選択が間違っていたことを知った……が既に手遅れでした
診断メーカーの「お題をひねり出してみた」をした所。
藤里へのお題は『選択が間違っていることを知った』です。 http://shindanmaker.com/392860 とでたので書いた話です。
一部の人の胸をチクチク刺す仕様になっております、お心の準備を……
まぁ簡潔に言いうと、私こと鳳凰院麗華は記憶持ち転生者である。そして転生先は自分が15歳の時に小説家になろうに投稿した小説だった。
内容は学園もの。俺様ひねくれ学園王子(金持ち♂)ついでにその取り巻き(金持ち♂)と奨学金で入学してきた主人公(貧乏♀)のドタバタ学園ラブストーリ。でもそんな王道ストーリの数歩上を行こうと、そりゃ無茶な設定を練り込んだのだった。
例えばひねくれ学園王子は養子で、家で意地悪な姉に虐められたため少し性格が歪んでいる。その上に右目が邪目の半妖というファンタジーな生き物だ。取り巻きの一人は実は陰陽師の末裔で半妖の学園王子の命を狙っている。極めつけは主人公はその身にすごい力を隠し持っていて、愛によりその力を覚醒させることができる。主人公が愛を自覚したその時、浄化の光がほとばしり全ての妖怪が消し飛ぶとかそれはそれはもう色んな設定をぶち込んだのだ。サブのキャラにも設定を盛りだくさんにつけたため書いている本人も忘れた設定が大量にある。とにかくちょっぴりティーンなお年頃の小説でした。
そんな小説の中に転生してしまった私。皆さん、この恐怖がわかりますか。前世での二十歳までの記憶プラスこちらの世界での年齢の記憶、そのお陰で精神年齢は結構な大人になってしまった私。それなのに毎日のように黒歴史とも言える小説の設定を見せつけられるこの地獄。
そこまではいい、そこまでは何とか耐えれた。それにいつの間にか慣れていった。たとえ学園王子の姉として産まれてしまい、毎日自分が作った痛い設定の中で、日に日に中二病をこじらせていく弟を見る事になっても耐えれた。
義理とはいえ弟が、原作者の目の前で「世界は俺を拒むのかっ、俺は世界に拒まれたのかっ。ははイイだろう、喜べ混沌よっ」と雨の中なんの脈略もなしに叫びだした時も、そしてその台詞も舞台も全て自分が考えた内容であっても、弟が投げ出した傘をそっと拾い、ご近所の目を気にしながら羞恥心で引きつる頬を無理やりあげて微笑みながら見てやる事が出来た。
ただ一つ、私には耐えられない事があった。それは私の未来だった。そう、悪役の鳳凰院麗華はこのお話の終わりに悲惨な目に遭う予定なのだ。物語のクライマックスに衝撃的な展開を入れようと思ったあの頃の私は、最後のほうで鳳凰院家が没落するという話を書いてしまったのだ。
第一秘書であった木城に会社を乗っ取られ、それを悲観した鳳凰院麗華の父、母、そして麗華自信が、何を思ったか3人仲良く爆薬を片手に鳳凰院家が所有していた会社ビルを占拠。結局、弟の活躍で逮捕され、麗華は少年院に送られる事となる。その後麗華はバイオレンスな人生を歩み始めてしまうという衝撃の展開。よくまぁそんな事を考えたよあの頃の私は。
とにかくそれを回避するために私が出来る選択肢は少ない。親が爆薬をもって占拠するのを弟サイドで傍観するか、両親がそんな事をしないために何かしら手を打つか、もしくは木城を殺るか。
用心に越した事はない。私は全ての手を打つ事にしたのだった。とうぜん人を殺したら即逮捕、問答無用で少年院行きだ。なので木城を会社の経営に関わらせないようにするためお嬢様の我がままを行使した。
私が5歳の時に父が15歳の木城を拾ってきた。初めましてよろしくね、と爽やかな笑顔で挨拶してくる木城をみて恐怖におののいた。自分が設定したとはいえ齢15歳で完璧に自分の腹黒本性を隠していた木城。恐怖の大王ここに現れると心底思った。
正直、関わり合いになどなりたくなかった。けれど父が木城を自分の秘書にするために育てると言いだし、私は背に腹はかえられないと、父に甘え縋り目一杯娘の可愛さを披露してなんとか木城を自分の執事としたのだった。
あとは用心のために自身の手に職を付けることにした。幼い頃から洋服のブランドを立ち上げ自力で生活できるだけの収入は十分確保できるようになった。所詮私が作った世界、服のセンスなんてあの時の自分の好みを思い出せば、あっという間に人気ブランドになった。
「アビスからの声がっ俺を、俺を闇に誘おうとしているっ」
朝の穏やかな日差しが差し込むリビング。紅茶を優雅に飲む私の目の前で弟が何やら不可解なポーズをとりながら叫んでいた。将来を変えるために奔走する私には弟を虐めてあげる暇などなかった。お陰で弟はひねくれもせずまっすぐな中二病少年に育ってくれた。影が無い中二病少年のなんと痛い事……
「くそっ、アイツを守れないこんな穢れた妖力など……神は俺に何を望むっっ」
大声で叫んだ後、弟はリビングの窓を開けずにそのまま飛び出していった。つまりは窓を突き破っていったのだ。どうやら弟のテンションも最高潮、彼の恋愛憎悪劇もそろそろクライマックスのようだ。
「麗華お嬢様、お怪我は?」
弟の奇行など慣れっこの私が、割れたガラスで反射する光を肴に紅茶をすすっていると、木城が私の体の安否を確かめ始めた。見ればわかると言うのにわざわざ上から下まで触って確認する木城。脇役の設定など既に覚えてないけれど、木城の設定にスキンシップが激しいなんて入れたのかもしれない。この世界、いちいち細かい事を気にしていたら生き残れないと早いうちから割り切ったので、木城の過剰スキンシップなど日常行事、慣れっこである。
「怪我、平気よ。それよりそこのガラス片付けて」
「麗華お嬢様のご命令通りに」
元々会社を乗っ取るほどの切れ者設定の木城だ、ガラスの片付けをテキパキと他の者に指示しあっという間に片付けてしまう。こんなに優秀なのに小娘の執事として暮らすのは屈辱ではないのだろうか。
そろそろ木城を解放する時かもしれない。先ほどの弟の様子からすると、弟と主人公といい感じくっつきそうだ。多分今日か明日で主人公と弟の間に愛が芽生えて、ついでに主人公の力が発動する。そして弟の体からは先ほど自分でいらないとわめいていた妖力は消え去る。その後2人は抱き合って空を見上げて将来を誓い合うのだ。そして物語終了。
「ねぇ、木城。そろそろ貴方を私のお守から解放してあげないとね」
「いえ結構です。私はこの仕事を天職だとおもってますので」
ニコリと微笑むその笑顔は完璧だ。この男の本性を知らなければそれが彼の本心だとおもうだろう。だが原作者である私は違った。騙されない、騙されてはいけない、この男は笑顔の裏で何を考えてるかわからないキャラなのだ。笑顔の時ほど怪しいと疑うべきなのだ。現に私の胸はドキドキいい始めている……多分恐怖のあまりに。
「嘘おっしゃい。私は騙されないわよ、この腹黒野郎」
「お嬢様、お嬢様がそんなお言葉を口にしては……」
「木城だってもっとガラが悪いはずでしょ」
驚いたように私を見る木城、何故知ってるのかと思ってるかもしれないが、私が作った設定だから知ってて当然なのだ。木城は幼い頃スラム街で過ごし、金と力が無いために大事な仲間を亡くすという辛い体験をしている。そのせいで金持ちを嫌悪しており、そして金と力に強く固執している。出生の場所の性質上、人を信じられず、でも心の奥では信じたいと思っている。というなんだかちょっと影のあるうえに性格も複雑なキャラなのだ。他にも15歳の私には考えられないシリアス設定を色々持っている。実は大好きな漫画の脇役キャラの設定を拝借したのだった。
「木城、無理やり執事にしたのは悪かっわ、でも父の会社を乗っ取られたら困るのよ」
「何の話か私にはさっぱり」
私は原作者なのだ隠しても無駄なのに、あくまでもとぼけるつもりの木城。私はそんな木城を無視して話を続ける。
「父に木城を追い出してほしいって頼もうかとも思ったの、でもそんな事をしたら別の手でうちの会社をつぶしにかかるでしょ」
「お嬢様はご冗談がお好きだ」
相変わらず爽やかな笑顔を貼付けながら、私の手から飲み終わったティーカップをそっと取り上げる。そのタイミングは完璧。こんなに最高のタイミングで給仕する事が出来る執事を手放すのはもったいないと思うけれど、腹黒男を側に置いて牛耳る事ができるほど私は賢くない。
「木城、貴方に会った時は私はまだ子どもで、父に貴方の危険性を伝えた所で相手にしてもらえなかったでしょう。だから私の側において会社経営に関わらないようにさせてたのでも…」
結構侮辱的な事を言われているにもかかわらず相変わらず笑顔の木城。その笑顔をみて私の第六感が警報を鳴らす、やっぱりこの男なにを考えているのか判らなくって怖い。警戒心を露わにする私などおかまい無しに、木城はフキンをもってきて私の口を軽く拭く。
木城は出来た執事だけれども過干渉の気がある。いくら自分で出来ると私が言っても木城は譲らない。食事やお茶の後こうやって口を拭くだけじゃない、髪の毛を洗うのも乾かすのも梳かすのも木城がする。体を洗われるのは17歳のとき泣いて拒否したので今はない。お嬢様生活などした事が無い私が描いた世界だから、偏見に満ちたお嬢様生活が展開されても仕方ないと原作者として何とか耐えてきた。
木城を解放といったけれど、実は私が木城から解放されたいと思っている事も事実だ。……無駄にいい男の木城に最近ときめきそうになる。自覚はある、木城が気になってしょうがない。これはまずいのだ、このままだと恋に落ちてしまう。こんな腹黒にときめいたら少年院バイオレンス人生よりもある意味危険な人生を送る羽目になりそうだ。
「でも……なんですか、お嬢様」
なんだかその声にはまるで上の立場から見下し笑っている様な色を感じる。きっと他の人間が聞いたらいつもと変わらないこえだとおもうのだろうけど…
「でも私は今度二十歳になるし、もうすぐ会社の経営にも関われるわ。貴方が何処に行って何をしようが回避できるはず。だから、もう貴方を無理やりここに引き止める必要がないのよ」
異様にパーソナルスペースが近い木城が私のすぐ側に立つ。もうかれこれ10年以上の付き合いのため大分なれたけれど、元生粋日本人の私にはこの距離間はかなりきつい。木城はそれを知っていてワザとやっている気がする。からかわれるなんてプライドが許さないので必死に平常心を保つ。
「つまり、解雇すると言う事ですか」
「ええ」
爽やかな笑顔を向ける木城に対抗して私も最上級のお嬢様笑顔を向ける。きっと窓の外からこの様子を見た人は穏やかな会話をしていると思うだろう。でも私には見える、お互いの後ろにそびえ立つ「ゴゴゴゴゴゴゴ−」という音が。
「残念です。お嬢様」
「あら、私も木城の様な優秀な執事がいなくなるなんて残念だわ」
「いいえ、そういう意味の残念じゃないんですよ……麗華お嬢様」
お互い笑顔は一切崩さず、木城は氷の様な冷気を放ちだし、その冷気の直撃を受けた私は体中から汗が噴き出していた。
「残念です。もう少しの間はお嬢様のよい執事でいて差し上げたかったのに」
「はい?」
意味が分からず思わず聞き返す。目の前の男、木城は相変わらず爽やかな笑顔のままだ。
「残念ながらお嬢様。鳳凰院は既に乗っ取らせて頂きました」
「……っ、そそんな事できるわけ……」
「お考えが甘いですよお嬢様。会社に行かなくても経営には携われますし、株などの売買もできます」
「ま、まさか」
もしかして、無い脳を振る回転させ精一杯木城を引っぱり回して来たはずなのに、全て意味が無かったと。
「二十歳そこそこの、たかが2流大学経済学部のお嬢様が急に会社の経営に携われるわけないでしょう」
「で、でも、今度から役員会議に出てもいいと、お父様が」
「ええ、社長である私がそうして欲しいとお願いしましたから。それに、私に逆らえる役員達はいませんからね」
「う、嘘よ」
木城の笑顔は崩れない、けれど私はもう笑顔でいる事ができなかった。必死に回避してきたのに、あの少年院バイオレンス人生は避けられないの。
「お疑いでしたら、あとで証拠の書類をお持ちしますよ。……さてお嬢様」
そういうと木城は白い手袋をゆっくり外しながら腰を曲げ、ソファーに座る私と顔を向かい合わせる。設定とはいえ非常に整ったその顔でジッと見つめられるとなんだか苦しくなってくる。それに近すぎる、もっとパーソナルスペースについて考慮してほしい。
「お嬢様の父君は、今は会長という席に座っていますが、先ほども言った通り私に逆らえる役員達はいません。意味はおわかりですね」
口元は笑みをたたえたまま、まるで獲物を狙う肉食獣の様にスゥッと目を細める木城。私は今から食べられる獲物になった気分だ。しかも恐怖なのかなんなのか体が動かない。
「お父様の首は貴方次第……」
「そのとおりです。私が一言言ったら、父君は仕事も名誉も無くし……貴女と母君とともに爆薬を持ってビルを占拠してしまうかもしれませんね」
「……な、なんでそれを」
それは私が書いた小説のシナリオ、他の人が知るはずも無いのに。
「お嬢様は眠ると、とてもお喋りになられるので」
ニコリと花がほころぶ様な笑顔を浮かべる木城。なんで私の寝言を知っているのよと、頭の中で木城警戒警報が鳴り響くが既に遅し。
「わ、わ、私にどうしろと」
「私はお嬢様のお世話をするこの仕事を天職だと思っているんです。なので……」
「な、なので?」
ただおうむ返ししか出来ない私の顎に木城がそっとふれ、それはそれは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「一生お嬢様のお世話をさせてくださいね」
「わ、わ、わ、わ、私の世話なんて面白くもないでしょ」
「そんな事はありません」
「き、き、木城もいい年だからけ、け、結婚しないと。奥様ができたら私の世話どころじゃなくなるわよ」
私のその言葉に、さらに木城の笑みが深まる。同時に私の中でなり響いていた木城警戒警報がピーッボコンと音を立てて壊れた。地雷を踏みました。
「そうですね、私もいい年なので……結婚しましょう、お嬢様」
ニコリと極上の笑顔を浮かべる木城、そして私は本能的にもう逃れられないと悟った。
「どこで、どこで間違ったの……」
いつの間に木城は私の横に座り、私を抱きしめる。がっちり掴まれた私は逃げる事も出来ずただ抱きしめられながら、窓の向こうで弟と主人公から発せられたであろう愛が芽生えた証の浄化の光を見たのだった。全ての妖魔や邪悪な存在を消す光がこの世界を一瞬だけ覆う。残念ながら浄化の光は木城を浄化してはくれなかった。
「誰も見抜けなかった私の本性に気がついてしまったのが間違えでしたね」
私の疑問に答えるかのように木城はそれはそれは嬉しそうに私の耳のすぐ側でそう呟いたのだった。
『このとき私は自分の選択が間違っていたことを知った』
……木城に関わるんじゃなかった。