未来(仮)
仕事を終えて、今ようやく家に着こうとしている。
僕の勤め先は、いわゆる大手と呼ばれる企業で、今だ業績を順調に伸ばし続けている。
当然入社は非常に困難とされていて、大学卒業後すぐに入社した僕は世間からエリートと言われ、まるで夢を叶えた立派な人かのように扱われる。
しかし子供の頃僕が無数に描いた夢の中に、今の会社に勤めるという夢は存在しなかった。
やりたくも無い仕事を、今の暮らしを維持するために最低限こなしてきただけだ。
最低限といっても、それは簡単にできる事じゃない、随分と僕をすり減らした。
「ただいま」
声に出した訳ではない、この部屋には僕しかいない事を知っているから。
ドアを開けると、今だに君が、温かい部屋に、僕を迎え入れてくれるんじゃないかと儚い期待を寄せてしまうんだ。
その結果僕は毎日傷を負う事になる、それは新しい傷ではなく古傷が治る事が無いように、毎日少しずつ刺され続ける感じだった。
治療法を捜しても無駄な事は知っている、僕を刺しているのは他ならぬ僕自身だからね。
僕が望んで僕に刺してもらっている、こういったところだろうか。
器用に毎回、大体同じ位の痛みを与えてくれるんだ。
そうする事で心の底では、いつか彼女が僕を助けに来てくれるとでも思っているのだろうか。
その望みを繋ぐため、毎日自分を傷付けるようにしている。
治ってしまえば彼女が僕を助けに戻って来てくれる事はなくなってしまう。
そんな思考が働いているんじゃないかと考えてみると辻褄が合ってしまうし、何より否定する事ができなかった。
自分で言うのも何だが、僕は悲観的で後悔ばかりしてきた、どちらかと言えば暗い人間だ。
勇気も行動力も伴わない、男らしいという言葉からほど遠い男だと充分過ぎる程認識していた。
それでも自分をこれほどまでに情けない男だと認識した事は過去になかった。
未来「みく」、彼女は僕にとって最高の女性だ、今はそう断言できる。
未来がいなくなってからのこの部屋は、姿を変えてしまった。
まるで人の家にお邪魔しているかのような余所余所しさがある。
内藤未来、彼女と出会ったのは、大学2年の秋、
熱い夏が終わりを告げた頃だ。
当時、僕は女に不自由を知らなかった。
決して僕に魅力があるとは思わなかったけれど、声を掛ければ、付いて来ない、女などいないと思えるほどだった。
ナンパするなんて、暗くて臆病な奴ができる事じゃないと思うかもしれないが、勇気なんて必要なかった。
返事はYESに決まってたし、万が一断られたって傷付く事はない、声を掛ける女に特別な感情など抱いていないのだから。
いや、特別な感情を抱いてないというのは、誤りだ。
人一倍、強い下心と寂しさのような物があった。
僕は女を誘う時、その感情を全面に出す。出すって、いったって言葉に出すような愚かな事はしないよ。
感情を隠す事なく、むしろ、意図して強め、全身から滲み出す、そんな感覚だ。
言ってしまえば、手っ取り早く抱き合える女を探しているのだから、誠実を装うなんて、時間の無駄以外の何でもないさ
僕は、日々理由もなく、込み上げる不安をとにかく埋めたかったんだ。
簡単に体を許す女達も、僕と同じ思いだったんだろう。
互いの背負った傷を見せあい、塞ぎあった。
抱き合っている間は不安を忘れる事が出来たし、まるで僕の存在を肯定してくれている気がした。何よりもその快楽に魅了された。
終わればまた不安が戻ってくる、より一層強い物となった気さえする。
だからまた体を求める、その繰り返しだ。
そんな毎日を送っていたとき、未来の噂を耳にした。