表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

戦艦『大和』撤退援護

 レイテ沖海戦の序盤、栗田健男提督率いる第一遊撃艦隊がシブヤン海を東進している時、戦艦『大和』は米軍艦載機の集中攻撃を受けてのた打ち回っていた。排水量六四〇〇〇トンを誇り、隣を進む戦艦『長門』がまるで巡洋艦のように見えるほどの巨体は、米軍艦載機乗りたちの注目を集めずにはいられなかったのだ。その意味では姉妹艦の『武蔵』も条件は変わらなかったが、彼女は栗田提督の座上する旗艦であるため輪形陣の中央におり、僚艦の支援が効果的に受けられたことが明暗を分けた形となった。

 五波にわたる空襲により、『大和』が被弾した魚雷の数は実に十五本。機械室のほとんどとボイラーの過半を失い、艦橋基部への大型爆弾の被弾により宇垣中将以下戦隊司令部と艦の首脳も失ったため一時は放棄すら考えられた彼女であったが、乗員の決死の復旧作業によりかろうじて一命をとりとめ、コロンもしくはブルネイの泊地へ後退することになったのだ。

 戦艦『大和』一隻が被害担当艦となり空襲による被害を免れた栗田艦隊と別れ、彼女は後退する。スクリュー四軸のうち半分の二軸しか動いておらず、合計数万トンを超える浸水を抱えて十ノットを出すのがやっとの艦体を引きずるように航行する『大和』には、護衛として駆逐艦『清霜』と『浜風』がついた。


 レイテ沖海戦が日本の大敗に終わった翌日のこと、志摩艦隊から分派されてきた木村艦隊と、撤退中の栗田艦隊から分派されてきた二隻が相次いで『大和』と邂逅。その場の最上位者は木村昌福少将であったため、駆逐艦に乗った少将が戦艦を含む艦隊の指揮をとるという事態が発生した。

 この時木村提督の指揮下にあったのは以下の艦である。


 戦艦『大和』

 重巡『鞍馬』『摩耶』

 駆逐艦『不知火』『潮』『霰』『清霜』『浜風』『島風』


 この内、元から『大和』を護衛していたのが駆逐艦『清霜』『浜風』、志摩艦隊からの分派が重巡『鞍馬』と駆逐艦『不知火』『潮』『霰』、そして新たに撤退中の栗田艦隊より分派されたのが重巡『摩耶』と駆逐艦『島風』である。

 こう書くと、栗田提督が『大和』に申し訳程度の護衛を差し向けて自分は先に逃げた臆病者のようにも見えるが、それは事実ではない。確かに、作戦開始時栗田艦隊は戦艦五隻重巡十隻と強大な戦力を誇っていた。だが、戦艦や重巡などの主力艦は小回りが利かない。ゆえに、十分な数の駆逐艦がいなければ、具体的には主力艦一隻あたり二隻程度の駆逐艦がいなければその力を発揮できない。そして、栗田艦隊にあった駆逐艦は十四隻。軽巡『阿賀野』『能代』も居たには居たが、どう考えても十分ではない。その後、サマール沖での戦闘が終わった時点で重巡六隻と軽巡一隻が沈没し、戦艦と重巡の一隻づつが既に落伍してそれぞれ駆逐艦二隻を伴い後退。さらに、巡洋艦以上のほとんどが何らかの損傷を負い、駆逐艦の半数以上が燃料不足に陥っていた。つまり、額面とは裏腹に、栗田艦隊は唯一無傷の巡洋艦と最も航続距離に余裕のある駆逐艦を派遣していたことになる。

 さて、彼らが一同に会したのは昼過ぎのことであった。先ほど先行する栗田艦隊から空襲を受けたと知らされたことや、敵艦隊の推定位置と敵機の航続距離を考えると、あと一度か二度ハルゼー艦隊は空襲が可能であり、かつ栗田艦隊がハルゼー艦隊の攻撃圏内から逃れたと想定されることから、おそらく二波程度の空襲が『大和』に対して襲来することになるだろう。一応、大西中将指揮下の基地航空隊である第一航空艦隊に上空援護を要請してはいたが、通信状況が悪いのかはたまた既に壊滅してしまったのか、返答が返ってくることは無かった。

 木村昌福提督は、艦隊各艦に『大和』を中心とした陣形をとるよう命じた。各艦の配置は、中央の『大和』の両脇に重巡『摩耶』『鞍馬』を、前後に駆逐艦『島風』『不知火』を配し、その周りを残りの駆逐艦で囲むという単純なものだった。いわゆる輪形陣ではなく、方陣と呼ばれるものだ。


挿絵(By みてみん)


 なぜ、この時代に、かつ空襲を受けるのがわかりきっているにもかかわらず、こんな古臭い陣形を使うのか。理由は二つあって、一つは別々の艦隊からの寄せ集めに複雑な陣形は組めないから、もうひとつは、高角砲を装備した艦が三隻しかない以上無理に輪形陣を組む必要がなかったからだ。


 そして、ついにその時がきた。


「敵機発見!」


 対空戦闘用意のラッパが鳴り響き、既に戦闘配置についていた機銃・高角砲が敵機を指して旋回する。

 来襲したのはミッチャー艦隊より発進した戦爆連合五〇機。F6FヘルキャットとSB2Cヘルダイバーで構成された敵機群は、昨夜まで居なかった十隻あまりの駆逐艦に驚きつつも予定通り中央の巨大戦艦に集中した。


 幾多の空襲を受けた『大和』は、この時前部主砲二基と高角砲のほとんどが戦闘不能となっていた。完全に使用不能となっていたのは破壊された高角砲五基のみであったが、前部主砲が誘爆防止のための注水により、高角砲が激しい空襲による弾薬欠乏により、それぞれ射撃不能となっていたのだ。だが、戦艦『大和』の脇を固める二隻の重巡は未だに無傷で、それぞれ六基十二門の高角砲が射撃命令を待っていた。

 恐れを知らない急降下爆撃機達は中央の戦艦に殺到する。彼らはまたミスを犯した。戦艦『大和』のあまりの大きさに目が眩み、二隻の重巡を防空能力の低い駆逐艦と侮ったのだ。それも無理はない。相手が艦爆主体であることをみてとった両艦は、十分に近距離まで引き付けてから発砲するよう示し合わせていたのだ。

 そして、両艦の艦長はほぼ同時に命じた。


「撃ち方始め!」

「撃ぇ!!」


 瞬間、『鞍馬』『摩耶』の高角砲が火を吹いた。機銃群もすぐそれに加わり、両艦は艦全体から火箭を吐き出して敵編隊へと叩きつける。敵機は突如空中に現れた炎の網に次々と絡めとられたり照準を妨害されたりしてなかなか『大和』に命中弾を与えられない。何機かのヘルダイバーは大胆な接近を試みるが、そのような勇敢な機体は脇を固める二隻が優先的に叩いていく。

 そうこうしているうちに敵機は爆弾を使い果たして撤退していった。此方の損害はわずかに『大和』に至近弾二発のみであった。


 空襲を無事くぐり抜けた艦隊は、引き続き対空警戒を厳にして西進する。当然すぐにでも第二波の空襲があると予想されたからだ。だが、しばらくの間空襲がくることは無かった。

 その理由は日本側の迎撃がアメリカ側の予想を越えていたことがあげられる。何しろ、少し前まで単艦であった敵戦艦に十隻近い護衛がついていたうえに、迎撃によって不時着・帰還後廃棄を含め十五機を失ってしまったからだ。瀕死の獲物に送り出した攻撃隊が半壊したという事実にミッチャー提督は衝撃を受けた。彼はその報告を受けるやいなや、敵艦にむけて発進直前の艦攻隊に待機命令を出し、飛行場攻撃の準備中だった艦爆隊と合わせて攻撃隊を編成した。しばらく空襲が無かったのはこのためだ。こうして用意された攻撃隊は百機あまり。この時のミッチャー艦隊にとっては艦隊防空用の戦闘機をのぞいた全力出撃であった。


 前回の空襲より数時間。戦艦『大和』を中心とする艦隊が間もなく敵機の空襲圏を抜ようかという頃、重巡『鞍馬』の電探に機影が映った。複数の群に別れた機影の数は合計して百二十機程度。この隻数で相手するには厳しい数の大編隊を前に、空襲はこれで最後となるであろうことは全く救いにならない。


「敵編隊、三群にわかれ接近中!」


 中程の一群は前回と同高度で飛行しており、先頭の一群は高度を下げつつ接近していた。つまり敵機は雷爆連合、雷撃機と爆撃機の両方を含む攻撃隊、である。このうち特に危険なのが魚雷を抱えた雷撃機だ。既に満身創痍の『大和』にこれ以上魚雷が命中すれば、今度こそ限界を越えて沈没してしまうかもしれない。

 いよいよ敵編隊が視界に入ってきた。今度は主砲も迎撃に使うとみえ、『大和』の第三砲塔が、重巡の二十サンチ砲群が、敵機の未来位置を指して旋回する。


「砲撃用ー意、────撃ぇ!」


 轟音と共に砲口より飛び出した三式榴散弾は、敵編隊の鼻先で時計信管を起動させると弾殻内の子弾をばらまいた。この兵器は一千個近い焼夷性の子弾を空中散布することにより敵機を編隊ごと撃滅することを目的としていたが、実際には派手な見た目とは裏腹に大した損害を与えられないことが先日までの戦闘でわかっていた。だが、ミッチャー艦隊の攻撃隊がこの攻撃を受けるのは初めてであり、花火のような見た目に惑わされて編隊を崩してしまう。


「敵編隊散開!」


 敵編隊はバラバラになりつつも飛行を続けている。残念ながら戦果は無かったようだ。敵機は高角砲の射程外で大きく三つにまとまりなおし、攻撃を続行する構えだ。少々遅れてきていたもう一群も追いついてきている。

 先に動いたのは二群の艦爆隊だ。目標はどうやら二隻の重巡。敵は目障りな防空艦を先に叩いてから『大和』をじっくり料理する腹らしい。


「射撃開始!」


 両艦の対空火器が再び火を噴きだす。新鋭艦であり、もっとも戦訓を取り入れて建造された『鞍馬』の撃ちだす火箭の前に、敵機の攻撃はむなしく水柱を立てるのみだ。それに引き換え、戦訓により機銃を増設したとはいえ駆逐艦の弾幕密度は薄く、敵艦爆に正確な照準を許してしまう。


「駆逐艦『浜風』被弾!」

「『霰』沈没!」


 瞬く間に二隻の駆逐がやられてしまった。他の艦も己の防空に精一杯で他のことにまで手が回らない状況だ。この時を待っていた者がいる。雷撃隊だ。

 雷撃機の群れは高度を下げながら突進を開始する。急いで雷撃隊の迎撃に当たりたいが、どの艦も自分の身を守るので精一杯である。

 その時、見張り員の目に信じられない光景が飛び込んできた。


「敵機、同士討ちを始めました!」


 見ると、確かに雷撃隊に向かって見たこともない中翼の戦闘機が襲いかかっていた。光の加減で塗装の色は見えないが、明らかにあれは零戦ではない。とはいえ、敵機を組織的に攻撃しているのだから味方なのだろう。しかし、どうも見た目は米軍のF4Fワイルドキャットに似ているようだ。


「どうも、あれは紫電という局戦のようですが」


 ようやく一人の士官が正解にたどり着いた。謎の戦闘機の正体は二〇一航空隊所属の紫電一一型。第一航空艦隊が寄越した援軍がギリギリの所で間に合ったのだ。第一航空艦隊は戦闘機を差し向けてくれていたのだが、通信の不具合でその知らせが伝わっていなかったようだ。

 また敵機が火を吹き、戦艦に叩き付けるべき魚雷を抱えたまま海面に突き刺さる。レイテ決戦の最中、反跳爆撃や特別攻撃に連続出撃し、空母含む八隻の撃沈破と引き換えに零戦の全稼働機と僚機の過半数を喪った二〇一航空隊紫電隊の生き残りはその名に恥じない研ぎ澄まされた刃のような戦いぶりを見せていた。

 紫電隊の奮戦に艦隊の士気も上がる。討ち漏らした敵機も、針ネズミのように増設された対空機関砲に阻まれて『大和』に近づけない。しかし、遠くからとはいえ何機かが魚雷の投下に成功する。そして、回避能力を喪った『大和』に一発の魚雷が命中してしまう。


「『大和』艦尾に被雷! 行き足落ちます!」


 今までなんとか維持されてきたスクリューの回転が止まり、曳いていた航跡も消えた。上空を禿鷹のように旋回する敵機群は、『大和』の足を殺したことに満足したのか、爆弾魚雷が尽きたのか、低空の紫電隊を恐れたのか、そのまま翼を翻して帰投を開始した。

 敵機に代わって上空を飛ぶ二〇一航空隊の紫電が『大和』を心配するように輪を描いて旋回する。戦隊旗艦の『不知火』から盛んに『大和』に対し発光信号が瞬いているが、返答はない。『大和』のアンテナ線や通信塔はめちゃくちゃに破壊されており、無線機も沈黙したままだ。通信設備の損傷だけならまだ良い。だが、この様子では電源そのものにダメージを負ってしまった可能性がある。そうなれば沈没も時間の問題となる。

 戦艦『大和』の巨大な艦上に、小さな紅白の点がはためく。手旗信号である。それによると、戦艦『大和』は先ほどの被弾により電気系統に損傷を負ったらしい。復旧を急いではいるようだったが、どれだけ時間がかかるかはわからない。

 残存駆逐艦と『鞍馬』は『大和』の周りをまわりながら警戒を続ける。重巡『摩耶』には旗艦の『不知火』より『大和』曳航の可否について問い合わせがあり、その巨体ゆえに困難が予想されたが、とりあえず曳いてみることになった。『摩耶』が『大和』へと接近してゆく。

 その時、突如『大和』艦上に光が瞬いた。


「ワ…レ…デン………我、電源復旧せり、です!」


 この後、息を吹き替えした戦艦『大和』は無事に敵空襲圏よりの離脱に成功。八ノットのよたよたした足取りでコロン泊地へ到着した。そして、コロン泊地も危険となったので応急修理の後シンガポールのセレター軍港に回航され、現地の浮きドックにて本格的な復旧処置が行われることとなる。

 一方、コロンにて『大和』護衛の任を解かれた『鞍馬』『摩耶』ほか駆逐艦は空襲をさけるため仏印沿岸へ退避し、次の作戦を待つこととなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ