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ランチボックス同盟  作者: ORCAT
第1章 秘密
14/41

秘密とエプロン

「はい。これがキュウリです」


「知ってます」


 そんな野菜の紹介なんてされても、って感じなんだが。


 料理研究部の見学を見損なってしまった俺は、まだ調理室に残っていた料理研究部の顧問をしている長谷川はせがわ 真美まみ先生と偶然遭遇した。当初、真美先生は料理研究部への入部を歓迎しているようにみえたけど、なぜか包丁を持たされ挙げ句の果てには『制服のままじゃダメですね』と言われ、準備室から出されたエプロンをつけさせられた。

 調理室の中はよく見る風景で、何個かの大きな机があり、その机の端にはコンロが2つほど備え付けてあった。ただ、中学のそれとは違ってここの調理室はすごく清潔感のある感じがした。多分床が全然汚れてないのと、ほのかにバラのような花の匂いがするからだろう。

 そんな綺麗な教室には包丁を持った俺と真美先生とたまたまそこに居合わせていた紗羅だけだった。

 そして今、俺はキュウリを手渡された。


「小口切りすればいいんですよね?」


「はい、その通りです。小口切りは知っていますか?」


「知ってますから安心してください」


「そうでしたか」


 そんな笑顔で聞いてるところを見ると、バカにしていってるわけではなく真面目に聞いてるのはわかるが、それがまたなおさら厄介だ。

 真美先生は少し天然みたいだな。

 あともう1つ気になるのが・・・


「なんで紗羅までエプロンに着替えてるんです?」


 後ろに立っている紗羅までエプロンをつけていることだ。


「え?だって女の子のエプロン姿は可愛いですもんね」


「うぐっ」


 聞かれてたのか。

 明らかに紗羅の方から鋭い視線を感じるが、無視しよう。無視無視。


「じ、じゃあ気を取り直して」


 とりあえずやれと言われたものやらないとな。

 あ、その前に


「先生」


「なんですか?玄野くん」


「このキュウリって板摺りしてませんよね?」


 その一言に先ほどとは明らかに目の色が変わっていた。なんかこう、ゲーム部に行った時の部長の目と同じような「あ、こいつ只者じゃないな」みたいな目。自分で言ってて恥ずかしいけどな。


「していませんよ」


「そうですか、、、してもいいですか?」


「ええ、もちろん。粗塩は下の棚に入ってますから」


 言われた通り机の下の棚を覗くと、調味料が棚いっぱいに整列されていてどこにどの調味料があるか一目瞭然だった。その中に『粗塩』と書かれた大きめの瓶があった。

 一応確認のために瓶から少し取り出して舐めた。うん、しょっぱい。これでよしと。


「ねぇ、周・・・」


 板摺りの準備をしていると後ろの紗羅が声をかけてきた。


「ん?どうした?」


 俺はキュウリのへたの部分を切り落としながら答えた。まぁ多分質問は


「いたずりってなんのこと?」


 だろうな。

 板摺り。キュウリ以外にはフキでもやるらしい料理の下準備。多めの塩を振りかけたキュウリをまな板の上などでコロコロと転がすだけのことだ。やってること自体はそんなに難しくはない。この板摺りをすることでキュウリに味が滲みやすくなったり、表面の棘を取ったり、色の見栄えが良くなったりする


「まぁ別にやらなくたって味が悪くなるってことはないけど、やって上手くなるなら損はないだろ?」


「周はいつも板摺りやってるの?」


「ああ、そうだよ」


 よし、そろそろいいかな。あとはこのキュウリを水で洗って切るだけだな。

 小口切りというのは細長い野菜を端から一定の幅で切っていく切り方で、使う料理によってその厚みが少し違ったりする。で、


「真美先生」


「はい、なんでしょうか」


 それまでじっと俺の様子を見ていた先生が答えた。


「このキュウリってこのあと何に使うんですか?」


「何というのは?」


「いえ、生で食べるのか、酢の物とかにして食べるのか・・・」


「どちらでも構いませんよ。そのキュウリは差し上げますから」


 なるほど、、、あ、でも今日ゲーム部のみんな誘ってるんだったな。ならまあ明日の弁当用にサラダにでもするか。


「じゃあサラダ用ってことで」


「分かりました」


 他の家ではどうなのかはわからないが、うちではサラダのキュウリは食感が良くなるように2ミリくらいに切っている。

 そして俺は、包丁を握りキュウリを切っていった。まな板と包丁のぶつかるリズミカルで心地いい音。キュウリも新鮮なんだろう、シャキシャキと良い音を出している。


「・・・なるほど」


 ふと真美先生がそう呟いたように聞こえた。ちらっと先生の顔を見てみると、とても嬉しそうな顔でにこやかに笑っていた。



  ■ ■ ■



「こんなもんでどうでしょうか」


 キュウリ一本を全部切り終えた俺は、その切ったキュウリを先生に見てもらった。

 先生は一枚一枚その厚さなんかを確かめながら1つ手にとり口に運んだ。


「うん、いいでしょう。合格です!」


「ふぅー、良かった」


「包丁さばきも慣れたものでしたね。お家でも料理されてるのかしら?」


「ええ、両親が共働きなので毎日作ってます」


「まぁ、それは偉いですね」


 とりあえず入部テストも終わりかぁ。気づけばもう4時をすぎる頃だった。そろそろ行かないと夕飯間に合わないな。


「それにしても嬉しいわ」


「え?何がですか?」


 そろそろ帰りの挨拶をしようと考えていたら、急に先生が喋った。


「いや、久しぶりの男子部員なんですよ」


 ・・・え?

 なんかこの展開ついさっきあったような。


「もしかしてですけど・・・」


「はい、今のところ入部希望の男子生徒はあなた一人です」


 うん、まあ正直それは覚悟してたからなぁ。


「そうですか、まあそれもそうかもしれませんね。じゃあ俺らはこの辺で・・・」


「私も入部します!」


 さすがに買い物とか済ませて飯作るには遅くなりそうだったので帰ろうとしたら、今度は紗羅が声を上げた。

 てか、え?


「まぁ本当ですか?」


「はい!やります!」


「おいおい、紗羅。ちょっと待てよ。お前の料理・・・」


「なに?文句あるの?」


 そう言いながらすごい目つきで睨まれた。

 俺が紗羅を止めるのには訳があった。

 昔から俺は料理を作っていたんだが、ある日紗羅が俺のために料理をすると言って作られた料理を食ったら、しばらくの間味覚が変になったことがある。あれはまずなんの料理だったんだろうか・・・。舌をビリビリと焼き尽くすような辛味とも違うあの味。

 第二の犠牲者が出なければいいと願おう。

 しかし真美先生はそんなことつゆ知らず、部員が増えることに感動していた。


「そうですか。ではあなたもこれから部員の一人ですね」


 ・・・あれ?


「先生!」


「はい、なんですか?玄野くん」


「入部テストはしないんですか?」


 なんで俺だけして紗羅にはさせないんだ?


「あー、あのテスト。実はですね男子限定でさせてるんですよ」


「「え?」」


 男子限定?


「なんでまたそんなことを?」


「それはあれですよ。玄野くん」


 そう言って先生は紗羅のそばに行きそのエプロンを指差しながらこう言った。


「女子のエプロン姿は可愛いですからね」


「あ〜、なるほど」


「え?どういうこと?」


 つまりは、エプロン姿の女子狙いの男遠ざけるためのテストってわけだったのか。なるほど、よく考えられて・・・


 ってことは、俺も要注意人物だと思われてたってことか!なんか、そう思うと。




 ーーー男って悲しい生き物だな。

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