信頼と迷子
「はぁ〜」
ナセに呼ばれ話を聞いたあと、席に戻った俺は大きなため息を吐いた。
「また、ため息?」
隣の紗羅がまた文句を言ってくる。
「先生に何言われたの?部活のこと?」
「ん?・・・いや、、、」
「?」
これは言っていいものなのか。ただ、ナセに俺にだけは言っておくと言われたあたり、あまり広めないほうがいいのか。
「なんでもないよ」
「そ」
そう一言だけ言うと、紗羅は次の授業の準備を始めた。なんでもない、と俺が言うと言えないことがあると気づいたのだろう。それくらいは分かる付き合いだ。
「あんまり1人で悩みすぎないでよ」
「分かってるよ」
とは言ったものの、、、
そう思い、御田を見た。流石に透き通った白い髪でゴスロリ衣装を身に纏った同級生に気軽に話しかけるほど、クラスの皆も子供ではないらしい。『子供ではない』というのは決して『大人になった』という素直な意味ではなく、『触らぬ神に祟りなし』という考えを持ってしまった。といったほうが正しいか。
「はぁ〜」
やり切れない気持ちが心の中を渦巻いているが、果たしてこの気持ちをどこにぶつければいいのやら。
久しぶりに感じるこの不愉快な感情を持ったまま、学校での授業を受けた。
■ ■ ■
「おーい、周」
放課後。珍しくゲーム部も料理研究部も活動が休みで、紗羅も友人と少し出かけるらしいので、家に帰ってネットサーフィンでもしようかと思っていたら、
「なんだ、柳か」
「なんだ、って酷くない?」
玄関の近くで柳に呼び止められた。部活を抜けてきたのか、着ていたのはうちのサッカー部のユニフォームだった。
「おいおい、サッカー部はどうした」
「そんなの今はいいんだよ」
いいのか?
「それより、周。エレンちゃん探して家まで送れよ」
は?
「すまん、最近耳の調子が悪くてな」
「だーかーらー!エレンちゃんを探して彼女のお家まで連れてけって言ってんの!」
耳が〜・・・キーンってする〜・・・
「さっきエレンちゃんと廊下ですれ違ったんだけど、なんか挙動不審だったから声かけたら、家に帰れねえってよ」
初日だから帰り道が分からないのも当然か。
というか、転校した初日に女子を下の名前で呼ぶかよ。こいつ。
「なんで俺なんだよ」
「だってお前の家の近くなんだろ?」
なんで知ってんだよ。ほんとこいつ女の子のことになると情報早いよな。
「俺は部活あるし、紗羅ちゃんも帰っちゃったみたいだし、お前しかいないじゃん」
「いや他にもクラスメイトいるじゃん?俺しか、ってことはないだろ」
「あと、お前。エレンちゃんのこと気にしてたから」
ぐっ・・・
「まぁ、まさか一目惚れなんてことはお前に限ってないだろうし」
なんだ、その自信は。どっから出てくる。
「あとはほら。昔のお前と重ねてるのかなぁ、って」
「・・・相変わらずだな」
「褒めんなって」
「けなしてんだよ」
はぁ〜。まぁ柳の言っていることは図星なわけで、御田のことを黙って無視するなんてことは俺にはできない。
「やっぱ、ゴスロリで銀髪で碧眼ってなると近寄り難いのかね。最初のコンタクトは女子がいいかと思って、俺は控えてたんだけどね」
「碧眼?」
そんなバカな。昨日見た時は確かに赤い目だったのに。
「あれ?知らなかったの?エレンちゃんって、、まぁ名前からしてもそうだけど、ハーフだぞ?さっきすれ違った時に見たから間違いないよ」
このタイミングでの転校。昨日赤かったはずの目が今日は青い。朝にナセが俺にだけ告げた内容。
こりゃ、悪い予想が当たったみたいだな。
「んじゃ、あと任せたぞ。多分まだ学校の近くだろうから」
「はいはい」
そう言い残して、柳は体育館の方へと走っていった。
「はぁ〜。さてと・・・」
とりあえず、探すしかないな。
「と、言っても。どうやって探すか」
服装は目立つから近くの学生にでも聞くか。
めんどくさい事になった。
■ ■ ■
と、思っていた時代も僕にはありました。
「・・・何してんだよ」
「おぉー!玄野ではないか!」
校門のそばに人を探していたのか、キョロキョロと辺りを見回していた御田の姿があった。
「いや、だから何してんだよ」
「なっ!別に道になんて迷ってないぞ!」
「なんだ、迷子か」
一応知らなかったふりをして御田を茶化してみた。
「うるさいのじゃ!そなたは早く帰れ」
「住所どこだよ。連れてってやるよ」
昨日挨拶にきた辺りかなり近くなのは間違いないし、色々話したいこともあるから一石二鳥だと思っていたが。
「早く帰れと言うておるじゃろうが」
なぜか、頑なに住所を教えようとしなかった。『迷子のくせに何言ってんだ』とさらに茶化してやろうと思ったら、御田の手がわずかに震えている事に気づいてしまった。
家に帰れない事に震えてるようではない。何かまた別のこと、、、
「・・・そなたに迷惑をかけて、気分を悪くされたら困る」
その一言で俺の頭の中に一筋の光が見えた気がした。それまでもやがかかったように霞んでいたが、確信したようだ。
そこから行動に移すのは早かった。ポケットから携帯を取り出し、いつものメンバーに一斉にメールを送信した。
[手伝って欲しい]
そして、うつむきながら手を握りしめている御田の方を向き直し、こう言った。
「お前のこと放っておく方が気分悪いよ」




