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異世界エルフの魔法教室〜この世界に魔法を贈りたい〜  作者: おんせんみかん


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19/23

19話 世界は動き出す。


 ミスティアが家路につく頃。

 世界を覆う電子の海──その深淵にて、表のニュースには決して流れない、緊急の首脳級ホットラインが稼働していた。

 物理的な場所は存在しない。

 強固な暗号化が施された回線の彼方で、世界を牛耳る大国たちの「影」が、顔のない声となって交錯する。


『──東京での一件、報告は受けているな』


 沈黙を破ったのは、重厚なドイツ語だった。


『無からの水生成、生物変化、物理法則の無視、重力制御、さらには広域への精神感応……。もはや「手品」や「未確認技術」で誤魔化せる段階を超えている』


『我が国の精鋭部隊が、あの化け物に手も足も出ずに無力化された。報告によれば、指一本触れずに弾丸を止めたそうだ』


 苦々しげに吐き捨てたのは、中国語のアクセントが混じる声だ。彼らは「自国が非合法な拉致を試みた」事実は伏せつつも、その脅威度を強調する。


『個人が持つだけの才能(アビリティ)ならば、些細な問題だ』


 冷徹な響きで割り込んだのは、ロシアの代表者だ。


『問題は、奴の力が再現性のある「技術」である点だ。さらには彼女がそれを、知識として、あるいは娯楽として無秩序にばら撒こうとしていることにある。彼女の「魔法」が普及すればどうなる? エネルギー産業、軍事バランス、医療……全ての既得権益、否、この世界の統治システムそのものが崩壊するぞ』


 その発言こそが、彼らが抱く共通の恐怖だった。

 ミスティア・フル・ローゼユグドラは、単なる超能力者ではない。彼女は自らの技術を隠匿するどころか、ライブ配信やエーオンのような企業を通じて、世界中に「感染」させようとしている。

 それは既存の世界秩序に対する挑戦であり、破壊行為に等しい。


核拡散防止条約(NPT)など紙屑同然だ。個人が都市を消し飛ばせる兵器──魔法を行使できるようになれば、抑止力など成立しない』


『フランスとしても同意だ。彼女の存在は、文化や宗教観に対する冒涜でもある。バチカンも相当に神経を尖らせている』


 悲観的な観測が飛び交う中、それまで沈黙を守っていたアメリカの代表者が口を開いた。


『落ち着きたまえ、諸君。彼女を「敵」と認定して排除に動けば、世界がどこまで被害を受けるかわかったものではない。現在、異世界人は魔法の底を見せていないのだ。それこそ大陸一つが地図から消えるような反撃を受ける可能性すらある』


 アメリカの声には、微かな余裕が含まれていた。既にエーオンを通じてパイプを持っている強みだ。だが、それを悟らせるほど彼らは愚直ではない。


『では、合衆国はどうするつもりだ? このまま野放しにするのか』


『いいや。だからこそ、表の舞台に引きずり出す』


 アメリカの代表者は、あらかじめ用意されていたシナリオを読み上げるように告げた。


『彼女は知的生命体であり、対話が可能だ。そして日本政府に対し「渡り鳥」を自称した。ならば、その鳥がどこへ飛び、何をもたらすのか──国際社会全体の監視下に置く必要がある』


『……つまり?』


『場所はニューヨーク。国際連合本部だ』


 回線の向こうで、数人が息を呑む気配が伝わる。


『国連安全保障理事会、および緊急特別総会を招集する。議題は「未確認知的生命体による超常技術の拡散防止と管理について」。彼女を参考人──いや、事実上の「被告」として招聘し、全世界の前で査問にかける』


 それは、ミスティアという個を、人類全体の「管理対象」として定義づけるための儀式。

 魔女裁判などという野蛮なものではない。法と条約、そして「国際協調」という名の鎖で、その自由な翼を縛り上げるための政治的な包囲網だ。


『彼女が本当に良き隣人なのか、それとも災厄をまき散らすパンドラの箱なのか。国連の場で白黒つけようじゃないか』


『……悪くない。日本一国に抱え込ませるには、荷が重すぎる案件だ』


『中国も賛成だ。我々が管理に関与できる枠組みが必要だ』


『欧州も異存はない。早急に手配を』


 各国の思惑はバラバラだ。

 独占したい国、危険視する国、利用したい国。

 だが、「ミスティアをこのまま好き勝手にさせてはならない」という一点においてのみ、世界の意志は統一された。


『決まりだな。開催は一週間後。日本政府には圧力をかけて、彼女を出国させる』


『世界が変わる瞬間だ。……我々が、手綱を握り続けられるならば、だが』


 通話は切断された。

 専用回線のパソコンをシャットダウンすると、自動的に画面がテーブルの中へと収納され、一見するとただの重厚な執務机(レゾリュート・デスク)へと戻る。


「さて……これで約定は果たせたとみて良いだろう。ある意味、魔法使い(ウィザード)の提案は、我が国にとって渡りに船だ。国連という檜舞台で何を見せてくれるのかな? 異世界からの渡来者よ」


 大統領執務室の主はそう言って、革張りの椅子に深くもたれ掛かり、軋んだ音を鳴らした。

 電子の闇に溶けた彼らの決定は、即座に外交ルートを通じて表の世界へと伝達されていく。

 魔法使いが夜空を見上げていたその裏で、巨大な歯車が軋み音を立てて回り始めていた。

 次に彼女が立つステージは、熱狂するライブ会場ではない。

 各国のエゴと謀略が渦巻く、人類最大の伏魔殿──国連総会議場である。



◇◆◇◆◇◆◇



 東京の夜空。

 地上の喧騒が嘘のように、そこには冷たく澄んだ大気が支配していた。

 眼下に広がる数多のビル群、その人工の光を見下ろしながら、ミスティアは一陣の風となって空を駆けていた。

 都市部から離れるため23区外まで車で送らせた後、彼女は空路での帰還を選んだのだ。

 『認識阻害』と『音響遮断』の魔法。

 それらで姿を眩ませてしまえば、肉眼は愚か、最新鋭の軍用レーダーにさえ彼女の姿は映らない。ただの夜風の揺らぎとして処理されるだけだ。

 重力を制御し、空気抵抗を魔力の膜で受け流す。飛行機よりも自由で、鳥よりも速く。

 ミスティアは、人間たちが作り上げたコンクリートのジャングルを飛び越え、本来の自然が息づく山間部へと向かった。


(……やれやれ。人間という生き物は、どうしてこうも自分の首を絞めるルール作りが好きなのかね)


 光の海を見ても、感傷は湧かない。

 彼女が恋しいのは、煌びやかなネオンではなく、あの古びた日本家屋から漏れる暖かな灯りだけだった。

 山奥の古民家。

 結界をすり抜け、庭先の芝生へと音もなく着地する。

 同時に魔法を解くと、金色の粒子となって偽装が晴れ、その美しい姿が現世に戻った。


「──師匠!」


 縁側の障子が勢いよく開いた。

 パジャマの上にカーディガンを羽織った泉美が、サンダルを突っかけて飛び出してくる。

 その表情は、不安と心配で今にも泣き出しそうだった。


「師匠! お帰りなさい! ……よかった、無事だったんですね」


「ただいま、泉美。遅くなってすまないね」


 ミスティアが穏やかに微笑むと、泉美はへなへなとその場に座り込んだ。


「もう……本当に心配したんですよ? 控え室で待ってたら、スタッフさんが大慌てで『ミスティアさんが消えた』って飛び込んできて……。外がなんだか騒がしかったし、裏口から出るにも警備がすごくて……私、どうしていいか分からなくて……」


 泉美はライブの成功を祝う余裕もなく、ただただ消えた師匠を案じていたのだ。

 ミスティアが用意しておいた転移の魔法陣で先に帰宅してからも、彼女はずっと待ち続けていたのだろう。外で機動隊と睨み合っていたことなど、露とも知らずに。


「心配をかけたね。ファンの熱気が凄すぎてね、少しばかり『物理的に』飛んで帰ってきたんだよ」


「飛んでって……また魔法ですか? もう、無茶苦茶なんだから……」


 泉美は安堵の息を吐きながらも、少し膨れっ面をする。

 だが、ミスティアの帰還に心底ほっとした様子で立ち上がった。


「とりあえず、中に入ってください。お茶、淹れますから」

 

 二人連れ立って中へ入ると、泉美は手早く準備を整えた。

 居間のちゃぶ台には、湯気の立つハーブティーが置かれる。

 ミスティアは一口その香りを楽しみ、ふぅ、と長い息を吐いた。

 アメリカ大使館のVIPルームで飲んだコーヒーよりも、リムジンの革張りシートよりも、弟子の淹れた茶と畳の匂いが一番落ち着く。


「……それで、師匠」


 泉美が恐る恐る切り出した。


「あの後、どこに行ってたんですか? まさか、そのまま観光して帰ってきたわけじゃないですよね?」


 ミスティアはカップを置くと、事もなげに言った。 


「ああ。少しばかり、都会の『お偉いさん』たちに捕まっていてね。……それと、君に話しておかなければならないことがある」


 ミスティアの口調が、いつになく真剣なものに変わる。

 泉美は背筋を伸ばし、師匠の言葉を待った。


「僕は恐らく、近いうちに国連に呼び出されることになる」


「……はい?」


 泉美の思考が停止した。

 コクリ、と首を傾げる。聞き間違いだろうか。


「えっと……コクレン? あの、社会の授業で習う、ニューヨークにある?」


「そう、その国際連合だ。来週にでも、国連という表舞台で世界の首脳たちが、僕という存在をどう扱うか、品定めをしようとするだろう」


「ええええええっ!?」


 静かな古民家に、泉美の絶叫が響き渡った。


「こ、国連総会!? なんでですか!? ライブ終わったばかりなのに、いきなり世界レベルの話になってるんですけど!?」


「まあ、少しばかり派手に魔法をばら撒きすぎた対価だろうね。今後のことを考えると面倒だったし、あえて利用させてもらうことにしたんだ」 


 頭を抱える泉美をよそに、ミスティアは淡々とこれからの予定を語り出した。


「これに伴って、僕は少ししたら、数日ほど日本を離れることになるかもしれない。世界中が僕を放っておかないからね」


「そ、そんな……。じゃあ、配信はどうするんですか?」


「終わらせはしないよ。むしろ、これからが本番だ」


 ミスティアは指を鳴らし、空中に小さな映像ウィンドウを浮かべた。


「拠点を変える。流石にこの国に居座り続けていると、世界中の攻撃がこの国に集中してしまう」


 それは僕の本意じゃないからねと続けて、肩をすくめる。


「けど、ネット回線とか……」


「科学技術では衛生回線を使っても厳しいだろうね。けれども、魔法を使えば画質も遅延も、今のネット回線より遥かに高品質で繋いでみせるさ。それに──」


 ミスティアの瞳が、鋭い光を帯びる。


「今後は、もっと世界に影響を与える魔法を公開していく。今日、外で少し見せた『重力制御』のような技術だけじゃない。エネルギー問題、環境浄化、医療……この世界の文明レベルを底上げするような技術を、惜しみなくばら撒くつもりだ」


 泉美は息を呑んだ。

 それは、ただのエンタメ配信の域を超えている。歴史を変える行為だ。


「……どうして? どうしてそこまでするんですか? 師匠は、何をそこまで焦っているのですか?」


 泉美の真剣な問いかけ。

 ミスティアは少しだけ目を伏せ、沈黙した。

 やがて、覚悟を決めたように顔を上げ、愛弟子の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「森泉美、君には話しておかなくてはならないね。僕がなぜ、この世界に来たのか。そして、なぜこんなに急いで魔法を広めようとしているのかを」


 いつものおちゃらけた雰囲気は消え失せていた。

 そこには数千年の時を生きた、賢者としての顔があった。


「……この世界はね、近い将来、大きな転機を迎えるんだ」


「転機……ですか?」


「ああ。単刀直入に言おう。……あとおよそ200年後。僕の故郷である『向こう側の世界』と、君たちの住む『この世界』が衝突し、融合する」


「──っ!?」


 あまりに突拍子のない言葉に、泉美は言葉を失った。

 衝突。融合。SF映画のような単語が、冷たい現実の響きを持って突き刺さる。


「この世界ともう一つの世界──異世界は、彗星と地球の関係に近い。何百年周期で接近と疎遠を繰り返している。その周期が、僕の観測によれば短くなっているんだ」


 ミスティアはテーブルの上にあった、水の入った二つのコップを近づけてみせた。


「今のまま融合すればどうなると思う? 魔法という概念が存在せず、魔力への耐性を持たないこの世界の生物は……突然、高濃度の魔力に晒されることになる」


「それって……」


「『魔力中毒』による大量死。あるいは生態系の崩壊。文明は維持できず、世界の物理法則すら乱れ、人類は絶滅に近い打撃を受けるだろうね。……それが、僕が見た未来だ」


 部屋の空気が凍りついたように重くなる。

 200年後。自分たちはもう生きていないかもしれない。だが、確実に訪れる破滅。

 ミスティアがこの世界に来た本当の理由。それは単なる観光でも、気まぐれでもなかったのだ。


「だから、僕は来たんだ」


 ミスティアは優しく、だが力強く言った。


「融合を止めることはできない。ならば、耐性をつけるしかない。魔法という異物を、少しずつこの世界に馴染ませ、人々の体に、文化に、科学の中に浸透させる。いわば『ワクチン』だね」


「ワクチン……」


「そう。200年かけて、この世界を『魔法が当たり前に存在する世界』へと作り変える。そうすれば、融合した時のショックは最小限で済む。二つの世界が混ざり合い、新しい可能性として花開くことができるんだ」


 ミスティアは自分の手のひらを見つめた。

 そこには、世界を救うための、気の遠くなるような計画が握られている。


「国連での演説も、アメリカへの協力も、すべてはそのための布石さ。僕は、この星の『魔力濃度』を上げ、世界に魔法への免疫をつけるために、種を撒き続ける」

 語り終えたミスティアは、ふと自嘲気味な笑みを浮かべた。

「なんてね。随分と壮大で、迷惑な話だろう? 勝手に押しかけてきて、世界を変えようだなんて」

 泉美が何かを言いかけた、その時だった。

 ミスティアが制するように片手を上げ、その表情から笑みを消した。


「……だからこそ、泉美。ここで選んでほしい」


「え?」


「これから僕が歩む道は、今までのようなお気楽な配信活動だけでは済まない。国家間の争い、利権、もしかしたら命を狙われる危険だってある。茨の道だ」


 ミスティアは音もなく泉美との距離を詰めると、その華奢な人差し指を、泉美の眉間にそっと添えた。

 指先に、淡く優しい光が灯る。


「僕は『記憶操作』も使える。今ここで、君の記憶から僕に関するすべてを消し去ることもできるんだ。配信を通じて世界への記憶改変もできる……」


「し、師匠……?」


「君が明日目覚めた時、ミスティアなんて異世界人は最初からいなかったことになる。君はただの会社員に戻り、もっとまともな会社へと転職している。そして、君は恋をして、平穏で幸せな一生を送る。……それが、君にとって一番幸福な選択かもしれない」


 ミスティアの声が、微かに震えていた。

 その瞳が揺れている。

 数千年を生きた大魔法使いが、たった数ヶ月を共にしただけの弟子の答えを、怖がっている。

 巻き込みたくないという良心と、離れたくないというエゴ。その狭間で揺れる孤独な少女の顔が、そこにはあった。


「さあ、選んでくれ。魔法を忘れて平穏に生きるか、世界を敵に回してでも僕と行くか。……僕は、君の意思を尊重するよ」


 重苦しい沈黙が、部屋を支配した。

 秒針の音だけが響く中、泉美は師匠の指先から灯る光をじっと見つめ──。


 パシッ、と。


 その手を、両手で強く包み込んだ。


「……バカですか、師匠は。いえ、バカですよ!」


 魔法の光がかき消える。

 泉美は呆れたように、けれど慈しむような瞳でミスティアを見つめ返した。


「今さら『はいそうですか』って忘れられるわけないじゃないですか。それに、私を誰だと思ってるんです? 大魔法使いミスティアの一番弟子、森泉美ですよ?」


「泉美……」


「平穏なんていりません。私が欲しいのは、師匠が見せてくれるワクワクする未来だけです。……200年後まで生きられないなら、その種が芽吹くところ、私が一番近くで実況してあげますから」


 迷いのない、真っ直ぐな言葉。

 ミスティアは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、やがて──その瞳にじわりと涙を滲ませながら、嬉しそうに破顔した。


「……ふふ、あははは! これだから人間は面白い! 寿命という短い時間を生きる君たちが、誰よりも未来を信じているんだからね」


 ミスティアは立ち上がり、窓を開け放った。

 冷たい夜風と共に、満天の星空が視界に飛び込んでくる。

 隣に並んだ泉美の肩を、ミスティアは力強く抱き寄せた。もう、迷いはなかった。


「よし、決まりだ。まずは国連だ。ニューヨークで堅物たちに、魔法という名の新しい風を吹き込んでやろうじゃないか。──ついてきてくれるかい、我が弟子よ」


「もちろんです! どこまでだって配信してやりますから!」


 二人の笑い声が、夜の山に響いた。

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