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異世界エルフの魔法教室〜この世界に魔法を贈りたい〜  作者: おんせんみかん


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2話 僕が弟子って決めたから


「そうだよね、急にこんな話をされても驚くよね」


 ミスティアはクスリと笑みをこぼすと、カップに口をつけた。


「じゃあ、順番に説明しようか。まず、君は帰り道にあった小さな公園のベンチで気を失っていた。僕はそれを確認した」


「気を失って……?」


「うん。過労でね。そして、次に僕が君をこの家に連れてきた」


 泉美は言葉を失った。このエルフの少女が告げているのは、すべて映画やアニメの中の出来事だ。


「そして、最も重要なこと。僕が君の師匠になるのは、君には魔法を使う素質があるからだ。正確には、君の魂に宿る魔力量が、地球人としては非常に高いレベルにある」


 ミスティアは満足そうに微笑んだ。笹の葉のような長い耳がピコピコと動く動作は愛らしいのに、言っている内容はあまりにも壮大で、泉美の理解の範疇を完全に超えていた。


師匠? エルフ?


 疲れから来る夢なのか、それともあのブラック企業の過労で、ついに精神がイってしまったのか。泉美の頭の中は、今聞いたばかりの非現実的な言葉で完全にフリーズしていた。


「あの……えっと、ミスティアさん?」


「師匠と読んでくれていいんだよ?」


「は、はい、師匠さん? 私、あの……貴方が何を言っているのか、さっぱりわからなくて……」


 泉美は両手のカップをテーブルに置き、恐る恐るミスティアの顔を見た。その表情は一ミリも動揺しておらず、ただただ優しく、そしてどこか楽しげに微笑んでいる。


 自分の部屋ではない。部屋の広さも間取りも、古い木製のタンスも、見慣れない布地のカーテンも、すべてが違っていた。ミスティアは混乱の極みにある泉美を見て、くすくすと上品に笑い、再びカップに口をつけた。


「ふふっ、落ち着いて、一つずつ説明してあげるよ。まず、ここは東京近郊の山の中で君の家だ。引っ越しも済ませてあるし、住民票やら面倒な更新は全て整えさせて貰ったよ」


「引っ越し? 私の家?」


 泉美は意味が分からず、ただおうむ返しにその言葉を繰り返す。


「ああ、大切なことを言い忘れていたね。君が倒れていたあの公園のベンチから、今日で一ヶ月ほど経っているんだよ」


 うっかりしていたと言わんばかりに、ミスティアは掌で額を打ち、しまったとばかりに舌を出した。


「い……一ヶ月ぅぅぅ!?」


「その一ヶ月の間、君の体を少しだけ借りて準備をしたんだ。僕が考える条件の中で、一番魔力量が多かったからね。君を僕の弟子として迎えるために、君が働きやすい……あぁ、もとい、魔法を学びやすい環境を整える必要があった」


ミスティアは満足そうに胸を張る。


「働きやすいって……まさか、私、会社を辞めたんですか!?」


「うん、辞めたね。それはもう盛大にね? ブラック企業で過労死寸前なんて、魔法使いの卵には一番いけないことだから。君の貯金と、僕の少しの『錬金術』を使って、君は晴れて自由の身だよ。君が今から一年、何もせずに暮らせるくらいには蓄えを作っておいた」


(実際には過労死していたが正しいんだろうけどね。間に合ってよかったよ)


 ミスティアの言葉は、ブラック企業のOLだった泉美にとって、夢物語のような、現実離れした内容だった。辞めたくて辞められなかった会社を辞め、当面の生活費まで確保されている。


(そんな馬鹿な……でも、この子、どこからどう見ても普通じゃない。エルフって、漫画やゲームの話じゃなかったの……?)


「さて、本題だね。僕は異世界から来た、大魔導師ミスティア・フル・ローゼユグドラ。君は僕のたった一人の弟子、森泉美。君にはこれから、僕の指導のもと、水の魔法、火の魔法、風の魔法、転移魔法、あらゆる魔法を学んでもらうよ」


 ミスティアは突然、泉美の目の前にあった空のカップを指差した。


「例えば……創造水クリエイト・ウォーター


 ミスティアがそう呟いた瞬間、空のカップの中に、指先から出てきた透き通った冷たい水が、満たされていった。


 泉美は、声も出せないまま、その光景を呆然と見つめていた。確かに、何もなかった空間に、水が生まれたのだ。


「驚いた? でも、君にもこれが使えるようになるんだよ。君が昨日まで働いていた世界は、つまらない、単調な白黒の世界だったろう? でも、これからは違う。波瀾万丈で、楽しく、そしてやりがいのある魔法使いの仕事が待っている」


「魔法使いの……仕事?」


「そう。君には、僕の『魔法教室』を手伝ってもらうんだ。ほら、君が一ヶ月も意識がなかった間に、僕が趣味で始めたミーチューバーのやつ。あれが、僕らのこれからの生計を立てる手段になる。現代の地球文明は、映像技術が発達していてとても面白いね」


 ミスティアはウインクし、テーブルの隅に置いてあったスマートフォンを指差した。画面には、ミーチューブのチャンネル名と可愛らしいエルフのアイコンが表示されている。


「《ミスティの魔法教室》って、あれって……」


「そう。あれが、今から君が働く職場だよ。君には地球人に魔法を教える魔法使い助手として、僕の『魔法教室』で働いてもらう。もちろん、授業の準備は僕がするし、トラブル対応も僕がする。君は、僕の作った魔法を、視聴者たちと一緒に練習するだけでいい」


 ミスティアはにっこりと微笑んだ。その顔には、邪気など微塵もなく、ただ純粋に『楽しいことをしよう』という子供のような好奇心だけが輝いていた。


「僕が君を選んだのは、君が平凡な生活に疲弊しきっていたからさ。もう、誰かの奴隷になる必要はない。君の人生は、今日から君のものだ。さあ、師匠の僕と一緒に、世界をあっと驚かせる楽しい魔法教室を始めようじゃないか!」


 泉美は呆然としたまま、スマートフォンに映る動画のタイトルを目で追った。

 異世界エルフ、ミスティの楽しい魔法教室と。


(魔法、エルフ、ミーチューバー……これ、全部、夢じゃないの……?)


 平凡なOLだった泉美の人生は、一瞬にしてフィクションも顔負けのポジションへと大転換していた。だが、目の前のミスティアの瞳に宿る真剣な光と、体が感じる疲労からの解放感が、これが現実だと静かに告げていた。


「わ、わかりました……魔法、習います。でも、一つだけ。その、私、人前で話すのとか、苦手なんですけど……」


 ミスティアは最高の笑顔を返した。


「心配はいらないよ。君に必要なのは自由な心、世界を感じる魂、そして未来へと思いを馳せる子供心だ! 好きなことなら、自然と声も出るようになるさ。それに君の『助手』としてのデビューは、一週間後のライブ配信で、視聴者に本当に魔法が使えるようになることを証明した後だ。まずは、基礎からみっちり鍛えるよ。さあ、泉美。最初の授業だ。まずは君の魔力を把握するところから始めよう」


 ミスティアは立ち上がり、片手を取った。


「今日から君は、僕の愛しい弟子。平凡な世界のつまらない仕事から、波瀾万丈で楽しくやりがいのある魔法使いの仕事へとご招待するよ」


 そう言って、ミスティアは泉美の向かい合うように座り、もう片方の手も取った。


「え? これから何をするんですか」


「安心して、目を閉じてゆっくりと深呼吸して意識を自分の中に向けるんだ」


 よくわからず言われたままに、手を繋いだまま瞳を閉じて、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。


 スー……ハー……スー……ハー……


 深呼吸をするたびに、眠いような、胸の奥がムズムズするような不思議な感覚が強まっていく。


(これほど魔力と親和性が高いなんて……! 僕と混ざった事も原因かも。それにしてもここまで素養が高まるなんて嬉しい誤算だね)


 手を通して泉美の身体に魔力を通しながら、ミスティアは内心ほくそ笑んだ。異世界にも魔力の親和性が高い人間はいたが、泉美の魔力の器に魔力を注ぎ込むことで測れたのは、異世界でも類を見ないほどの器の大きさだった。


 ハァハァハァハァハァ……


 いつのまにかリズム良く奏でられていた深呼吸は、まるで風邪で高熱を出した時のように、早く熱を帯びたものとなり、激しく乱れていた。


「ごめんね、泉美。急にたくさんの魔力を流し込んで、驚かせてしまった」


 ミスティアは、激しい運動を終えた後のように息を乱し、汗だくになっている泉美の手をそっと離した。その顔には少しの心配と、それ以上の喜びが輝いている。


「いえ……でも、今のって……」


 泉美は全身の疲労感とともに、体が内側から熱を帯びていたような、不思議な感覚が残っているのを感じていた。まるで、自分の体ではない何かが、一時的に満たされていた後の虚脱感だ。


「うん。あれが君の『魔力の器』の大きさを測る儀式だよ。そして結果は……僕の予想を遥かに超えていた!」


 ミスティアは両手を上げて、まるで宝くじに当たったかのように大袈裟に喜んだ。


「君の魔力量、親和性は、異世界の人間と比べても最上級だ。僕の勘は正しかったね。君は、大魔導師ミスティアのたった一人の弟子になるにふさわしい、最高の素質を持っている!」


 ミスティアは立ち上がり、泉美の周りを跳ねるように回る。その喜びようは、本当に純粋な子供のようだった。平凡な人生で誰かにここまで熱烈に期待されることなどなかった泉美は、呆気に取られながらも、悪い気はしなかった。


「さい……最上級、ですか?」

「そう!君の魔力の器は、例えるなら、一般的な魔術師が持つ小さなバケツ程度ではなく、大河の源流だよ。今はまだ、その器が未成熟で空っぽだから、少し魔力を流し込んだだけで溢れそうになってしまったけど、これから僕がみっちり鍛えれば、君は短期間で僕の魔法教室の助手になれる!」


 ミスティアの言葉には、確信と自信が満ち溢れていた。


「よかった、泉美。この一ヶ月、君の身体を借りて準備した甲斐があった。君をブラック企業から解放した僕の決断は、最高の選択だったよ!」


 彼は満足げに頷くと、再び泉美の向かいに座り、真剣な表情に戻った。


「さて、本題に戻ろう。今の測定で、君の体は少なからず疲労しているはずだ。魔力とは、生命力そのものと深く結びついている。そこで、今日の授業の二つ目、そして最も重要な基礎を教えるよ」


 ミスティアは、手のひらを上に向けたまま、泉美に差し出した。


「それは、魔力の回復と循環だ。泉美、もう一度僕と手をつないで。今度は、僕の魔力を受け入れるのではなく、君自身の魔力の器を意識してもらう。そして、その器に、外から新鮮な空気が流れ込むイメージで、魔力を取り込むんだ」


 泉美はおずおずとミスティアの手を握った。さっきのような熱はなく、柔らかな手のひらから微かに温かい、心地よい波動が伝わってくるだけだった。


「目を閉じて。呼吸はさっきのように乱す必要はない。ゆっくりと、自然に、肺ではなく、体全体で息をするイメージだ。そして、君の中の空っぽの器に、夜空の星の光、あるいは、森の木々から立ち昇る生命力が、スーッと流れ込んで満たされていくのを思い描くんだ」


 泉美は再び目を閉じた。


 スー……ハー……


 先ほど感じた激しい熱や混乱はなかった。代わりに、ミスティアの温もりと、その指示に意識を集中することで、疲労していた体に活力が湧いてくるようだった。


(器……私の中の、魔力の器……)


 意識を内側に向けると、胸の奥あたりに、ぽっかりと空いた空間があるような気がした。それを満たすように手を通じて、あるいは部屋の空気を通じて、温かい何かがゆったりと流れ込んできている……そんな幻想的なイメージが、泉美の頭の中に広がった。


 その温もりが流れ込むたび、先ほどの激しい疲労が、少しずつ消えていくのを感じる。それは、数時間ぐっすり眠った後のような、清々しい感覚だった。


「……できたね」


 静かなミスティアの声が響いた。泉美はゆっくりと目を開ける。


「体が……軽いです。さっきまでの、ぐったりした感じが、嘘みたいに……」


「それが、魔力の回復と循環だ。魔法使いにとって、この感覚を意識できるかどうかが、成長のスピードを分ける。君は、もうこの感覚を掴んだ。素晴らしい」


ミスティアは満足げに微笑んだ。


「いいかい、泉美。君は今日から、魔法使いの卵だ。会社を辞めても、もう過労で倒れる心配はない。なぜなら、君の仕事は、疲れたら魔力を回復することだからね。疲労を感じたら、いつでもこの感覚を思い出すんだ」


「はい!」


 泉美の返事には、もはや迷いはなかった。目の前のエルフが言っていることは現実離れしているが、今の体で感じた感覚だけは、紛れもない真実だった。失われた一ヶ月の間の不安よりも、目の前の非日常的な現実と、それから来るワクワク感の方が、勝り始めていた。


「よし。これで、今日の基礎は終わりだ。魔法の真髄は、リラックスとイメージにある。焦る必要はないよ。まずは、この新しい環境に慣れて、君の魔力の器をゆっくりと大きくしていくことだ」


 ミスティアは立ち上がり、テーブルの上に置かれた可愛らしいカップを手に取る。

 冷めたほうじ茶を啜りながら、彼は今後のことを考えて笑みを深めたのだった。

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