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ランチボックス同盟  作者: ORCAT
第2章 信頼
24/41

信頼と焦り

「と、いうわけで。こいつがうちのクラスに転校して来た御田 エレンだ。まぁ、護以外はもう知ってるか」


「よ、よろしくなのじゃ」


 俺の説明の後に、御田がなぜか少し緊張した面持ちでそう言った。学校でクラスの前で見た時よりも緊張してるぞ。

 御田を連れて家に帰ると、すでにメンバーは全員揃っていた。柳、護、西空、月岡そして紗羅だ。保護者役として西空のSPの人にも来てもらっている。まぁこれ以上ない“保護”者ではあるな。

 この集まりは俺らが中学の頃から始まったものだ。もともとは、親が家にいない俺と紗羅の事を気遣った柳が唐突に言い出した事だが、なんだかんだ何年も続いているイベントになった。


「いらっしゃい、エレンさん。気楽にしていいですからね」


「お、恩にきるのじゃ」


 妹の恵美はキッチンで蓮さんと共に料理をしていた。恵美が中学になってからは、このイベントの時だけ料理をすることになっている。妹曰く、


『私だって料理の1つできないとお嫁にいけないでしょ?』


 らしい。

 妹よ、お前が嫁に行くのは何年後の話だ。

 まぁ、毎日料理を作っている俺への小さな恩返しなのかもしれない。そう思ってからはこのイベントの日の料理は全部、妹に任せている。


「この香ばしい香りはなんじゃ?!」


 そんなことを回想していると、隣に立っていた御田が目を光らせて言った。


「あー、今日はカレーか」


 このスパイスの香り。食欲しかそそらないこの香りは間違いなくカレーだった。


「カレー?まさかあのインドの料理かの?」


「いや、うちで作るカレーがそんなに本格的なわけないだろ。普通のだよ、普通の」


 そう言ったにも関わらず、御田の目は輝いたままだった。

 一般家庭のカレーに何を期待してんだ。そんな御田の様子に紗羅が気づいた。


「エレンちゃんは辛いの大丈夫?」


「問題なしじゃ」


「よかったぁ。周の家のカレーはよそより辛いから、ちょっと心配になって」


「お前の舌が子供なんだよ、紗羅」


「うるさいわよ」


 ルーは辛口にしているが、それ以上特に何も加えていないから紗羅がそこまで辛いと言う理由が未だにわからない。

 つまり、紗羅の口がお子ちゃまであるとしか考えられない。


「聞こえてるよ、周!」


 目を吊り上げた紗羅が怒鳴ってきた。


「悪かったって。じゃあ、机の準備するからお前らも手伝ってくれ」


「「「はーい」」」


 それまで各々会話を楽しんでいた柳たちが、元気に返事をした。

 多分このカレーの匂いに、だいぶやられてたんだろうな。すぐ食べたいらしい。


「あ、そうそう。御田も手伝ってくれよ?」


 静かに立っていた御田の方を振り返った。

 しかしなぜか表情が楽しそうではない。何か不安を抱えているような様子だった。


「おい、御田」


「・・・ん?なんじゃ、玄野」


「聞いてなかったのか?お前も手伝ってくれって」


「おぉ、、、それはすまぬ。聞こえてなかった」


 さっき自分の家にいた時より、明らかに声のトーンが落ちている。


「・・・何考えてたんだ?」


 そう聞くと目を見開いて焦ったように話し始めた。


「な、なんのことじゃ。わらわにはさっぱり分からん。わらわが何に悩んでおると思うてか」


「誰が悩んでるか聞いたんだよ」


「あっ・・・」


 語るに落ちたか。

 だけど、この様子だとその悩みとやらはあんまり話す気はなさそうだな。


「はぁ、まあそれは後でいいや。ほら、とりあえず荷物置いて手洗ってこい。洗面所は廊下の右側だから」


「・・・わかったのじゃ」


 俺の言葉に渋々動いて、少し面倒くさそうに廊下へと向かっていった。

 これはまた、何か起こりそうな予感だな。この予想が的中しないことを祈るけど、確率低いよなぁ・・・

 そんな悲観的なことを思いながら、俺も御田の後に続いて洗面所へと向かった。




  ■ ■ ■




「「「ごちそうさまでした〜」」」


「今日のカレーも美味しかったぁ。ありがとね、恵美ちゃん」


「ありがとう、紗羅さん」


「さすが、周の妹ちゃんだけあるね。本当に料理上手だね」


 メンバーの満足そうな感想を聞いて、恵美は終始笑顔が絶えなかった。


「エレンさんもお口に合いましたか?」


「うむ、日本のカレーというものは昔から興味があったからの。非常に美味であった」


「わー、それはよかったです」


 準備の前の暗い様子はどこへいったのやら、Theお嬢様のような少し上から目線の口調で言った。


「エレンさんはカレーを食べたことがないのですか?」


「うむ、よくぞ聞いてくれた。西空。わらわは昔からフレンチなどしか食べてこなかった故、カレーというものを食べたことがないのじゃ」


「へぇー、やっぱりお嬢様って感じだなぁ。ね、まーくん」


「そうですね。そのフレンチの料理も興味がありますね」


「じゃあエレンちゃんってさ・・・」


 その後も、夕飯を食べ終わった食卓では、初めて出会うお嬢様に(失礼のない程度に)思いつく限りの質問を皆が聞き、それに御田はお嬢様口調で答えていた。

 しかし、質問に答えるにつれてなぜか御田の表情に焦りが出ているようだった。


「お兄ちゃんはなんか質問しないの?」


 それまでずっと何も話さずに皆の質問タイムの様子を見ていた俺に、恵美がそっと話を振った。


「ん?俺?」


「周だってなんか聞きたいことあるんじゃないの?」


 紗羅にそうけしかけられたが、さっき思った疑問を聞くわけにはいかないしな・・・


「な、無いのならもう良いじゃろ」


 さっきまで隠していたが、御田の焦った様子が出てきてしまった。


「どうしたの?エレンちゃん。そんなに焦って」


「い、いや、、、えっと」


「あれ?!」


 そんな時、恵美が唐突に大きな声を出し、食卓に座っていた全員が驚きながらも恵美に注目した。


「どうした、恵美」


「もうこんな時間!」


 気づけばもう夜の8時を過ぎたあたりだった。


「皆さんそろそろお風呂にでも入りましょうか」


「あー、そうだな」


 2人きりになるタイミングとしてはここしか無いか。


「恵美」


「なに?お兄ちゃん」


 早速、皆の食器の後片付けをしようとしている恵美に声をかけた。


「今日は俺が後片付けするよ。先に風呂入っといて」


「えー、いいよそのくらい」


「いいからいいから。柳たちもタオルとかの場所知ってるよな?」


「ん?あー、はいはい。分かってるよ」


 柳は俺の魂胆を知ってかすぐに風呂場へと向かった。


「じゃあ僕も東雲と一緒に入るよ。玄野の風呂広いですからね」


 そしてこちらも俺の都合のいいように、護が自ら進んで柳と一緒に風呂場へと行った。

 ちなみに、うちの風呂はそんなにデカくない。護は気がきくのは良いんだけど、嘘が下手なんだよな。


「じゃあ私たちも行きましょうか」


「そうだね。行こう?エレンちゃん」


「何処へじゃ?」


「紗羅のお家が隣なの。だからお風呂は男女で別々なんだ」


 まぁ当たり前といえば当たり前。このイベントが始まった時はちょうど皆が思春期真っ盛りの頃。一緒に風呂入ったりするのはもちろんのこと、男子が入った風呂に入るのに抵抗があるのも当然。

 と、蓮さんが全員の前で説明し(主に覗きをしそうな柳に向かって)風呂は俺の家と紗羅の家とで男女別々にすることになっている。


「それじゃあわらわも・・・」


「あー悪い、御田。お前食器片付けるの手伝ってくれない?」


「な・・・」


 俺の提案に御田が絶句してしまった。ここでなぜか紗羅が俺と御田の間に割って入ってきた。


「なによ、周!エレンちゃんと2人きりでなにしようってわけ?」


「何もしねぇよ。俺を何だと思ってやがる」


「周ってすぐ女の子にいい顔するんだもん」


「柳と一緒にするな」


「呼んだかぁーー」


 廊下越しに柳の声が聞こえた。耳いいな、おい!


「ふん、もう周なんて知らない。エレンちゃん気を付けて。この人なにするかわからないから」


「わ、分かったのじゃ」


 なにが分かったんだ、御田。全く。


「なんかあったら叫ぶんだよ。すぐ飛んできてこいつ殴ってあげるから」


「やめてくれ」


「分かったのじゃ」


 だからなにが分かったんだよ。

 そんなこんな、やっとの事で御田の2人きりになれた。


「はぁー、紗羅のやつ。手間取りやがって」


「それで、なんじゃ。玄野」


 少し不機嫌そうにそっぽを向いて俺に聞いてきた。


「俺と話す時はそんな感じなんだな」


「ど、どういう意味じゃ」


「そういう意味だよ。・・・お前、なんでそんなに焦ってたんだ?」


 そう聞くと御田は驚いた様子でこちらを見て、続いて諦めたようにそっとため息をついた。


「そなたにはやはり見抜かれておったのか」


「まぁ、、な」


「それであの時もわらわが言おうとしていることを遮ったのか?」


「あの時って・・・あー、あれか」


 それは御田の家に送る時のこと。御田は『じゃが、わらわと関わると・・・』と言っていた。


「お前さ。前の学校でなにあったかは詳しくは知らないけどさ。どこの生徒もそんなわけじゃないんだぞ?」


 その一言に御田は顔を伏せ、小刻みに肩を震わせていた。


「何故なのじゃ、、、何故そなたらは、皆は、、、わらわに優しく接するのじゃ・・・」


 一粒の大きな涙を落とした御田は、その場に崩れ落ちた。


 ーーー御田が話した過去は、俺が想像した通りだった。

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