第一話「聖なる夜の誓い」
「俺はお前が好きだ。」
するりと口から滑り落ちた告白は、周りの喧騒に飲み込まれ、そして―――。
「…私も好きよ。」
まるでそれは高尚な画家が描いた絵画のような。
はたまた有名なパティシエが施した見事な製菓のような。
とても素晴らしく、思わず見惚れる程の情景を、俺は生涯忘れることはないだろう。
20XX年12月25日7:00
戸と戸の隙間から忍び寄る冷気によって意識が揺すぶられ、途端ジリリリと目覚まし時計が朝の訪れを告げた。
伸びをしてベルを止めると再び静寂が訪れ、気が付けば意識が思考の渦へと飲み込まれていくのがわかる。
考えるのは勿論、昨夜晴れて恋人となった未谷とのことだ。
思えば自覚してから今日に至るまで本当に長かったものだ。
高等部に上がりクラスも増える中、再び同じクラスになれたことを神に、仏に、学年主任に感謝した春。
外部生と内部生の生徒の交流を図る日帰りレクリエーションでは、川に落ちそうになった未谷を格好良く助けるつもりが一緒に落ちてしまい広猟に盛大に笑われた。
ボールを追いかけ汗水流し競い合う球技大会のあった夏。
高等部二大イベントである林間学校では、策を巡らせ、秘かに脅して、一緒のカヌーに乗るまでは良かったがお互い運動音痴で転覆し、またもや広猟に笑われる始末。
己が所属する陸上部最大の見せ場のある体育祭のある秋。
ここで名誉挽回だと張り切って一位を獲ったまでは良かったが、エネルギー切れで足が縺れて未谷の上に倒れてしまった。
押し倒した未谷の身体はどこもかしこも柔らかく、実は秘かに昂ったのは俺だけの秘密だ。
その一月後にあった文化祭では、他校の奴が未谷にちょっかいを出してたから広猟が見つける前に撃退したが、流石最強セコム。
チラリと耳に入ってきた情報では、聞くも無残な扱われをしたとか。
そして、未谷の所属する声楽部最大の山場のある冬。
学園所有の大聖堂で行われたクリスマス特別合唱会で歌う未谷は絵画に出てくる音楽の女神のようで、改めて惚れ直してしまった。
こうして思い返してみても…いや、思い返してみたからこそ惚れられるような思い出なんて本当に少ないのに、未谷と恋人になれていることに奇跡を感じる。
これからは恋人という立場をおおいに利用して今以上に惚れ直させてみせる。
恋愛も結婚も恒久的な努力が必要不可欠、って従姉も言っていたしな。
何事も行動に起こさなければ始まらない。
まずはデートのお誘いからと、俺はらしくもなく携帯を開いたのだった。
しかし俺は知らない。
一年で一番聖なる夜になるこの日に一人秘かに誓った意気込みは、未谷の思い違いで一年近く役に立っていなかったことを。
初恋成就に浮かれていた俺は気付けないのだった。