23話 新天地へ
国連本部ビルの向かいにあるホテルの大会議場は、すし詰め状態になっていた。
急遽セッティングされたミスティア・フル・ローゼユグドラの単独記者会見。
世界中の主要メディアが場所を奪い合い、フラッシュの光が絶え間なく焚かれる中、ミスティアは優雅に椅子に座り、泉美はその後ろで三脚を立てて配信を継続していた。
「さあ、時間の無駄は嫌いだ。手短にいこうか」
ミスティアが足を組み直すと、一斉に記者の手が挙がる。
最初に指名されたのは、軍事専門誌にも寄稿している大柄な男性記者だった。彼はまるで犯人を尋問するかのような口調で切り出した。
「ミスティアさん。あなたは先ほど『魔法をばら撒く』と宣言されました。しかし、もしその魔法が悪用され、犯罪やテロに使われた場合、あなたはどう責任を取るつもりですか?」
会場が静まり返る。誰もが最も懸念している点だ。
記者は畳み掛ける。
「火球を放つ魔法が殺人犯に使われれば、それはあなたが凶器を与えたことになる。犠牲者遺族に対して、あなたが償うのですか? それとも『知らなかった』で済ませるつもりですか!?」
攻撃的な問いに、泉美が不安そうに身じろぎする。
だが、ミスティアは退屈そうに頬杖をついた。
「君の家には、包丁はあるかい?」
「は? ……ええ、ありますが」
「なら聞こう。もし何者かがその包丁で隣人を刺殺したとして、君は『包丁を発明した鍛冶屋』や『それを売った金物屋』を法廷に立たせ、死刑にするべきだと主張するのかい?」
「論点が違います! 包丁は調理器具であり──」
「魔法も同じだよ」
ミスティアは冷ややかな声で遮った。
「火を生む魔法は、暖を取るためにも、鉄を加工するためにも使える。それをどう使うかは、使い手の心の問題だ。『道具』そのものに善悪はない。もし魔法で人が死んだのなら、裁かれるべきは魔法そのものではなく、それを使った人間の『殺意』だろう?」
「し、しかし、その危険な道具をあなたが拡散させなければ……!」
「自動車事故が起きるからといって、君たちは車を捨てて馬車に戻るのかい? リスクを恐れて進化を止めることを、僕は『停滞』と呼び、それは緩やかな『死』と同義だと定義している」
記者が反論に詰まると、すかさず別の記者が立ち上がった。
リベラル系の大手紙に所属する女性記者だ。彼女は「正義」を背負ったような悲痛な面持ちで叫んだ。
「進化とおっしゃいますが、それは『弱者の切り捨て』ではありませんか! 魔法を使える人間と使えない人間、そこには必ず才能の差が生まれる。それは新たな『差別階級』を生むことになる! 我々が長い歴史をかけて築き上げてきた平等を、あなたが破壊しようとしているんですよ!」
ミスティアは呆れたように嘆息した。
「平等? 君たちの言う平等とは、『足の速い者の足を折って、遅い者に合わせること』なのかい?」
「なっ……!」
「才能に差があるのは当たり前だ。大事なのは、誰もがその機会を持てることだろう。僕がやろうとしているのは教育だ。学ぶ機会すら与えずに『格差が怖いから全員無知でいろ』と言う君のほうが、よほど差別的で傲慢だと思うがね」
女性記者が顔を真っ赤にして黙り込むと、次は経済紙の記者が食い下がった。背後にはエネルギー産業の影が見え隠れする質問だ。
「現実に目を向けてください! あなたが無料で魔力を供給すれば、石油、ガス、電力、あらゆるエネルギー産業が崩壊する! 世界経済は大恐慌に陥り、何億人もの失業者が溢れるでしょう。明日のパン代を稼ぐ労働者に対して、『200年後の未来のために今すぐ死んでくれ』と言うつもりですか!?」
これぞ大人の事情、と言わんばかりの質問だ。
だが、ミスティアは冷淡に言い放つ。
「蝋燭職人の仕事を奪うからといって、電球の発明を禁止するべきだったと? 君の言っていることはそれと同じだよ」
「なっ……」
「既得権益にしがみつく者たちが没落するのは、歴史の必然だ。新しい技術が生まれれば、新しい産業が生まれる。魔法触媒の加工、魔導具の製造、魔法建築……失業する暇があるなら、新しい技術を学べばいい。人類はそうやって生き延びてきたはずだ」
ミスティアは鋭い視線で会場を見渡した。
「それとも何か? 君の雇い主たちは、自分たちの財布の中身が減るのがそんなに怖いのかい? 世界が終わるというのに、株価の話しかできないとは……実に滑稽だね」
最後に、政治部のベテラン記者が怒りを露わにして立ち上がった。
「あなたは先ほど国連の決議を無視すると公言した! それは民主主義への冒涜だ! たった一人の独断で70億人の運命を決める権利が誰にあると言うんですか? 選挙で選ばれたわけでもないあなたが勝手に振る舞うのは、独裁者のやり方そのものだ!」
「民主主義? ああ、多数決で『正しいこと』ではなく『耳障りのいいこと』を選ぶシステムのことか」
ミスティアは嘲笑う。
「君たちがその素晴らしい民主主義とやらで、問題を先送りにしてきた結果が『緩やかな滅亡』だろう? 僕は政治家じゃない。医者であり教師だ。患者が『手術は嫌だ』と多数決で決めたからといって、治療を放棄する医者がどこにいる?」
場の空気が完全にミスティアに支配された、その時だ。
バンッ!!
突然、会場の扉が乱暴に蹴破られた。
悲鳴が上がる。
なだれ込んできたのは、重武装の兵士たちだ。胸には国連のワッペンがあるが、装備はどう見ても対テロ特殊部隊のそれだった。
黒いヘルメット、アサルトライフル、そして閃光弾の発射筒。
瞬く間に演壇が包囲され、無数の銃口がミスティアと泉美に向けられる。
「動くな!! 国連安保理および米国連邦法の権限に基づき、身柄を拘束する!」
隊長らしき男が怒鳴り、一枚の書類を掲げた。
「ミスティア・フル・ローゼユグドラ! 貴様には以下の容疑がかけられている!」
カメラのフラッシュが嵐のように焚かれる中、でっち上げられた罪状が高らかに読み上げられる。
「重要インフラへのサイバー攻撃罪! 未承認生物兵器の拡散によるバイオテロ容疑! および、世界規模の内乱扇動罪だ!」
さらに男は、怯える泉美にも銃口を向けた。
「そこの共犯者もだ! テロリストへの協力および幇助の現行犯で逮捕する! 抵抗すれば射殺も許可されている。直ちに手を上げて膝をつけ!」
会場がパニックに陥る。
記者たちも逃げ惑うが、一部のカメラだけは、この歴史的瞬間を逃すまいと回り続けていた。
あまりにも強引な、そしてなりふり構わない国家権力の実力行使。
『罪のお仕着せ』による口封じだ。
泉美が恐怖で竦み上がる。だが、カメラだけは落とさなかった。
そんな泉美の前に、ミスティアが静かに立った。
「……やれやれ。議論で勝てなくなると、すぐに暴力に訴える。これだから野蛮な文明は困るんだ」
包囲されているにも関わらず、ミスティアは呆れたように肩をすくめた。
兵士たちが引き金に指をかける。
「黙れ! 手を上げろと言っているんだ!」
「断るよ。君たちのその狭い法律ごときで、この僕を縛れると思ったかい?」
ミスティアが指を鳴らす。
瞬間、彼女と泉美の足元に、幾何学模様の光の柱が展開された。
床から立ち上る青白い光の粒子が、二人を包み込んでいく。
「なっ、なんだこれは!?」
「撃て! 逃がすな!!」
隊長の号令とともに、乾いた銃声が響く。
無数の銃弾が二人へ向けて放たれた。
だが、弾丸は光の膜に弾かれ、あるいは空中で静止し、カランカランと床に落ちた。物理法則を無視した光景に、兵士たちが息を呑む。
「言ったはずだよ。世界を変える、とね」
光の中で、ミスティアは不敵な笑みをカメラに向けた。
それは、権力者たちへの宣戦布告であり、世界中の視聴者への「授業開始」の合図だった。
「次は教室で会おう、人類諸君。授業の準備をして待っているよ。泉美捕まって」
泉美がミスティアの背中にしがみつく。
強烈な閃光が会場を埋め尽くした。
ドォン!!
視界が白に染まり、記者たちや兵士が思わず目を覆う。
光が収まった時、そこにはもう、誰もいなかった。
残されたのは、床に焦げ付いた魔法陣の跡と、行き場をなくした兵士たちの怒号、そして記者たちの動揺だけが残されていた。
◇◆◇◆◇◆◇
視界を埋め尽くしていた閃光が、ふわりと霧散する。
鼓膜を震わせていた怒号と銃声は嘘のように消え失せ、代わりに優しく頬を撫でる風の音と、どこか懐かしいさざ波の音だけが残った。
「……え?」
泉美は恐る恐る目を開けた。
身を縮こまらせ、冷たいコンクリートの床に倒れ込む覚悟をしていた体は、柔らかく青々とした草の絨毯に受け止められていた。
ニューヨークの刺すような寒気はない。
まるで春の陽だまりに包まれているような、穏やかで心地よい暖かさが全身を包み込む。
「目を開けていいよ、泉美。もう追手はいない」
頭上から降ってきたミスティアの声に、泉美は顔を上げた。
そして、言葉を失った。
「こ、ここは……?」
そこは、絶海の孤島だった。
いや、ただの島ではない。泉美の視界の限り、どこまでも続くエメラルドグリーンの平原。遠くには霞むほどの距離に雄大な山々が連なり、その稜線は見たこともないほど鮮やかだ。
空は突き抜けるように青く、白い雲がゆっくりと流れている。
一月のニューヨークから、一瞬にして別世界へと放り出されたのだ。
「ようこそ。僕の……僕たちの新居、魔法都市『アヴァロン』へ」
ミスティアが両手を広げ、誇らしげにその光景を示す。
「南太平洋上の公海上に浮かべた、僕だけの領土だ。広さはだいたい、日本の四国と同じくらいかな」
「し、四国!? これ全部がですか!?」
泉美は慌ててカメラを回し、周囲をパンした。
断崖の向こうには、遥か眼下に紺碧の海原が広がっている。
平原には、見たこともない極彩色の鳥が舞い、遠くの森からは不思議な鳴き声が響いてくる。本来ならありえない生態系が、ここでは当たり前のように息づいていた。
「気候制御の結界を張ってあるからね。外は真冬でも、ここは常春の世界だ。人間が汚していない、純粋な魔力に満ちた土地だよ」
ミスティアは深呼吸をし、汚れた肺を浄化するかのように、甘い大気を吸い込んだ。
そして、泉美の背中をポンと叩き、ある一点を指差した。
「ほら、あれを見てごらん。あれがこの島の心臓だ」
泉美が指差された方角──島の中心部へとレンズを向けた瞬間、彼女は息を呑み、危うくカメラを取り落としそうになった。
「な……なんですか、あれ……」
それは、木だった。
だが、尺度が狂っている。
平原の中央に鎮座するのは、天を衝くような巨木だった。
太い幹はそれ自体が巨大なビルのようで、四方八方に広がる枝葉は、まるで空を支える傘のようだ。
高さは優に1000メートルを超えているだろう。下からではとても全容は見渡せず、その梢からはキラキラと輝く光の粒子が粉雪のように降り注いでいる。
「『世界樹』の若木だ。僕がこちらの世界に来て、最初に植えた木だよ」
「わ、若木? あれで!?」
「ああ。故郷にあったマザーツリーに比べれば、まだまだ盆栽みたいなものさ。だが、この星の地脈と接続し、大気中のマナを循環させるには十分だ」
ミスティアは愛おしそうに巨木を見上げた。
その葉の一枚一枚が、太陽の光を受けて水晶のように煌めいている。それは圧倒的な生命力の塊であり、神々しさすら感じさせる光景だった。
よく見ると木々の隙間からルビーを思わせる紅い実──見たことないほどの鮮やかなリンゴの実が成っていた。
さっきまでの、血なまぐさい政治劇や、銃口を向けられた恐怖が、あまりにちっぽけなものに思えてくる。
「すごい……。こんな場所が、地球にあったなんて」
「なかったから、創ったんだよ」
ミスティアは事もなげに言ってのける。
そして、風にコートをなびかせながら、世界樹へと続く道を歩き出した。
「さあ、行こうか泉美。あそこが僕たちの校舎であり、スタジオであり、そして世界を変えるための最前線基地だ」
彼女は振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。
「国連も政府も手が出せない、完全な治外法権エリアだ。ここから世界中に魔法を配信する。……忙しくなるよ? カメラの準備は大丈夫かい?」
泉美は呆気にとられていたが、すぐに表情を引き締めた。
彼女はしっかりとカメラを構え直し、頼もしい師匠の背中を追う。
「はい! バッチリです、師匠!」
世界樹の輝きの下、二人の影が緑の平原に伸びていく。
人類史上類を見ない「魔法の授業」が、この常若の楽園から始まろうとしていた。




