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ランチボックス同盟  作者: ORCAT
第1章 秘密
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秘密と幼馴染み

 4月初旬。


「はぁ〜・・・」


 この俺、玄野くろの しゅうは深いため息を吐きながら、朝の静かな住宅街の中をゆっくり歩いていた。

 歩道から雪がなくなったというものの、まだ寒い日が続いていて、寒いのが苦手な俺はすこし機嫌が悪かった。しかも、晴れでも雨でもない曇りという天気が、ため息を吐いた原因の一つでもあった。こんな気分の乗らない日くらい晴れにしてくれてもいいんだが、天気の神様もそこまで気を配る余裕がなかったらしい。

 しかし、このため息の本当の原因は気温や天気なんかではない。


「はぁ〜・・・」


「・・」


 問題は4月が新年度の始まりであり、慣れ親しんだものに別れを告げ、新たな出会いが待ち受けているということだ。

 ん?それのどこに問題があるかだって?


 ーーー大アリである。


 昔からどうにも『変化』というものが嫌いで、ほぼ全てをまた一からやり直さなければいけない新年度は、その中でも飛びきり嫌いだった。どうして慣れた先生の授業が受けられなくなるのか。と小学生の頃から考えていた幼い俺も今では成長し、それは仕方のないことだ。と諦めている。

 諦めてはいるのだが『それはそれ。これはこれ』である。

 嫌いなものはやはり嫌いで、何をどうやったって好きになんてなれないものだ。


「はぁ〜・・・」


「・・・」


 そんな訳で、すでに今日何度目かわからないため息を吐いて、俺は新たな通学路を進んでいるのであった。

 俺も今日から晴れて高校生。受験でも心配な事は特になく、難なく第一希望の高校に入学することができた・・・のは良いのだが、あまり知り合いがいないのが心配だ。まあ、かなり仲のいい友人が揃っているのが唯一の救いだろうか。


 はぁ〜。とりあえず学校に着いたら、まずはクラスの面子の顔と名前を一致させて、その中で友達付き合いができそうな人を探して・・・。

 ーーー面倒くさい。

 別に友達付き合いが面倒くさいんじゃない。そこに至るまでのプロセスが面倒なだけなんだ。

 あ〜あ。会った瞬間に友達としてやっていけるか分かるアプリがあれば。なんて思わなくはないが、残念ながら今日の技術はそこまで進歩してはいない。・・・もう、家に帰りたい。


「はぁ〜・・・」


「あ〜〜〜〜〜、もうっ!」


「うわっ!ビックリした・・・。驚かせるなよ」


 急に隣から雄叫びが聞こえた。


「誰が雄叫びだってぇ?」


 バシッ!


「痛って・・・。何すんだよっ!」


「女の子が叫んで雄叫びはないでしょっ!」


 じゃあ雌叫めたけび?・・・うぅ、我ながらつまらない。


「それと、ため息ばっかりついてないでなんか喋ってよっ、周っ!」


 いや・・・。その前に殴ったこと謝ってくれよ、紗羅・・・。


 こいつの名前は白河しらかわ 紗羅さら。一応、俺の幼馴染みである。家も隣で、これまで通ってた学校もこれから通う学校も同じだ。そんな紗羅の容姿は、黒髪のポニーテール。綺麗な茶色の目。整った顔立ち。幼馴染みの俺から見ても可愛い女子だと思う。

 だがしかし、なぜかは分からないが、俺にだけは当たりが強い。中学に入るまではなんともなかった。というよりむしろだ。むしろ紗羅の方から遊びの時も勉強の時も寄ってきて、優しく接してくれていた。

 しかし、中二の時くらいから急に冷たい言葉を言われるようになった。当時の俺も急すぎるその変化についていけず、気に入らないならこちらから紗羅を避けるだけ。と考え、実行に移したんだが、数日後本人から「無視するな」と怒られた。

 こちらが優しく接すれば冷たくあしらわれ、そうかと思うと無視をするなと軽く甘えてくる。最初は何が何だか状態だったが、これが巷で噂の『ツンデレ』なのかと悟り、それ以降は紗羅の機嫌を損なわないような距離で接している。しかし、今の状況を見れば分かるが、稀にその距離感を間違える時がある。


 そんな時に、紗羅が殴ってくることは言うまでもない。


「なに?私を無視するなんて、いい度胸じゃん」


「あーもう。ムキになるなって」


「なってない!」


 ここで『いや、なってるだろ』なんて思ったそこのお前。まだまだだな。そんなことを言ったら、紗羅の拳が飛んでくるのは今までの経験から先刻承知。ここはグッと我慢して、言うことはただ1つ!


「ごめんなさい」


 謝罪だ!


「・・・周。なんで謝ってるのにそんなに誇らしげなの?」


 あ、しまった。

 目線を紗羅の方に向けると、案の定変なものを見るような目で見つめられていた。が、他に興味が移ったのか、すぐに目線をそらし前を向いた。


「・・・なんでため息ばっかり吐いてたの?私と一緒に登校するの退屈だった?」


 一度は前を向いていた紗羅が、首だけこちらに向けてつぶやいた。紗羅の身長が低いせいで、その目線は必然と上目遣いになってしまう。さらにさっきまでの口調とは違い、少し落ち込んでいて・・・

 つまり何を言いたいかというと、ドキッとするんだな。これが。つくづく男って単純だよな・・・


「べ、別に退屈とかじゃなくて。・・・あれだよ。新年度がめんどいだけだ」


「そ」


 一言だけそう答え、もう一度前を向いた紗羅だったが、その口元はいくらか緩んでいるようだった。

 少しは機嫌を直してくれたらしい。良かった。


 まぁ、このまま何事もなく学校に着けば、今日は少しだけいい日になるかも・・・


「お〜い、周ーー」


 何事もないことはなさそうだ・・・。

 後ろを振り向くと、茶髪にニヤニヤした笑顔で自転車をこいでいる東雲しののめ やなぎと、朝のひんやりとした風に、煌めく長い黒髪をなびかせて、柳の後ろの荷台に乗っていた西空にしぞら 麗奈れながこちらに向かっていた。


 キキッ


「よっと・・・。おはよう。周と紗羅さん」


 こいつが柳。柳とは小学校低学年から付き合いがある。

 茶髪のせいか一見チャラそうに見えるが、根は真面目。俺と同じくらいの身長で、運動神経バツグン。おまけに、顔もそこそこイケメンな方なので、女子にモテそうななもんだが、天は二物を与えない。

 先ほど根は真面目だ。とは言ったがこいつの場合、真面目に女の子を追いかけるだけの『女の子好き』。嫌われはしないが、恋愛対象としても見られないという・・・。これが柳がモテない原因の一つだ。

 そしてもう一つの原因がーー


「おはようございます。玄野さん、白河さん」


 ーー彼女、西空だ。

 全国的にも超有名な神社の一人娘。小学校高学年の頃に転校してきて、同じクラスになったことをきっかけに友人になった。俺の数少ない女友達の1人だ。

 さらっと長くしなやかな黒髪、おっとりとした性格、優しい口調を持ち合わせていることから男子からの人気は高い。

 そんな西空だが、彼女にはある秘密がある。秘密と言っても本人がそう言ってるだけで、見ればすぐバレるんだが


「あっ!柳さん、ネクタイがズレてますよ」


 西空が荷台から降りて、正面から柳のネクタイを真っ直ぐに伸ばした。さながら夫婦のようだ。


「おぉ、サンキュー。麗奈」


「いえいえ」


 ・・・見れば分かると言ったが、朝からこんな光景をまざまざと見せられる身にもなってほしい。

 ーーそう。西空は柳が好きなのである。

 さすがに周りの女子も、西空に対抗してまで柳と付き合おうというものが現れないらしい。だから柳はモテない。


 しかし、問題が無いわけではない。

 柳が西空の気持ちに気付いていないのだ。あれほど女子のことが好きなのに、何故自分のことを気にかけてる女子には気づかないのか。ただの鈍感か。はたまた大バカか。

 それでも気にせず、健気に慕う西空が少し悲しく見えてくる。


「そういや、お前らチャリじゃないのか?周」


 そんな超鈍感な柳が首を傾げながら聞いてきた。


「ん?まぁ、雪ないって言ってもまだあちこち凍ってるし、丘の上だからな」


「それもそうか」


 俺らが通うことになる星野ヶ丘高校(ほしのがおかこうこう)。その名の通りこの夕星町ゆうぼしちょうにある星野ヶ丘(ほしのがおか)の中腹に建てられている。この星野ヶ丘は丘と言われているが、なかなかに坂が急なこともあり、俺と紗羅は初日の今日は徒歩で登校することにしていた。

 ちなみにこの「夕星町」という名前の由来も星野ヶ丘で、「星野ヶ丘から見える夕焼けと星空が綺麗」なことから来ているらしい。


「それじゃ、お先に失礼するよ」


「また後で。玄野さん、白河さん」


 そう言われ、2人にいったん別れの挨拶をすると、西空を荷台に乗せ柳たちは先に行ってしまった。

 それにしても・・・


「入学式早々二人乗りってまずくないか?」


 風紀指導の先生とかいるだろうし。


「なんでいるときに注意してあげないのよ、バカ」


「気づきもしないお前にだけは言われたくないよ、俺よりバカなくせに」


「なっ・・・。う、うるさいわよ」


 そう言って紗羅はまた俺の肩を殴ったが、さっきより明らかに力が弱い。どうやら痛いところを突かれて、あまり反撃できないらしい。


 そもそも、紗羅と俺では学力に差がありすぎる。自慢ではないが、俺は中学の頃にペーパーテストでトップを譲ったことは一度としてなく、点数もほぼ満点を取っていた。

 一方の紗羅はといえば、赤点ギリギリの点数を取るので精一杯。それもほとんど俺の指導があって初めて取れたものばかりだ。それは受験の時も言うまでもない。紗羅の母親から直々に「紗羅の成績をあげてほしい」と言われ、俺が直々に沙羅の教育に当たった。


「にしても、よく受かったよなあ。紗羅」


「いい加減怒るわよ?」


 そうは言っても最初の模試でF判定をもらった時は、流石にどうしようか迷ったもんだ。しかし、紗羅は諦めずにその後も俺の言う通りに勉強を続けた。

 そもそも、なんで(紗羅にしては)レベルの高い星野ヶ丘高校に行きたいのかよく分からなかったが、あの紗羅が珍しく勉強を本気で取り組んでいたため、何か特別な思い入れでもあるんだろう。


「・・・ありがと、、、周」


「ん?どうした、急に」


 突然沙羅がそんなことをつぶやいた。

 あのツンデレ紗羅が感謝するなんて。


「いや・・・その。今まで勉強手伝ってくれたし、、、」


 俺と同じく受験勉強の時のことを考えていたみたいだ。やっぱ幼馴染みは考えることも似るのかな。


「気にすんな。俺も昔、紗羅に助けられたし。恩返ししたかったんだ」


「えっ?」


 恥ずかしそうにうつむいた顔を上げて、紗羅の口はポカンと開いていた。


「はいはい、この話はもう終わり。さっさと行かないと遅刻するぞ?」


「あっ!ちょっと待ってよ〜、周」


 まだ急ぐ時間ではなかったが、俺は小走りで新たな出会いの場へと歩を進めるのであった。


 ーーーー俺が秘密にしていたあの地獄から、救ってくれた1人の少女と共に

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