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ねらわれた童貞学園  作者: どどど、童貞ちゃうわ
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第3話 私の童貞は凶暴です

本日二度目の更新です。

 自分の股間にある情けないモノを見られた俺は、恥ずかしくて堪らなかった。

 そう。顔どころか、体中から火が出る(・・・・)ほどに。


 ……な、なんだ?

 体中が……燃えるように熱い。

 でも、不快さはまったくない。むしろ……心地よくさえある。


「なっ、……なんだよ、そりゃ……?」


 阿津鬼が驚きの声をあげた。

 俺を追いつめているはずの阿津鬼がなぜそんな声を出したのか、その理由が思いつかない。

 不思議に思った俺は、羞恥心から固く閉じていた瞼を、少しだけあけた。

 そこには――


「なっ!? なぁっ!? ななな、火ぃーっ!?」


 燃え盛る炎が、クラス中の視線から俺の股間を守るように渦巻いていた。


「ほう……目覚めたか富国」


 主に俺の股間を包み込む炎を見た幽麒麟先生が、したり顔で呟く。

 目覚めた?

 いま『目覚めた』って言ったのか?

 ということは……この股間に灯った炎こそが、俺の『童貞力』ってことなのかよ?


「せ、先生……」

「ああ。富国、それが貴様の『童貞力』だ。喜ぶがいい。ついにDT細胞が覚醒したようだな。皮かむり(包茎)は元来、水属性や土属性のような防御に秀でた能力に目覚める者が多いのだが……ふっ、火属性とはな。……面白い。実に面白いぞ富国っ!」


 幽麒麟先生が、俺の股間を見ながら興奮したように叫ぶ。

 そんな先生の視線を遮るかのように、俺の股間の炎はひときわ大きく燃え上がった。


「いいか富国、よく聞くんだ。その股間の炎は貴様自身が創りだしたもの。したがって、貴様の意のままに操ることができる」

「あ、操……る?」

「そうだ。深くは考えなくていい。自分の手足と同じように、貴様の思うがままに操るがいい。その炎、上手く使えよ」

「黙ってろセンコーッ!! たがが童貞力に目覚めただけじゃねぇか! ホーケーちんこ見て興奮してんじゃねーぞクソババがぁっ!!」


 阿津鬼の言葉を聞いた幽麒麟先生の目つきが、急に鋭くなる。

 きっと「ババア」って言葉が逆鱗に触れてしまったのだろう。

 幽麒麟先生は難しい年頃なのだ。


「富国、貴様の担任教師として命ずる。阿津鬼を……れ」

「ぶっそーな命令は拒否します。でも……コイツをやっつけんのには大賛成です!」


 俺は天井に張り付けられたまま阿津鬼を見下ろし、叫ぶ。


「やいこら阿津鬼! よくもいままで好き勝手やってくれたな。こんどは俺の番だ!」

「ケッ、童貞力に目覚めたぐらいでもうオレと並んだつもりかよ!? いいか富国? オレはなぁ、生徒会に殴り込み(ぶっこみ)かけるために今日まで童貞力を――オレの力、エアニーを磨きに磨いて鍛えてきたんだ! テメェなんざハナから相手じゃねぇーんだよぉぉぉ!! 死ねぇぇぇぇぇぇ!! 〈空気螺旋衝撃波エア・スパイラル〉!!」


 阿津鬼の操る衝撃波が俺に迫る。

 しかし俺はさっきまでの俺とは違う。股間の炎が示すように、俺にも童貞力が使えるようになっているんだ。

 考えるより先に、本能が反応した。


 股間の炎が前方で燃え広がり、炎でできた壁を創りだす。

 一瞬遅れて阿津鬼が放った一撃が俺を貫かんと迫ってきたが、エア・スパイラルは創りだされた炎の壁に阻まれ、炎に焼かれるようにして消滅していった。


「なん……だと……? オレの、オレの最強の一撃を…………あんなか、簡単にぃ……」


 阿津鬼が驚きから目を見開く。

 俺はそんな阿津鬼を尻目に、全身を――特に股間に強く炎をまといながら教室の床へと降り立つ。


「次は……俺の番だっ!」


 右腕を阿津鬼に向け、手のひらに炎を集める。

 俺は童貞力に目覚めたばかりだというのに、なぜか力の使い方を体で――“本能”で理解していたのだ。誰に教えられることなく、股間を擦ると気持ちがいいと気づいたあの日のように!


「いいぃぃぃっっっけぇぇぇぇぇええええっ!!」


 サッカーボールほどの大きさになった炎の塊を、阿津鬼に向けて撃ちだす。

 弾丸のような円錐状になった炎の塊が、もの凄いスピードで阿津鬼へとすっ飛んでいく。


「ちぃぃぃ!」


 阿津鬼は空気を振動させて火球を防ごうとする。だが、ムダだった。

 轟々と燃え盛る炎の塊は、振動する空気の壁をやすやすと食い破り、阿津鬼へ命中。

 爆発音と共に火の粉が舞い散り、阿津鬼は衝撃で後方へと吹き飛ばされる。


「クッソがあああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 阿津鬼は当たる直前に両腕を交差し、かろうじて直撃を防いだようだが、その体は炎の余波でところどころ火傷を負っていた。

 焼け付く痛みからか、阿津鬼が膝をつく。その呼吸は荒い。


「……もう終わりにしよう阿津鬼。勝負はついた」

 たった一撃を受けただけで、阿津鬼はすでに満身創痍といってもいいほどボロボロだ。

 対する俺は全裸でこそあれ、浅い切り傷と打撲程度のダメージしか負っていない。

 決着の行方は、誰の目にも明らかなはずだ。


「はぁ、はぁ、……クソ…………クソォォォ!! ざっけんなよ! なんだよこりゃ!? なんでだよ!? なんでオレがやられてんだよ!? なんでこんなヤツに……こんな童貞力に目覚めたばっかのヤツにやられなきゃなんねぇーんだよ!? クソがぁぁぁぁぁ!!」


 阿津鬼は悔しさからか、床に拳を何度も叩きつけている。

 力いっぱい握られた握りこぶしからは、血が滴り落ちていた。


「ふっ、阿津鬼、貴様は『童貞力を磨いてきた』、そう言っていたな?」

「……ああん?」


 幽麒麟先生の言葉に、阿津鬼が顔を上げる。


「確かに童貞力は磨けば光り、より先鋭化されるだろう。だがな、童貞力とはまず本能のおもむくままに使い、そしてそこから何年、何十年と時間をかけて鍛えていくものなのだ。股間をこすると気持ちがいい。貴様たち男は考えてから股間のモノのもうひとつの使い道を知ったのか? 違うだろう? 初めは本能のおもむくままに、本能の命じるままに股間をこすり、気持ちよくなったはずだ」

「「「………………」」」


 阿津鬼だけじゃなく、教室中の男子が黙り込み、幽麒麟先生の言葉に耳を傾ける。

 なんだかすっげー気まずい空気がたちこめる中、幽麒麟先生は再びタバコに火をつけ、「ふー」と紫煙を吐き出した。


「童貞力とて同じことだ。たかだか1年や2年、相手より早く目覚めたからといって大した差などないよ」

「じゃ、じゃあっ、オレの……オレの努力はムダだったってのかよ!? 1年間必死こいてエアニーを鍛えてきたオレの努力は……ムダだってぇーのかよぉ!? 答えろセンコー!!」

「やれやれ……落ち着きたまえ阿津鬼。貴様の努力は決してムダなどではない」

「じゃあ――」

「話は最後まで聞け! いいか阿津鬼? そもそも努力というものはだな、何年も何年も努力してやっと報われるかも知れない、という程度のものでしかなんだ。しかもだな、努力した者が必ずしも報われるとは限らない。それこそたかだか1年の努力など、長い目で見ればなにもしていないに等しい。1年程度努力で報われるというのなら、なぜ…………なぜ私には彼氏ができないっ? 私はもう15年以上彼氏を作る努力をしているぞ。それなのになぜできていない? 3日に一度はエステに通っているし、お見合いパーティーにも参加した。結婚相談所にも登録している。相手への希望年収だって、一千万から八百万にまで落としたんだ。なのにっ、なのに彼氏どころかデートにすら誘われない! なぜだッ!? 答えろ阿津鬼!!」

「……先生って彼氏いないんですね」

「黙れ富国!」


 俺のうかつな発言により、鬼の形相となった幽麒麟先生に睨み付けられてしまう。

 視線で殺されるかと思ったのは初めての経験だった。


「それなのに――それなのに同級生たちは次々と結婚していく。この私を残してな! ……気がつけば、私は最後のひとりになってしまっていたよ……。私はこんなにも彼氏をつくる努力をしているというのに、同級生たちはたいした努力もせずに伴侶を見つけている……」


 幽麒麟先生は深い悲しみを湛えた表情で、阿津鬼に向き直る。


「つまり私がなにを言いたいかというとだな。阿津鬼、貴様は富国の生まれ持った才能の前に敗れたのだ。努力の甲斐なく、な」

「さい……のう……」

「そうだ。『才能』だ。直に味わった貴様が一番よくわかっているのではないか? 富国の童貞力の凄さを、そしてその『可能性』を」


 幽麒麟先生の言葉を聞いた阿津鬼が肩を震わせる。


「……クソ、ちくしょ、うがぁ……うぅ……」


 阿津鬼の悔やみ事が嗚咽へと変わっていくのに、それほど時間はかからなかった。


「阿津鬼よ、その悔しさを忘れるな。そして努力し続けるのだな。いいか? 努力は決して貴様を裏切らない。今日敗北しても、次で勝てばよいのだ。そのためにも努力を止めてはならない。この……私のようにな」

「せ、センコー……」

「だからいまは泣け、阿津鬼よ。童貞は泣いて強くなるものさ」

「ふ、ふぐぅぅ……ひっく、ううぅぅぅ……」


 幽麒麟先生の腕の中で、幼い子供の用に泣きじゃくる阿津鬼。

 ってーか、幽麒麟先生のようになったらダメじゃないか? というツッコミは俺の胸の内にそっとしまっておいた。

 それはきっと、クラスの他の連中も同じだろうから。


「よし。では……」


 阿津鬼を落ち着かせた幽麒麟先生がすくっと立ち上がると、教室の壁際に立つクラスの連中を見回し、


「我々1年S組の学級委員は、たったいま富国響兵に決まった!」


 と宣言する。


「異論はないな?」

「「「はーい」」」


 幽麒麟先生の言葉に、クラスの連中が返事を返す。

 こうして俺は、1年S組の学級委員長に“戦出”されたのだった。

 それはつまり、生徒会長になるという、俺自身の夢に一歩近づいたことでもある。ここは素直に喜ぶべきことなんだろう。


「よーし。机と椅子を元の場所に戻せ。朝礼はじめるぞー」


 幽麒麟先生が教卓を叩きながら指示を出す。

 俺はそんな先生にそろりそろりと近づいて、小声でこっそりと話しかける。


「あ、あのー幽麒麟先生。……さっきの戦いで俺の制服がぜんぶ破けちゃったんですけど……」

「ほらほら急ぐんだ。そこ、机を引きずるな! 床が傷つくだろ!」

「いや、だからせん――」

「早く席につけー。じゃあ今日の連絡事項はっと、」


 完全に幽麒麟先生にシカッティングされた俺は、この日、朝礼どころか授業さえも全裸で受けることになり、目覚めたばかりの童貞力で股間に火を灯しながら一日をやり過ごすことになるのだった。

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