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プロローグ

イかれた奇才の外科医の物語

 鳳凰医科大学附属病院 第一外科 メイン手術室

「血圧、急降下! 心拍停止です!」

 権藤ごんどう いわお教授の顔から、瞬間的に血の気が引いた。

「何やってるんだ、麻酔科医!おい!第一助手!心マを続けろ!」

 怒鳴り声が響く中、手術室の空気が一瞬で張りつめた。特患の手術は完璧だったはずだった。なのに、大出血。そして心停止。

 心電図が無情にフラットラインを描く。

――ピーーーーーー。

「…戻りません。心室細動からアシストロールへ。教授……亡くなりました…」

 麻酔科医の震える声が、手術室に絶望を落とした。権藤は額に青筋を浮かべて歯を食いしばった。この患者を死なせれば、自分のキャリアは終わる。特患を預かった責任、大学病院での立場、すべてが。

 その時だった。

 重い自動扉が、ガシャリと開いた。

「よー、死体が出たって聞いたから来てやったぜ」

黒い手術着を着た男が、両手をポケットに突っ込んだまま悠然と入ってきた。

 黒骸くろがい やいば

 鳳凰医大が抱える、最も危険で、最も奇才的(・・・)な外科医。

その後ろには、狐塚こづか こよみが影のように付き従い、無表情にストップウォッチを構えていた。

「コン、タイマー。4分セット」

「はい。4分、セットしました」

 カチリ。

 権藤が顔を真っ赤にして怒鳴った。

「黒骸!お前、何の権限でここに――」

「うるせえよ。退け」

 黒骸は権藤の言葉を無視し、執刀医の位置に堂々と立った。耳元で、楽しげに低く囁く。

「この患者死んだら、お前、出世街道終わりだろ?ほら、あと3分40秒。プライドか、椅子か、早く選べよ」

 権藤の顔が醜く歪んだ。

 政治的な恐怖が、彼の「医療への正義」を一瞬で塗り替える。数秒の沈黙の後、権藤は唇を震わせながら、一歩後ろに下がった。

 黒骸はニヤリと笑った。

「よし。ライト照らせ。吸引、ガンガンやれ。出血点見えるように」

「は、はい!」

 助手たちが慌てて動き出す。そのわずかな間に、黒骸の目はすでに術野の奥を捉えていた。

(……あるな。死角に隠れてやがる)

「ルーペ降ろせ。8-0(ハチゼロ)

 狐塚が即座に拡大鏡を下ろし、極細の糸を手渡す。次の瞬間、黒骸の両手が異様な速度で動き始めた。

 血の海の奥、心臓近くの破裂血管を、コンマ数ミリ単位で縫合していく。その指先は、まるで“壊れた玩具を楽しげに直す子供”のようだった。

「止血完了。次、腫瘍しゅようだ」

「腫瘍……だと?」

 壁際に追いやられた権藤が、愕然と声を上げた。黒骸は構わず続ける。

「電メス。時間は?」

「残り2分20秒です」

「余裕だな」

 ジジジ……という高熱の音とともに、心臓の死角に潜んでいた小さな腫瘍が、容赦なく削ぎ落とされる。権藤が事前検査で見落としていた、致命的な病変。

「原因摘出完了」

 黒骸は腫瘍を膿盆に叩きつけ、振り返った。

「じゃあ蘇生させる。アドレナリン、急速投与(フラッシュ)

 狐塚はアドレナリンを1mg投与する。

「今からですか!?」

「無茶です!」

 助手たちの悲鳴を無視し、黒骸は開胸された胸腔に両手を直接突っ込んだ。生温かい心臓を、握る。

「直マだ」

 一度、二度、三度。力任せに心臓を揉み、血液を全身へ無理やり送り出す。

 狐塚の冷たい声が響く。

「残り30秒」

 手術室にいる全員が、息を殺してモニターを見つめていた。

「……10、9、8……」

「サッサと出てけよ、死神」

 黒骸が低く笑った瞬間――

 ーードクンーー

 微かな、だが確かに、自律した鼓動が手のひらに返ってきた。

 次の瞬間、心電図が激しく跳ね上がる。

 ――ドクン、ドクン、ドクドクドクドク!

「バイタル……戻りました!」

 手術室に、安堵と衝撃のどよめきが広がった。新風あらかぜ冬空とうあは、研修医としてその場に立ち尽くしたまま、震えていた。

 これは……人間の技なのか。

 血と絶望の海から、死を無理やり引きずり戻した男。黒い死神が、手術室に静かに微笑んでいた。

ーーーーーーーーーーーーーーー

【登場人物】

黒骸くろがい やいば

 鳳凰医科大学附属病院に所属するマッドサイエンティストな奇才外科医。

狐塚こづか こよみ

 黒骸に影のように付き従う、唯一の片腕である看護師。彼の超侵襲手術のテンポに完璧に合わせられる、冷徹で優秀な相棒。

氷室ひむろ りつ

 総合外科に所属する外科医。黒骸とは同期の間柄であり、研修医時代には何かと面倒を見ていた。

新風あらかぜ 冬空とうあ

 総合外科の新人研修医。権藤のオペの見学中に今回の奇跡を目撃し、黒骸の圧倒的な「狂気と天才」に心を奪われる。

宮下みやした しずく

 看護師の研修生。冬空と同じく、これから鳳凰医大の過酷な医療現場に巻き込まれていくことになる。

鷹司たかつかさ 徳雄とくお

 鳳凰医科大学附属病院の病院長。この巨大な白い巨塔のトップ。黒骸をこの病院に呼び寄せた(あるいは容認している)謎多き人物。

権藤ごんどう いわお

 総合外科の教授。特患のオペで致命的な見落とし大出血を起こし、黒骸に執刀医の座もプライドも強奪されたエリート。

榊原さかきばら 源十郎(げんじゅうろう)

 総合外科の主任教授。権藤の上位に君臨し、院内の派閥や権力を握る大物。

ーーーーーーーーーーーーーーー

 日曜劇場「ブラックペアン」を見て書きたくなったから、めっちゃ調べながら書き始めました。正直書き切れるのかな、って感じです。まあ、見守ってください

柊叶

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