<2>~俺達と黒服との戦い。~ (父親VS魔性)
B4F、太陽side。
「妻子が要るそうだけど、この“恋”に身を委ねて楽になってみない?」
太陽の前に現れたのは艶かしくも美しい女性だった。
「だからそんなものにうつつを抜かせる訳が無いだろうがよ。俺は妻に、美月に誓いを立ててるんでな」
「一途な男って好きよ?」
「そうか、残念だったな」
皮肉のように、息子のように返す太陽。
「でも、もう終わったわね」
“恋”はそう呟いた。
「!?」
身体が……、動かせない……?
太陽は目を見開いたまま硬直した。
「私の才能は、最強よ」
“恋”は固まったまま動けない太陽に近づく。
違う。
身体が動かせないんじゃない。
この女に、攻撃したくないと身体に命令されているような……。
「どう……、いう……、ことだ……?」
口を動かすのもやっとだった。
「フフッ。私の力は“神経衰弱”。私は、世界全てを支配できるわ」
「は……?」
「世界の半分を魅惑し、世界の半分を魅了する。だから、世界全てを支配できるの」
「そりゃ、ご大層なこった。精神系の才能か……」
「悪の組織は戦闘的な才能だけじゃないってこと。私はそれに、“花鳥風月”より上だしね」
胸を張る“恋”。
「ぼちぼち、喋れなくなってきて、私の見える姿もおかしくなって、その最愛の奥さんとか言う美月さんあたりに変わってくる頃じゃないのかしら?」
“太陽、やっと帰ってきたのね!!”
“むー、世話焼かせないでよねー”
“私は、太陽が一番好きなんだよ”
美月。
あぁ、やばいな。
今目の前にいるのは敵のはずなんだが。
流石に精神系は掛かっちまったら最後自分の精神力頼みだからな。
どうしようも、ねぇ……。
「この力は誰も抗えない。今までこの才能が効かなかったのはたった二人。“創造主”は帰却があるからともかく、あの男は……」
あの男?
逃れる方法などあるのだろうか?
「紅桜。あの男……」
紅桜……、さっきまでいた男か。
そういえば聞いたことある名前なんだよな。
「そりゃ、有名に決まってるじゃない。“紅鬼”、“相対すな”、“人類最強”の異名の、紅桜よ?」
心が読まれた!?
いや、そんなことは精神系ならしょうがない。
思い出した。
むしろ、今まであの名前を聞いて何故思い出せなかったんだ。
あの紅桜。
実際に見たことは無かったが……。
傭兵としてアイツは動かないからな……。
気分で動くとか。
だからこそ戦うことは無かったんだが……。
「まったく、嫌になるわよ。才能を否定されるなんて。アイデンティティーの消失よ」
才能だけがアイデンティティーなんて、悲しいな。
「あなたに言われたくないわね。才能すら無いくせに。じゃあ、私のために戦いなさい」
そう“恋”が言うと、身体が勝手に動く。
操る力かよ。
「あなたが何を思おうがもう関係ないわ。身体はもうほとんど自由に動かせない。私の言葉はその美月だったっけ? その人と同じ重さを持つから」
あ、やばい。
声まで美月だ。
やばい、美月が。
「これ、あなたの娘さん? ってこれが美月って人!? ちょっと、法律的に大丈夫なの?」
美月の姿を心を読んで見た“恋”は、ドン引きした。
そこに映っていたのは少女といって間違いないような女だったからだ。
うるせー、人の嫁に口答えすんなっての。
「じゃあ、殺ってきて。そこの人から」
身体が勝手に!!
カチャリと銃を突きつけた。
「どうしたの? 私に欲情でもしたの?」
すまない、逃げてくれ!!
「ねぇ、何を血迷ったの? 太陽」
俺は、祈に銃を突きつけていた。
「無理よ。その男は私の才能に魅了された。魅了されてしまった」
「はぁ? って、くっ!?」
「あなたも私の虜になったみたいね」
祈も身体が動かなくなる。
「見てなさい。私のことどう思う?」
「か、かわ、くっ!! 綺麗……、だ……」
太陽は口が勝手に動いてしまう。
「ほら、私の才能は最強でしょ? 世界をぶっ潰せる、傾国の力よ? さぁ、撃ちなさい」
太陽が引き金に力を入れる。
「フッ……」
祈は何故か少し笑って見えた。
バンッと、乾いた銃声が響いた。
「う……、そ……?」
「すぐ手当てすりゃ死ぬことは無い。ったく……、女に手を挙げるのは、嫌いなんだよ」
打ち抜かれていたのは、“恋”の右の太ももだった。
「どうして、私が撃てるのよ!!」
右の太ももを押さえながら、必死に叫ぶ。
「それは、まだ太陽があなたに完璧に乗っ取られていなかったからでしょうね」
“恋”に答えたのは祈の方だった。
「どういうこと……?」
「あなたさっき、『私のことどう思う?』って聞いたでしょ?」
「それが何?」
「それは――――――――、」
「そこは俺が言う」
祈の説明を止めて、太陽が顔を少し歪めて言う。
「俺のポリシーの一つ。女を褒めるときには愛を持った人間以外には『可愛い』とは言わないんだよ」
「だから、何?」
「逆に言えば、愛を持った人間には必ず褒めるときに『可愛い』を使う」
「だから――――――――、まさか!!」
“恋”は何かに気づいたようだ。
「アンタの才能は人に愛させる才能なんだろ? もしも俺の心を完璧に乗っ取ったなら、俺は『可愛い』っていうはずなんだよ。そこで、祈も気づいたんだろうけどな」
「……。なんでその言葉にだけこだわるの? ポリシーになる理由が分からないわ」
「そんなことにも気づかないのか。『綺麗だ』とか、『美しい』には、『愛』の文字が入ってないんだよ。『可愛い』には、愛があるんだよ」
「そんな……、理由」
“恋”はふぅ……と溜息をつく。
「まぁ、流石に乗っ取られていないとはいえ、身体が言うことを聞かなかったんでな。まったく、こりゃあいこになりそうだぜ?」
そう言って祈の前に出る。
「そ……、れは……? 何で自分で……?」
“恋”はその太陽の姿を見て息を呑んだ。
太陽の右太ももにも、刃渡り20cmほどのサバイバルナイフが刺さっていた。
「これぐらいやんねーと、身体が言うこと聞かなくてな。祈の後ろに回ったときに、腰にあったナイフを刺しておいた」
「おかしいでしょ!? 何でそれなら、普通に会話できるのよ!!」
「いや、敵に痛みを悟られるなってのもポリシーの一つなんだよ。女には手を出したくなかったんでな、だが、アンタを攻撃しないとこの呪縛も解けそうもない。だから、同じ所を攻撃した」
「どんだけ……、フェミニストなのよ……」
太陽は片膝をつき、相手を気遣いながらも戦いを終わらせた。




