秘密と包丁
「はぁ・・・はぁ・・・」
全速力で調理室に到着した俺の目の前には
「なかなか面白そうな部活だったわね」
「これで少しは料理作れるようになるかしら」
「そんなの余裕よ、余裕」
と、エプロンを脱ぎながら俺の横を通り過ぎていくたくさんの女子生徒がいた。
「間に合わ・・・なかったか・・・はぁ」
息も切れて苦しそうに膝に手をついている俺を不思議そうに見てくる女子もいるが、そんなことを気にする気力はもうなかった。
体力つけるか・・・
まぁ料理研究部の見学は間に合わなかったけど、女子のエプロン姿見れただけいいかな。目の保養、目の保養・・・。
「なにニヤニヤしてんのよ」
ギリギリギリ
「・・・痛い痛い痛い!」
いつの間にか横に立ってた紗羅に脇腹をつねられていた。
こいつ、俺と同じくらいの速さで走ってきたはずなのに、なんで息切れてないんだよ、、じゃなくて
「なんだよ、紗羅。いきなり人の脇腹なんてつねりやがって」
「周が他の女の子見てニヤニヤしてるからでしょ!」
腕を組んでそっぽを向きながら不満そうに紗羅が言った。
いや、だからなんでそれでつねられなきゃいけないんだよ。
仕方ない。ここはひとつ俺の話術の見せ所か。
「いや、これはあれだよ」
「・・・なによ」
少し興味が出たのかチラッとこちらを向いて俺の話を聞いた。
「紗羅がエプロンつけたらもっといいんだろうなぁ、って考えてたんだよ」
秘術:褒めるの術。
どうだ。ツンデレの紗羅には効果抜群だろう。
「なっ!?」
案の定、顔を赤くしながら紗羅はまたそっぽを向いた。
ちょろいちょろい。たまに褒めれば許してくれるから余裕だな。
「誰が余裕ですって?」
ギリギリギリギリ
「痛い痛い痛い痛い!」
どうやら頭で考えたことが口に出ていたようだ。またも俺の脇腹が悲鳴をあげていた。
いや、悲鳴あげてんのは俺だけどさ。
「そんな調子のいいこと言うのはこの口なの?」
しかし紗羅はそれだけでは足らず、俺のほっぺをつまみ左右に引いた。
あの、紗羅。ここ学校の廊下なんだけど。
って、そんなことはいい。ここで負けるようなことがあっては、今後の紗羅との上下関係が心配だ。心を強く持つんだ、俺!
「何か言うことないの?」
「ふみまへん」
・・・人生負けを認めるのも大事だ。うん。
上下関係で下の位になり落ち込む俺とは対照的に、紗羅は満足したように左右に引いていた俺のほっぺを解放してくれた。
「それでここには何しに来たのよ」
「いや、それは俺のセリフだよ。待てって言っただろ」
「べ、別にいいでしょ。なに、ついてきたら何か問題でもあるわけ?」
そんなのないけどさ。紗羅の行動ってたまによく分からないんだよな。
「俺は料理研究部の見学しようと思っただけだよ。まぁもう終わったみたいだけどな」
「え・・・ごめん」
「おいおい、なんで紗羅が謝るんだよ」
「いや、私と話してたから見学終わったんじゃないかって・・・」
さっきまでの威勢はどこへ行ったのやら、一転ショボンとした顔で紗羅がすまなそうにしていた。
女ってせこいよなぁとつくづく思うな。
「いや、俺が来た時にはもう終わってたから、紗羅のせいじゃねえよ」
「本当?」
上目遣いの紗羅。その瞳にはなぜか少し濡れているようにも見えた。
この視線は見慣れた俺でもさすがにドキッとする。
「ほ、本当だよ」
「そっか、良かった」
そしてこの眩しい笑顔。相変わらず可愛いこって・・・全く。俺の気も知らない・・・
「あら?どうしたのかしら?」
紗羅と廊下で話していたら調理室から白いエプロンをつけた女の人が出てきた。紗羅くらいの身長で、細い目のとても優しそうな顔をしている。
「あ、もしかして料理研究部の見学の方かしら?」
「あ、そうですけど、、、もう終わりましたよね?」
「そうね、ごめんなさい。わざわざ来てもらったのに」
顔を見ればそんなに歳をとってないように見えるのに、言葉遣いがすごく穏やかな感じだ。
大人の女性って感じだなぁ。
ってそんなことより
「いえいえ、俺が遅くなったからですから」
「入部希望者ですか?」
「・・・ええ、一応兼部が可能ならそうしたいと思ってます」
こんな優しそうな先生なら楽しそうにできそうだしな。やっぱり部活の内容も大事だけど、その中の面子も入るときの考える材料になるからな。
「そうでしたか。もちろん歓迎しますよ」
あー、良かった。この人本当に優しいひとだな・・・
「では、入部テストをいたしましょうか」
・・・・・・ん?
「入部・・・テスト?」
「ええ」
にっこりと笑って教室に入ると包丁を持って俺に手渡してきた。
「えと・・・」
まさかとは思うけど・・・
「手始めにキュウリの小口切りを見せてもらいましょうか」
・・・まぁ、そうなりますよね。
ーーーこんな部活まで入部テストがあるとはな。泣けてきた。




