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ねらわれた童貞学園  作者: どどど、童貞ちゃうわ
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第19話 まるで童貞の夢を見てるみたい

 コツ、コツと、革靴(上履きじゃなかった)を鳴らしながら歩いてくる六道先輩。


「間にあってよかった。三人とも無事かい?」

「……ああ。な、なんとかな。助かったぜセンパイ」

「まさか六道先輩に助けられるとは思ってもみなかったっス……まるで夢みたいっス」

「結構。響兵くんも大丈夫なようだね」


 俺たち三人の無事を確認した六道先輩は、優しく微笑んだあと、厳しい目を神羅万将へと向ける。


「神羅理事長、ご自分の生徒たちを殺そうだなんて……正気ですか?」

「ふん。ワシに従わぬ者は生徒などではない。十把一絡げな童貞にすぎぬわ。ワシが己の生徒と認めるは、従僕な童貞だけよ」

「そうやって従順な童貞だけを集めるおつもりか? 自由意思を持たぬ童貞など……そんなっ、そんな童貞――奴隷と変わらないではないですか! 童貞な奴隷じゃないですか!」

「クックック、笑わせよる。よいか六道? 男子はみな生まれながらに童貞であり、そして奴隷でもあるのだ。このワシ、」


 神羅万将は両手を広げ、叫ぶ。


「神羅万将のなぁっ!!」


 その神のような振る舞いに俺たちが目を丸くしていると、神羅万将は歯をむき出しにしてにんまりと嗤う。


「かーっかっか!! この地球上に存在する全ての童貞は、この神羅万将の奴隷に過ぎぬわ! そして――」


 耳を圧するほどの声量を発し、六道先輩を見下ろす、


「それはうぬとて変わらんぞ、六道よ」

「な、なんですって?」

「この国の牝犬どもを手なずけるためだけに、ワシはうぬを芸能界などという下らぬ業界に送り出したのだからな」

「ッ!?」

「『あいどる』なとというものはな、突然生まれるものではない。創り出すものよ。金をかけ売り出し、愚鈍な国民どもの目に映る場所に絶えず置いておく。……クックック、“それ”だけでよいのだ。“それ”だけで、『あいどる』も『たれんと』も『すたー』も創れる。金さえあればいくらでも創れるのだ! 馬鹿しかおらぬこの国ではなぁっ!」

「そ、そんなこと……そんなこと芸能界にあるわけ――」

「ない、などと断言できるのか? うぬも感じたことがあろう。実力のない者が大役を掴む理不尽さを。歌唱力のないものがレコードを出す愚かさをっ! 感じたことがないとは言わさぬぞ!」

「くっ……」

「うぬも同じよ。うぬはワシが出資し創り出した虚像にすぎぬ。言うなれば、うぬはワシが育てたのよ!」

「な、なんだって……。僕は……僕は虚像に過ぎなかったというのか……」

「この馬鹿者がぁ! やっと気づきよったかぁ!」

「そんな……じゃあ、じゃあ僕のいままでの努力は……」


 ショックのあまり、六道先輩が膝をついてしまう。


「ふん。うぬの『努力』なんぞ、ただの自己満足に過ぎぬわ。さぞや楽しかったであろうなぁ。『てれび』に出て自分に酔いしれるのは、あたかも――」

「うっせーぞジジイ!」


 神羅万将の言葉を、横から阿津鬼が遮った。


「……なんだとけったいな髪型の小僧。いま、このワシになんと言った?」



「うっせーって言ったんだよ!」

「やれやれ、阿津鬼君、そんなに怒っちゃダメっスよ。あの老害は歳なんすから、耳が遠くなってるんス」

「ほう。うぬら……面白いことをほざくではないか」


 神羅万将の目が細まる。

 きっと標的を六道先輩から、阿津鬼と碗力のふたりに変更したんだ。

 それでも、当の阿津鬼と碗力のふたりは気圧されることなく、六道先輩に言葉をかける。


「六道センパイよぉ。顔をあげてくれよ」

「君は……?」

「オレは阿津鬼。阿津鬼羅刹ってーんだ。そんでこっちのデブは碗力殺芽」

「ったく、『デブ』はよけーっス」


 碗力を無視して阿津鬼が話す。


「いいかよセンパイ。センパイは創られたアイドルなんかじゃねぇ。悔しいけど本物だ。本物のアイドルだ」

「本物の……アイドル?」

「おおよ」


 阿津鬼は一度頷き、続ける。


「だってよぉ、オレの姉ちゃんが本気で恋しちまってるからな! “上北沢のヤンキー狩り”って恐れられてるオレの姉ちゃんがよぉ、センパイの大ファンなんだ。部屋中センパイの写真だらけになるほどによぉ!」

「君の……お姉さんが……?」

「そっスよ六道先輩。自分の母親も先輩の大ファンっス。恋してるどころか、もう愛しちゃってるっス。自分にまったく愛情を注いでくれなかった母親が……

いや、だからこそ……自分が受けるはずだった愛情まで、全部先輩が――トップアイドル六道凜音が持っていったっス!」


 憎しみのこもった目を向け、悲痛な想いを吐露する碗力。


「だから先輩、立つっス。トップアイドルが膝をついていいのは……」

「スクリーンのなかだけだぜ、センパイよぉ!」

「羅刹くん……殺芽くん……」

「さあ、立ってくれよセンパイ!」

「立つっスよ! 六道先輩はトップアイドルなんですから!」

「君たち……うん、そうだな。その通りだ!」


 ふたりの言葉を受けて、六道先輩が立ち上がる。


「僕はもう迷わない。日本のトップアイドルとして、なによりひとりの童貞として――」


 立ち上がった六道先輩は、神羅万将に指をつきつけ、


「神羅理事長、貴方を止めてみせる!」


 と言った。

 直後、神羅万将の顔が怒りで歪む。


「ほざいたな、虚像の分際で!」

「たとえ仮初であったとしてもっ、僕はアイドルだ! KAN-TOOONのリーダ、六道凜音だ! トップアイドルは決してあきらめない!」

「そうだぜセンパイ! それでこそよぉ!」

「まったく、手のかかるアイドルさまっス」

「羅刹くん、殺芽くん。三人で力を合わせるぞ!」

「おおよ!」

「りょーかいっス!」


 三人は、六道先輩を先頭に三角形のフォーメーションを組む。

 右後方に阿津鬼で、左後方に碗力だ。


「防御は任せたまえ。僕の〈選択できる未来(ザ・フューチャー)〉で君たちに傷ひとつ負わせはしない!」

「頼もしいぜセンパイよぉ!」

「阿津鬼君、やるっスよ!」

「ふん。馬鹿どもが……」


 童貞力を高める三人を前にして、神羅万将の眉間に深いしわが刻まれる。


「ならば見せてやろう。ワシの真の童貞力を!!」


 光の粒子が集まっていき、人型に形成されていく。


「また石像っスか? でも自分の童貞力で――」

「待ちたまえ殺芽くん! なにか様子がおかしい」

「んだぁ……ありゃ? ……お、女……だと?」


 さっきの石像とは違い、こんどの人型は柔らかそうな曲線を描いていく。


「クックック、その通りよ。うぬら童貞が求めてやまぬ……女よぉ!」


 光りが収まると、突如として神羅万将の両サイドに、十人もの美女があらわれた。

 いったいどこから出てきた――違う。この美女たちは……創り出されたんだ!


「さて、童貞どもよ……」


 森羅万象がパンと手を叩くと、両脇の美女たちが歩きだし、阿津鬼たち三人に近づいていく。


「お、女なら攻撃できないとでも思ってんスか!?」

「さて、どうかのう?」


 不敵に笑う神羅万将が再び手を叩く。

 すると、信じられないことに美女たちは一斉に着ている服を脱ぎ始めたじゃないか!?


「な、なななな、な!?」

「ちょ、マジっスか!?」

「くっ、僕たちを誘惑するつもりか!?」


 下着姿になった美女たちが三人に抱き付いていく。

 クソ! ひとりくらい俺に来てもいいじゃないか!


「羅刹くん! 殺芽くん! 心を強く持つんだ! 絶対に童貞を奪われるんじゃないぞ!」

「でもよぉ……でもよぉ……お、女が、しかもかんなにマブい女がオレに……」

「鼻の下伸ばしてる場合じゃないっスよ阿津鬼君! あの老害はこの女たちを使って自分たちの童貞を奪う気っス!」

「殺芽くんっ、正気を保てているのかい?」

「これぐらいなら余裕っスよ六道先輩。なんせ、自分はロリコンっスからね。性の対象は14歳までっス!」

「君はロリコンだったのか!? だ、だがこの場合は心強い!」


 碗力のとんでもないカミングアウトに度肝を抜かれるが、この非常事態ではその特殊性壁が功を制したみたいだ。


「ほう。そこの童貞はお稚児がよいとな。なら……“これ”でどうだ?」


 碗力に抱き付いていた美女の体がみるみる縮んでいき、小学校低学年ぐらいの幼い体つきに変わる。


「な!? なにをしたんです神羅理事長!!」

「ま、まずいっス六道先輩……このたち……自分のドストライクっス」

「クックック、驚いたか? この程度、ワシの童貞力のほんの一端に過ぎぬわ」

「神羅理事長の……童貞力」

「そう。ワシの童貞力、それは――」


 神羅万将は両手を広げ、この場にいる全ての者に誇示するように声を張り上げる。


「己の想い描いた妄想を現実世界に具現化できる能力(童貞力)、その名も〈完全なる妄想世界パーフェクト・ワールド〉!! そこにおる女どもはすべてワシの創り出した妄想よ!」


「妄想……ですって? この女性たちみんな?」

「マジかよ。じゃあなんで妄想なのにこんなに柔らかくて……こんなにあったけーんだよっ、クソが!」

「妄想の具現化……そ、そんな、そんな童貞力……卑怯じゃないっスか。勝ちようがないじゃないっスか……」

「カーッカッカ!! やっと理解したか馬鹿者どもめ! 万の童貞を率いる将に相応しい童貞力を持つ、この神羅万将に逆らう愚かさを!!」


 それは、勝利宣言にも等しかった。


「さあ童貞どもよ。冥途の土産だ。ワシの創り出した女共を……好きにしてよいぞ」

「んなっ、なんだって!? マジかよジジイ?」

「そこの女どもは姿形はあれど、所詮はワシの童貞力で生み出した妄想にすぎん。“本物”の女ではない。つまり……いくら抱こうとも決して童貞は失われぬ。そう! 自慰行為でしかないからなぁ!」

「「「ッ!?」」」


 三人は同時に、ゴクリと喉を鳴らした。


「じゃ、じゃあ……ヤリ放題ってことかよ……マジか」

「よ、幼女に自分の……」

「ダメだ! 羅刹くん! 殺芽くん! 自分をっ、そして童貞を見失うな!」

「うぬも抱いてよいのだぞ。六道よ」

「お断りします! 僕はアイドルだ。たとえ仮初の存在であったとしても、不特定多数と淫らな行為なんかできっこない!」

「うぬの粗末なイチモツに文句を言わぬ存在であったとしてもか?」

「なッ!?」


 神羅万将の言葉に、六道先輩が言葉を失う。


「考えてみるがいい。己の劣等感コンプレックスも、性癖も、その全てを受け入れてくれる女が、ほれ、そこにおるのだぞ? これほどの機会……二度とあるまい」

「…………」

「じ、ジジイ――じゃなくて、オイ理事長さんよ!」

「なんじゃ、ヘンテコ頭?」

「こ、この女オレに抱きついてる女たちを『ギャル』にできねーか? 金髪パッキンで小麦色に焼けたギャルによぉ! あとできれば服も着せてくれ! 脱がすとこからはじめてーんだ!」

「ふん。それぐらい容易いわ」


 神羅万将が指を鳴らすと、阿津鬼を囲んでいた女たちがギャルへと変わる。しかも、JK(女子高生)・JD(女子大生)、キャバ嬢と、各種ギャルが取り揃う。

 クソ! みんなエロイ顔してるぜ。


「うっひょーーーー!! ったっまんねぇなぁオイ!!」


 おっぱいの大きいJDの胸に顔をうずめた阿津鬼が歓喜の声をあげる。

 正直羨ましい。できることなら代わってもらいたい。


「ぼ、僕を受け入れてくれる……女性」

「幼女……合法幼女……」


 三人が三人とも自分に抱きつく女たち(妄想)に心奪われていく。

 俺はやっと動けるようになった上体を起こし、そんな三人に向かって呻くように声をあげる。


「だ、ダメだみんな……神羅万将の童貞力に呑まれちゃダメだ!」

「そうよ。坊やの言う通りだわ」


 怠惰な空気を引き裂くように、体育館に心地よい風が吹いた。

 風は、やがて真空の刃となり、阿津鬼たち三人を取り囲む女たちを切り裂いていく。


「むう!?」


 神羅万将が少しだけ目を見開く。

 阿津鬼たち三人は風の刃に切り裂かれ、光りの粒子に変わった女たちを見て、やっと正気を取り戻した。


「いやになっちゃうわ。童貞(お子さま)たちはすーぐ性悪女にひっかかっちゃうんですもの。でも――」


 背の高い人影が、足音を響かせながら進み出る。


「一番悪いのはあなたですわね。ねぇ、お義父とうさま」


 腰をくねらせ、まっすぐに神羅万将を見据える男子生徒。

 俺は、そして正気に返った阿津鬼と碗力に、六道先輩もその男子生徒を見て、同時に叫んだ。


「「「「風の股しゃぶ郎っ!!」」」」

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