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異世界エルフの魔法教室〜この世界に魔法を贈りたい〜  作者: おんせんみかん


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22/23

22話 世界に迫るもの

あけましておめでとうございます。今年も一年拙作をよろしくお願いいたします。

できましたら、高評価等頂けたらと執筆の励みになりますのでよろしくお願い致します。



 ニューヨーク、マンハッタン。

 イーストリバーのほとりにそびえ立つ、国際連合本部ビル。

 その周辺は、かつてないほどの喧騒に包まれていた。数千人のデモ隊、世界中から集まったメディアの放列、そしてそれを規制する厳重な警備網。

 上空には何機ものヘリが旋回し、世界中の視線がこの一点に注がれている。

 国連総会議場。

 黄金の背景に国連のエンブレムが掲げられた演壇。その前に、ミスティア・フル・ローゼユグドラは立っていた。

 彼女の背後には、緊張で顔を強張らせながらも、しっかりと手持ちカメラを構える森泉美の姿がある。

 ミスティアの招致に応じる条件として、ミーチューブでも配信を許可することを盛り込んでいた。

 異例ではあったが現在、この光景は国連の公式放送だけでなく、泉美の持つカメラを通じて、ミスティアの配信チャンネルでも全世界へ生配信されていた。

 議場を埋め尽くすのは、各国の代表団。

 彼らの視線は、好奇心、恐怖、そして隠しきれない欲望でギラギラと輝いている。


『──以上が、我々国際社会が提案する「枠組み」である』


 議長席から、事務総長が厳かに宣言した。

 その内容は、実に巧みに構築された「檻」の話だった。


『貴殿の持つ「魔法」という技術は、あまりに未知数であり、既存の科学体系を揺るがす可能性がある。ゆえに、無秩序な拡散は混乱を招く』


 事務総長は手元の資料を読み上げる。


『よって、以下の条件を提示する。

 一、魔法技術の公開は、国連直轄の専門機関による「事前審議」を経てから行うこと。

 二、魔法によって生じた事故や損害に備え、国家規模の保険機関を通すこと。

 三、技術提供に対する対価──パテント料は、各国家が責任を持って貴殿に支払うものとする』


 会場から、さざ波のような拍手が起こる。

 表向きは、異分子であるミスティアを社会の一員として受け入れ、法的保護と報酬を与えるという寛大な提案だ。

 だが、その本質は明白だった。

 「検閲」と「独占」。

 どの魔法を世に出すかを国が決め、金で飼い殺しにする。ミスティアが目指す「一般市民への無償の拡散を阻止し、国家が管理できる蛇口を取り付けようというのだ。


『ミスティア・フル・ローゼユグドラ氏。この条約に署名するならば、我々は貴殿を「地球市民」として歓迎し、その人権と安全を保障しよう』


 すべての視線がミスティアに集まる。

 彼女は演壇に肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて、楽しげに目を細めた。

 まるで、稚拙な宿題を持ってきた子供を見るような目だった。


「なるほど。秩序、安全、管理。……人間らしい、実に合理的な提案だね」


 ミスティアの声は、マイクを通さずとも議場の隅々までクリアに響き渡った。


「僕としても、郷に入っては郷に従え、という言葉は理解しているつもりだ。無用な混乱を望んでいるわけではないからね」


 彼女が肯定的な言葉を口にした瞬間、各国の代表たちが一斉に安堵の息を漏らし、同時に獲物を前にした獣のような目つきに変わった。

 交渉成立。そう確信したのだ。


「では、一つ聞こうか」


 ミスティアは流し目で議場を見渡した。


「仮に僕がその管理下に入ったとして──諸君らは、手始めに『どんな魔法』を所望するんだい? 安全で、平和的で、有益な技術をご所望なんだろう?」


 その問いかけは、撒き餌だった。

 最初に手を挙げたのは、やはりあの大国の代表だった。


『合衆国代表として発言する』


 アメリカの大使が、自信たっぷりに立ち上がる。


『我々が最優先で求めるのは、気候変動に対する解決策だ。具体的には「局地的な天候制御」の魔法を希望する。ハリケーンの進路を変え、干ばつ地域に雨を降らせる。これは人類の悲願であり、農業支援と災害救助のための平和利用だ』


 ──『天候制御』。


 聞こえはいい。だが、ミスティアも、そして後ろでカメラを持つ泉美も直感していた。

 敵国の領土だけに豪雨を降らせ、あるいは穀倉地帯を干上がらせる「気象兵器」。かつてSFで語られたそれを、彼らは真っ先に欲しがったのだ。


『次は我が国だ』


 続いて、中国の代表が手を挙げる。


『我々は、インフラの老朽化対策として「物質の硬度強化」および「恒久的な構造維持」の魔法を提案する。地震や災害から国民の命を守るため、決して崩れない建物が必要なのだ』


 ──『絶対防御』。


 これもまた、表向きは防災だ。だが、その技術が軍事転用されればどうなるか。

 核攻撃すら防ぐ基地、絶対に破壊できない戦車、沈まない強襲揚陸艦。軍事バランスを一変させる「盾」の要求だ。


『欧州からは、医療分野での提言をしたい』


 フランスやドイツを中心としたEU代表団が口を開く。


『パンデミックや未知のウイルスに対抗するため、「生体情報の遠隔解析」と「即時治癒」の魔法を求める。国境を超えて、医師が患者の状態を瞬時に把握し、治療を施すシステムこそ、人道支援に不可欠だ』


 ──『超広域監視』と『不死の兵士』。


 壁を越えて生体情報を「解析」できるなら、それは究極の盗聴・透視技術になる。要人の居場所、健康状態、心拍数から嘘を見抜くことまで可能だ。そして「即時治癒」は、戦場で死なない兵士を生み出すことに他ならない。

 次々と上がる要望。

 資源枯渇対策という名目の「物質変換(錬金術による経済破壊兵器)」。


 どれもが「平和」や「安全」という美しいラッピングペーパーで包まれている。

 だが、その中身は血生臭い火薬と、他国を出し抜こうとするどす黒い欲望で満ちていた。

 現にその提案の根幹にあるものは『人間』という一生物のみに利益を齎すものばかりだ。


(……呆れたね。本当に、呆れるほどに予想通りだ)


 ミスティアは表情を崩さないまま、内心で溜息をついた。

 彼らは魔法を道具としか見ていない。

 隣国を殴るための新しい「棍棒」だとしか思っていないのだ。

 国連という場であっても、彼らの視線は「世界」ではなく「自国の利益」にしか向いていない。


「……師匠」


 後ろから、泉美の小さな声が聞こえた。

 カメラを持つ手が震えている。彼女にも分かったのだ。大人たちが並べる美辞麗句の裏にある、醜悪な本音が。

 一通りの要望が出揃ったところで、議場は再び静まり返った。

 代表たちは満足げだ。正当な理由をつけて、最強のカードを要求した自負があるのだろう。


「素晴らしい提案の数々だ。君たちの『平和』への熱意、痛いほど伝わってきたよ」


 ミスティアは拍手をした。

 乾いた音が、広い議場に虚しく響く。

 そして、彼女はゆっくりと口角を吊り上げた。

 その瞳の奥に、かつて魔王すら震え上がらせた、冷徹な光を宿して。


「つまり君たちは、僕の魔法を管理し、独占し、そして『武器』として磨き上げたい──そう言っているわけだね?」


 議場の空気が、ピリリと凍りついた。


 静寂が、議場を支配した。

 あまりに明確な拒絶。そして、見透かされたことへの動揺。

 アメリカ代表が眉をひそめ、不快感を隠そうともせずにマイクに向かった。


『……聞き捨てならないな。我々の提案のどこが不服だと言うのかね? これは国際社会の秩序を守るための──』


「秩序? 違うね」


 ミスティアは言葉を遮った。

 彼女は演壇からゆっくりと歩み出て、まるで散歩でもするようにステージの中央へと移動する。


「君たちが守りたいのは、自分たちの『序列』だ。魔法というジョーカーで、今のパワーバランスを固定したいだけだろう? ……まあ、それも理解はできる。為政者とは、常に臆病な生き物だからね」


 ざわり、と議場がどよめく。

 「無礼だ!」「何を言っている!」という怒号が飛び交い始めるが、ミスティアは片手を上げてそれを制した。

 その掌から、眩い光が溢れ出す。


「だが、残念ながら──そんな些末な陣取りゲームに付き合っている時間は、この星には残されていないんだよ」


 ミスティアが指を鳴らすと、議場の巨大スクリーン、そして空中に浮かぶホログラムが書き換わった。

 映し出されたのは、美しい青い星──地球。

 そしてその彼方から忍び寄る、もう一つの「影」のような巨大な天体だった。


「なんだ、あれは……?」


「シミュレーション映像か?」


 ざわめきが広がる中、ミスティアの声が朗々と響く。

 それは警告であり、予言であり、慈悲深い宣告だった。


「単刀直入に言おう、人類諸君。この世界は、あとおよそ200年で終わる」


 ──世界が、止まった。


 議場の代表たちも、泉美の持つカメラの向こうにいる何十億という視聴者も、呼吸を忘れた。


「正確には、僕の故郷である『異世界』との衝突・融合が起こる。これは侵略や侵食という何かの意志が介在するものではない。惑星の公転のような、避けようのない次元規模の自然現象だ」


 ミスティアは空中の映像を操作する。

 二つの世界が重なり合い、その瞬間、地球上のあらゆる都市が赤い光に包まれて崩壊していくシミュレーションが再生された。


「二つの世界が重なる時、大気中の魔力濃度は爆発的に上昇する。魔法という概念を持たず、魔力への耐性を持たない君たちの文明は、その衝撃に耐えられない。適応できた一部を除き、人間は『魔力中毒』で多くが死に、精密機器は暴走し、建物は砂のように崩れ去るだろう。僕がいた世界の生物──この世界では空想とされる生物が地上を練り歩く。空をドラゴンが飛び、大地に巨人が立つ」


 映像の中の悲惨な光景に、誰かが息を呑む音がマイクに拾われた。

 それは映画よりも生々しく、そして認めざる得ないほどに、残酷なほどに驚異の映像であった。

 SF映画の話ではない。目の前にいる、物理法則を無視する「実在の証明者」が語る未来だ。その重みは計り知れない。


「200年後。君たちの曾孫や、その子供たちの時代だ。遠い未来の話だと思うかい? ……いいや、国家の存亡を語る君たちならば分かるはずだ。200年など、歴史の中では瞬きするほどの時間に過ぎない」


 ミスティアは悲しげに目を伏せ、そして鋭く各国の代表たちを睨みつけた。


「君たちは今、僕に『武器』を求めたね? 他国を出し抜くための力、自分たちだけが助かるためのシェルター、兵士を殺さないための技術……。愚かだと言わざるを得ない」


 彼女の声が熱を帯びる。


「滅びの波は、国境など関係なく全てを飲み込むんだ。特定の一国だけが生き残るなどあり得ない。君たちがしようとしていることは、沈みゆく船の上で誰が最後まで船の上に居られるかを巡って殺し合いをしているに過ぎない! 争ったところで意味はないというのにだ」


 反論できる者はいなかった。

 圧倒的な事実と、彼女の放つカリスマ性に気圧されていた。

 アメリカ代表が、震える声で尋ねる。


『で、では……どうすればいいと言うのだ。衝突が避けられないのなら、我々は座して死を待てというのか?』


「だから、僕は『ワクチン』を撒くと言っているんだ」


 ミスティアは両手を広げた。

 まるで世界そのものを抱きしめるかのように。


「融合を止めることはできない。だが、耐える体を作ることはできる。魔法をこの世界に広め、人々の体に魔力を馴染ませ、科学と魔法を融合させた新しい技術体系を築く。200年かけて、この星を『魔法適応文明』へと進化させるんだ」


 彼女は泉美の持つカメラを指さした。

 その視線は、議場の老人たちを超えて、画面の向こうの若者たち、子供たち、名もなき市民たちへと向けられている。


「一部の国が独占していい技術じゃない。特許で縛っていい知識じゃない。誰もが魔法を使い、当たり前のように魔力を呼吸する世界にならなければ、人類は生き残れないんだよ」


 ミスティアは宣言した。


「だから僕は拒絶する。管理も、独占も、検閲もだ。僕は僕のやり方で、世界中に魔法の種をばら撒く。君たちが『危険だ』と言って止めても無駄だ。これは君たちの愛する子供たちが、未来で生き残るための唯一の希望なのだから」


 一瞬の沈黙の後。

 議場は怒号と困惑の渦に包まれた。

 だが、それ以上に──インターネットの世界では、爆発的な反応が巻き起こっていた。


『200年後の滅亡!?』

『マジかよ……』

『でもこの人、本当に魔法使えるし』

『政府が独占しようとしてたの、マジでクソだな』

『ミスティアは俺たちを救おうとしてるのか』

『魔法使いについていくしかないだろこれ』

『嘘だ! そんことあるわけないだろ!』


 世界中の世論が、音を立てて動き始める。

 ミスティア・フル・ローゼユグドラは、単なるエンターテイナーでも、危険分子でもない。

 人類種の存続をかけた「導き手」として、世界に認知された瞬間だった。


「さて」


 騒然とする議場の中、ミスティアは不敵に笑った。


「僕の方針は伝えた。これより僕は、国連や政府の許可を待たず、独自の判断で『人類生存のための基礎魔法』を順次公開していく。……止めたければ止めるといい。できるものならね」


 宣戦布告にも似た、救済の約束。

 カメラの後ろで、森泉美は震える手で涙を拭いながら、師匠の背中を誇らしげに見つめていた。

 これが、世界が変わる日。

 魔法という名の福音が、そして劇薬が、制御不能な奔流となって世界へ解き放たれた日である。

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