第8話 あの童貞、許さない!
その日の放課後、
「富国君まだいるっスか?」
と言いながら、俺たちS組の教室にカバンを抱えた碗力がやってきた。
「お、まだ残ってたっスね。よかったス」
「どうしたんだ碗力? わざわざこっちの教室まできて」
「おう碗力じゃねぇか。オレァこれから富国とゲーセン行くんだ。オメェも一緒に来っか?」
「ゲーセンはノーセンキューっすよ。それより富国君、明日の“代表戦”の準備は出来てるんすか?」
俺の席までやってきた碗力はそう言うと、瓶底メガネを押し上げる。
「え……? だ、『代表戦』だって? なに言ってんだよ碗力、俺たち1年の代表戦は終わったばっかじゃないか」
「ふう……やれやれっスね。今日の昼休みの時、なんか緊張感がなかったから聞いてみたんスけど……どうやらビンゴだったみたいっスね」
碗力は両手を広げて、やれやれとばかりに首を振る。
「いいっスか富国君? 確かに1年の代表戦は終わったっス。でも……まだ代表戦ははじまったばかり――いや、むしろ“これから”が本番なんスよ」
「……どういうことだ?」
「いいっスか富国君、」
訝しむ俺に、碗力が説明をはじめた。
「“1年の代表となった童貞”は、次に2年の代表と闘うことが決められているんス。そこでの勝者が次に3年の代表と闘うっす。そして全ての闘いに勝利した者こそが、晴れて学園のナンバー1童貞、“生徒会長”になれるんスよ!」
「な……なんだって!?」
「だから富国君、君にはゲーセン行ってる暇なんかないっス。これから明日の闘いに備えて作戦を練らなきゃならないんスよ!」
「オイオイ碗力ぃ、ってことはオメェ……次の“相手”がダレかわかってんのかよぉ?」
「当然っスよ阿津鬼君。明日、富国君が闘う相手は自分たちの……いいや、この世に存在する“全ての童貞の敵”っス!」
そう言って強く拳を握りしめた碗力は、その目に怒りの炎を灯す。
碗力がここまで感情をあらわにするなんて、すっげー珍しいな。まだ付き合い浅いけど。
「お前にそこまで言わせる相手……。誰だ? そいつは誰なんだ碗力!?」
「フッ、きっと富国君も阿津鬼君も知ってる奴っスよ」
「もったいぶってねーでさっさと教えやがれ碗力ぃ!」
碗力はくいとメガネを押しあげ、光をレンズできらりと反射させながら答えた。
「……アイドルグループKAN-TOOONのリーダー、六道凜音っスよ。…………オイラたち童貞の……“敵”っス」
女子から年配の女性まで、絶大な支持を受けている男性人気アイドルグループ、KAN-TOOON。
その中でも、とりわけ熱狂的なファンが多いことで知られるのが、いま名前があがった六道凜音だ。
甘いマスクに透き通るような歌声。男の俺から見ても非の打ちどころのないイケメンだが、人気の秘密はそれだけではない。
六道凜音は、芸能人でありながら……まだ“童貞”なのだ。
穢れを知らないイケメンアイドル。
それこそが、六道凜音に熱狂的な女性ファンが多い理由だった。
「そ、そんな……“あの”六道凜音が……お、同じ学校だったっていうのかよ!?」
「なんだ富国ぅ、オメェ知らなかったのかよ? ヤローが学校に来る日はぜってー追っかけの可愛い女の子が校門で出待ちしててよぉ……いーいズリネタになんだぜぇ」
「阿津鬼お前そんなことしてんのかよ」
「へっへっへ、だってよぉ、どいつもこいつも六道センパイの気ぃひこーと露出の多い服着てっからなぁ。記憶が鮮明なうちにコキコキよぉ!」
ドヤ顔で輪っかを作った右手を上下に動かす阿津鬼。
この行動にはさすがの俺と碗力もドン引きだ。友だちやめようかと思うほどに。
「富国君、実は自分……六道先輩を倒すために童貞力を磨いていたんス。六道先輩を自分の童貞力で……殺すつもりだったんス」
「こ、『殺す』ってぶっそうすぎだろ碗力!? でも、どうして?」
「ふっ、自分、六道先輩のことがどうしても許せなかったんスよ。……ちゃらちゃらとファッション感覚で童貞を振りかざす、六道先輩が」
両の瞳に、昏い光りを灯す碗力の話は続く。
「ブサイクに生まれた自分にとって、イケてるメンズはそれだけで赦せない存在っス。生まれ持った容姿だけで童貞を捨てれるアイツらは……自分にとって不倶戴天の敵っス。それなのに……女子がいっぱい寄ってくるアイドルなのに……人気アイドルなのにぃっ! 六道先輩は童貞のままなんスよ! 顔も良い! 売れっ子だからお金だって持ってる! それなのに童貞って……じ、自分みたいなブサイクを馬鹿にしてるんスよ!」
怒りに任せた碗力の拳が俺の机に振るわれる。
手首から痛そうな音が聞こえた。
「だから自分は……自分はこの手でアイツを殺す気だったっス! ブサイクに生まれてきた業を童貞力に込めて、アイツにぶつけてやるつもりだったんスよ!」
俺と阿津鬼が黙りこくるなか、碗力の「はぁ、はぁ、」という荒い息だけが教室に響く。
「オメェの痛み……オレにもわかるぜ碗力ぃ。オレだって、オレだってよ……、童貞を捨てれるんなら捨ててぇ! 童貞力使えなくなってもいいからよぉっ、童貞を捨ててえよっ!」
「そっす。自分たち童貞にとって、『セクロス』とは向こう岸にある花のような存在っス。なのに……それなのにぃぃっ! 手を伸ばせば届く――違う! 向こうから手を伸ばしているにも関わらず、それを振り払いっ! あまつさえ、すまし顔でファッション童貞を続ける六道凜音がぁぁ! 自分には赦せないんスよぉぉぉ!」
「そぉぉぉぉだぁぁぁぁ! あのクソヤローはオレたち童貞の敵だぁぁぁぁ!」
碗力と阿津鬼の二人が肩を組み、天に向かって咆え続ける。
「だから富国君、あの六道凜音をっ、」
「だから富国ぅ! あのヤローをっ、」
怨嗟の想いが込められたふたりの声が、まったく同じタイミングで重なる。
「「殺せ!!」」
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