第18話 童貞の海
「碗力ぃっ!」
「っス! 〈氷の道〉!」
阿津鬼の呼びかけに応じた碗力が、床に手をつけ叫んだ。
俺と碗力の間を直線的に結ぶようにして、床板が凍りついていく。碗力の童貞力によるものだ。
「おらよ!」
阿津鬼がが片手で俺の制服を掴み、放り投げる。
投げられた俺は凍った床板のうえに落ち、そのままカーリングのように滑って碗力の元へ辿り着く。
「碗力ぃ! 富国のことは任せたぞ!」
「っス! でも阿津鬼君は――」
「オレに構うな! オレは――オレはこのジジイに一発上等くれてやんだよぉぉぉ!」
「ほう……うぬもワシに挑もうとするか」
「ケッ、ったりめーだろうがよ。テメェみてーなムカつくジジイ、このオレがぶっ殺してやんよぉッ!」
「くっくっく、未熟者の分際でよく吠えるわ。いいだろう。面倒だが……ちと駄犬を躾てやるか。その命を持ってしてなぁ」
「ヘ、やってみやがれ! はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
阿津鬼が童貞力を高めると、手のひらに集まった空気が振動し、「きぃぃぃん」というかん高い音が響く。
その耳障りな音に、誰もが顔をしかずにはいられなかった。
「ほう? して……それをどうするつもりだ?」
「ケッ、黙って見てやがれ。……っくぜぇぇ!!」
阿津鬼が胸の前で手を打ち合わせたその瞬間、見えない“何か”が神羅万将に向かって飛んでいく。
「むう!?」
その何かが着弾し、床板を削りながら神羅万将を後方へと吹き飛ばした。
なんて威力だ。
「どうだ! オレ様の新必殺技、〈音の槍〉の威力はよぉ!!」
「見事っス阿津鬼君! 計算以上の威力っス!」
「へへ、おめぇのおかげだぜ碗力。この、〈音の槍〉を使えるようになったのはよぉ!」
「そんなことないっス。阿津鬼君の努力の賜物っスよ」
親指を突き立て、互いに頷き合うふたり。
俺の知らないところで特訓でもしてたんだろうか。正直、ハブられたみたいでちょっと悲しい。
「ど、どーゆ……ことだ……?」
「富国君、もう喋れるっスか!?」
「あ……ああ。な、なんとか……な」
「よかったっス! もう安心していいっスよ。阿津鬼君の新必殺技で、あの老害は滅んだはずっス!」
「し、しん……ひっさつ、わざ……?」
「そっス」
碗力は一度頷き、人差し指を立てて説明をはじめた。
「阿津鬼君の童貞力である〈空気振動摩擦〉の特性を活かし、圧縮した空気のなかで超音波を高速反響させ、指向性を持たせて撃ちだす音の槍っス。威力は……ご覧の通りっスね」
見れば、神羅万将がいた場所には大穴が空いている。
これだけの威力だ。ひょっとしたらあのジジイは跡形もなく消え去ったのかも知れない。
「阿津鬼君はDQN特有のバカっスけど、その童貞力だけは侮れないっス。自分がちょっとアドバイスしただけで……アレだけの破壊力を生み出せるんスから……」
「見たか富国、オレさまの新必殺技をよぉ! つぎ闘う時は負けねぇからな!」
「ほう。貴様は『次』があると思うておるのか」
俺を指さし笑う阿津鬼の背後で、巨体が身を起こした。
「なに!?」
「クックック、なるほどなるほど。阿呆の童貞でもその力の使い方を教えてやれば、これほどの威力を生み出せる、か。……ワシとしたことが、よもや年若い童貞に学ばされるとは思わなんだ」
神羅万将が、何事もなかったかのように服の汚れを払いながらそう言う。
「な……そ、そんな……」
「んん? どうした金ぴか頭よ。なにをそんなに驚いておる? よもやワシを倒した、などと思っておったわけではあるまいな?」
「くっ……」
「貴様は童貞の新たな可能性をワシに示した。褒美をくれてやろう」
そう言った神羅万将の両脇に、武器を持った筋骨隆々な男の石像が創り出された。
「ほれ、受け取るがいい」
「クソ! なっめんじゃねぇぇぇぇ! 〈音の槍〉!!」
阿津鬼は剣を振りかざす石像を〈音の槍〉で攻撃するが、破壊しても破壊しても石像はすぐに修復されていく。
「もう見てらんないっス!」
俺を仰向けに寝かした碗力が駆け出す。
「壊してダメならその動きを止めてやるっス! 〈試される大地〉!!」
碗力が童貞力を解放し、周囲がピシピシと音を立てて凍りついていく。
「碗力ぃ」
「こいつらは自分に任せるっス! だから阿津鬼君は老害をっ!」
碗力の童貞力で石像が凍り付き、その動きが止まる。
隣に立つ阿津鬼が凍り付いてないってことは、俺と闘った時と違い、目標物のみ凍らせることができるようになったってことか。
阿津鬼だけじゃなく、碗力も腕をあげている。これもふたりだけでやってた特訓の成果ってやつか?
再び、俺の心を一末の寂しさが襲った。
「いまっス阿津鬼君!」
「おうよ! こんどこそくたばれっクソジジイ! 〈音の槍〉ッ!!」
碗力の加勢で“溜め”ができたからか、いままでで一番の威力を秘めた音の槍が神羅万将を襲う。
阿津鬼が放つ乾坤一擲の攻撃。
床板を渦状に巻き込みながら進む音の槍を前にして、しかし神羅万将は悠然と腕を組んだまま微動だにしない。
「クックック、馬鹿め」
その一言と共に、あれだけの威力を秘めた〈音の槍〉が見えない壁に阻まれる。
「な、なん……でだ? なんでオレの攻撃があたらねぇんだ!?」
「うぬの技が“音”だというならば、空間に多重断層を創れば伝わりようがあるまい。ワシはそれをしたまでのことよ」
「クッソ! わけわかんえぇ! どうーゆうことだ碗力!? 説明しろ!」
「自分に説明できるわけがないっスよ。『空間を創る』って……いったいどうやればそれができるって言うんスか!?」
「うぬらに説明など無用であろう。なぜなら――」
神羅万将の背後に黒い光りの粒子が集まり、数多の球体が創られていく。
黒い球体はパチパチと紫色の稲妻を纏い、神羅万将の周囲を旋回する。
「ここで死ぬのだからなぁ」
稲妻を纏った黒い球体が、碗力と阿津鬼に向かって一斉に飛んでいく。
「死ねい、俗物が」
黒い球体一つひとつに恐ろしいまでの童貞力が込められている。直撃を受ければ死ぬどころか、消し炭になったっておかしくはない。
それが無数に――死を振りまく破壊のエネルギーが、俺の友達である阿津鬼と碗力に迫る。
その強大さは、まるで海のように底がみえない。
「〈振動防御壁〉!」
「〈氷の壁〉!!」
「そんなもので防げるものか、馬鹿者め!」
黒い球体は阿津鬼と碗力が全力を込めて創った防壁をあっさりと撃ち破り、直進する。
「あ、阿津鬼、碗力!」
俺は叫ぶ。まだ回復していない体では、ふたりに向かって手を伸ばすことも出来ない。だからせめて声を張り上げたんだ。
「富国……ワリィ」
「申し訳ないっス。富国君」
ふたりが俺に顔を向け、弱々しく笑う。
「おめぇは……死ぬなよ」
「逃げるっス。富国くん」
「阿津鬼ぃー!! 碗力ぃー!!」
そしていくつもの黒球がふたりに向かって降りそそ――
「〈選択〉悪しき童貞力は何者にも当たらない」
――がなかった。
黒球はふたりの体を避けるようにすり抜け、背後で爆発する。
イケメンボイスに紡がれた言葉が“力”を持ち、その能力を解放した結果だ。
「むう……」
眉根をよせる神羅万将の視線の先に、その男はいた。
「神羅理事長。僕はひとりの童貞として、そしてこの国のトップアイドルとして、貴方の蛮行を見過ごすわけにはいかない」
「うぬは……」
崩れ落ちた天井から降り注ぐ太陽の光スポットライトのように浴び、キラキラと輝く男子生徒。
ふり返る阿津鬼と碗力、そして未だ動けない俺は同時に声を重ねた。
「「「六道先輩!!」」」
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