口調からは、ほうじ茶を飲む姿はバッチリ合ってるけど、銀髪のゴスロリお嬢様に湯呑みは合わなかったか。
「お前はティーカップで紅茶飲んでる方が似合うな」
「ん?なんのことじゃ?」
急に変な話題に変わって、首を傾げながら俺の目を覗いた。御田の赤い目は涙を流したせいで少し充血していた。
「いや、ごめん。なんでもないよ」
「そうか・・・」
さてと、ここからどうしたもんか。
正直、本人にとっては話したくないことだろうけど、それは同時に誰かに話さなければいけない内容でもあるはずだ。
苦しいことはある程度までなら1人でなんとかなるし、誰でもそうやって1人でどうにかして生きている。
だが、御田の場合はおそらく1人で抱え込むには大きすぎるはずだ。それは、同じ苦しみを知っている俺だからわかる。
だからこそ、
「なぁ、御田」
「ーーーなんじゃ」
「俺に話してくれないか?御田のこと」
そう聞くと、湯呑みを手でもてあそびながら少しの間を持たせて、御田は小さな声で話し始めた。
「そなたは初めてわらわに会った時、この体についてどう思ったのじゃ?」
それは俺に対する質問から始まった。
引越しの挨拶に来た時のことだ。
「まぁ正直言うと、人生で初めてアルビノなんて見たから驚いたよ」
俺がそう言うと、予想外だったのか目を丸くしてこちらを見て、その後、納得したかのようにまた湯呑みを覗いた。
「そなたは頭が良いのじゃな」
「言うほどでもないけどな」
アルビノ。日本語では白化個体とも言われる。読んで字のごとく『白くなった個体』。
通常、人にはメラニンという色素が存在する。シミの原因とか言われているあれだ。
実はあの色素は、髪の毛の色や黒目の色の素でもあり、そのことからも人体には非常に重要なものであることがわかる。
しかし、そのメラニンを作れない個体というものが世の中にはいる。これがアルビノ個体である。遺伝子の欠損の話らしいが、つまりアルビノ個体はメラニンのない体なのだ。髪も白く、肌も白く、目は黒くなく血管の赤い色だけが見えるため真っ赤になるのだ。
「ポールさんが日傘持ってたしね」
「そうか、そうじゃったの」
メラニンを持っている普通の人は、太陽の光を浴びてもある程度色素によって遮られ、皮膚の奥まで紫外線が届かないようになっている。
しかしアルビノとなると話が違う。遮るものがないのだ。
「かなり体力使うらしいな」
「そなた、よく知っておるの」
「昔調べたことあるんだよ。珍しい生物は昔から好きだったから」
テレビで白いスズメがニュースで取り上げられたときに、気になって調べたことがあった。その時にアルビノが人でもいるということも調べていた。
「そなたのような者が多ければよかったのじゃが」
御田は、半ば諦めたように自嘲気味に笑って呟いた。
「それが原因か?」
「その前に」
そう言って、今度は俺の目をじっと見つめ、さっきより強い声で聞いて来た。
「いつからそなたはわらわがイジメられていたと気づいたのじゃ」
わらわのどこに滲み出ていたんだ、と。
必死に隠したのに、と。
そう聞こえるような質問だった。
この質問にはちゃんと答えなければいけない。
ただ、
「はぁ〜・・・。正直、俺にもわかんねぇよ」
分からないのだ。
「勘か?」
「それは違う、、多分。御田と会った時から何か違和感のようなものがあったのは事実だけど、いつの間にか御田はイジメられてたんじゃないかって思い始めてた」
「わらわは何をしくじったのかの」
御田は残念そうに視線を下げ、また湯呑みを覗き込んだ。
つまり、俺はいろんな情報から予想したに過ぎない。それを気づいたと言うのか、考えたというのかは分からない。
最初の違和感は、引越しの挨拶の時のあの非常識さと学校で会った時に俺と紗羅の名前をしっかりと呼んだことだ。あそこまで失礼な箱入り娘なら名前なんて呼ばずに『昨日の者ではないか』なんて言いそうなもんだ。
そして、その違和感の核心に迫ったのが、御田が自分の家に帰れなかったあの時だ。必死に俺や柳を遠ざけようとしていた姿に見覚え、、、というか経験があった。
「そなたらが星乃ヶ丘高校の生徒であることは知っておったのじゃ」
「知ってた上で箱入り娘のフリをしたのか?」
「ーーーそうじゃ。こんな身なりの上にあれだけまともじゃない発言をしたら、遠ざかってくれると思ったからの。自ら絶った関係には未練などないのじゃ」
今の一言で、仲のよかったやつからいじめを受けていたことが分かってしまった。
相当辛かったんだろうな。
「白河たちもわらわのフリに気づいておったのじゃろうか」
「さあな、少なくとも俺は何も言ってないよ」
「そうか、、、皆良い人じゃの」
「そうだな」
本当にあのメンバーは人を見る目がある、と俺は感じている。そして、周りに流されない我を持っている。
そのおかげで俺も救われたんだからな。
「なぜそなたにはバレたのかの」
「まぁ強いて言うなら、鏡見てるみたいだったかな」
「鏡?」
俺の言った表現が気になり、体を起こし顔を近づけ目をじっと見つめ、また席に着いた。
「そなたの言ってる意味がわかった」
「ーーーそうか」
「類は友を呼ぶのかの」
「さあな」
俺と御田。お互いそう短く呟いて、湯飲みのほうじ茶を飲み干した。
少し微笑んだ御田を見ると、どこか胸のあたりが苦しくなると同時に、暖かい感じがするのはなんでだろうか。
『周のバカっ!何1人でカッコつけてんのよっ!頼りなさいよっ!』
目を瞑ると、泣きながら俺の胸元を叩き、大声で叫ぶ幼馴染みの姿が浮かんだ。
『周、壊れちゃうよ、、、ヤダよ、そんなの・・・』
そんな言葉に俺は『いつもの馬鹿力はどうした』なんて的外れな言葉しか出てこなかった。
強固な金庫だって鍵1つあれば開くのだ、とその時初めて感じた。
ーーーそして、鍵なんてすぐ隣に落ちてたりするのだ。




