第一話「街灯り」
「じゃあ三人で準備しようぜ。」
広猟の一言で付き合いだしてからの初めてのクリスマスは三人で過ごすことになりそうだ。
20XX年12月24日24:10
「Silent night, holy night!
All is calm, all is bright.
Round yon Virgin, Mother and Child.
Holy infant so tender and mild,
Sleep in heavenly peace,
Sleep in heavenly peace…。」
夜の大聖堂に最後の讃美歌が響き渡る。
これが終わったら一時間かけて後片付けだと思うと気が滅入るが、この歌を聴いている時ばかりは心が凪んでくる。
まさに“サイレントナイト”という曲名にぴったりの歌だ。
それに、今の俺には一番必要な歌とも言えよう。
実は十二月に入ってから今日に至るまで、未谷とクリスマスの約束を取り付けていないのだ―――主に俺が緊張して。
だがしかし、今日を逃したら初めての恋人としてのクリスマスは何事も無く終わってしまうのは確か。
今日こそは明日の約束を取り付けてやる…!
そう息巻きわくわくしていた時期(時間?)もありました。
「明日?久しぶりに父さんが返ってくるから、一日夕飯の下ごしらえかなー。」
という未谷の一言でそれらは露と消えたが。
「へー、伯父さん今年は帰ってくるんだ?」
「うん!また半年近く向こうにいることになりそうだから、思い切って有休もぎ取ってきたんだって。」
「良かったな、どれ位休みなんだ?」
「へへん、今回はなんと一ヶ月!
貯まりに貯まりまくった有休もぎ取ってきたから、親子水入らずで過ごすぞー!…だって。」
あまりにも嬉しそうな未谷に若干嫉妬心が沸き起こるが仕方が無い。
未谷の父親は有望な人材で、一年の殆どを海外出張で費やし家に帰ってくることが稀らしい。
母親は生まれて直ぐに他界していて、叔母が母親代わりだったとか。
「夕飯って何作るんだ?」
「んー、鶏の丸焼きでしょ、ポテトサラダ、マリネ、カルパッチョ、ブッシュドノエル…。
あ、エッグノッグも作りたい!」
「多いな。」
「だって、折角帰ってきてくれるんだもん。
美味しい物作ってあげたいじゃない?
あとクリスマスツリーも出して…。」
楽しげに明日の(いや、もう二十四時を過ぎたから今日か?)予定を立てる未谷に「明日どこか出掛けないか?」などとは言えない。
仕方が無いが、ここは親父殿に譲ろう。
そう素直に身を引こうとした時、広猟が当たり前かのように「じゃ、明日十三時に家に行くな。」と言った。
「…は?」
「ありがとー!助かる!」
そして何故か喜ぶ未谷。
ちょっ、待てお前!俺を差し置いて何他の男と過ごすなんて堂々と言ってやがる。
「な、何で広猟が未谷の家に行くんだ?!」
「え?だって弥月んちのクリスマスツリーデカいから、一人じゃ出せねーもん。」
「それに買い出しもまだだから、荷物持ちが欲しかったから…。」
ああ成程。
確かに未谷の性格じゃあ俺に荷物持ちしろなんて言えないか。
それなら身内同然の広猟に頼んだ方が気も楽だな。
そう頭ではわかっていても気持ちが追いつく筈も無く、きっと顔はもの凄く不機嫌だっただろう。
視界に入る広猟は心底腹が立つニマニマ顔をしているのが、何よりの証拠だ。
そして「何で不機嫌になってんの?」という未谷の表情に更に苛々UP。
鈍い鈍いとは思っていたが、本当お前は恋人をなんだと思っているんだと小一時間程問い詰めてやりたい。
「じゃあ三人で準備しようぜ。」
一しきり俺の百面相を堪能したのか広猟が未谷にとんでもない提案をした。
「え?三人って…。」
「大上と、俺と、弥月の三人。
俺がツリー出してる間に大上と買い物行ってたら時間の短縮にもなんだろ?」
「そう…だけど…。」
「大上も明日暇らしいし、俺達の分も夕飯作ってくれればギブアンドテイクで丁度いいだろ。」
「な!」と同意を求める広猟に不機嫌なまま頷く。
別に嫌だからじゃないが、あれだけ面白がっていた広猟にフォローされるのは何だか腹が立ったからだ。
兎にも角にも、恋人になって初めてのクリスマスは三人で過ごすことになりそうだ。