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異世界エルフの魔法教室〜この世界に魔法を贈りたい〜  作者: おんせんみかん


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16/23

16話 ステップアップのための



『本部より各員! 会場内部の状況を報告せよ!』


『ダメです、捜査員からの無線途絶! 応答ありません! 出入り口は何らかの不可視の力場で物理的に遮断されています。侵入不能!』


 会場が物理法則さえもねじ伏せる熱狂と、正体不明の結界に閉ざされた直後。

 事態が動いたのは、最も警戒が厳重な正面入り口だった。


「正面エントランスに動きあり! ──なっ!? 開いたぞ! 中から誰か出てくる!」


 無線越しの機動隊員の声が裏返る。

 封鎖されていたはずの重厚な扉が、まるで自動ドアのように音もなく左右へ開いたのだ。

 そこから現れたのは、先ほどステージから忽然と姿を消したはずの金髪の魔法使い──ミスティア・フル・ローゼユグドラその人であった。

 ミスティアはまるで、コンビニへ散歩に出かけるような気軽さで、重武装の警官たちが待ち受ける広場へと足を踏み出す。


「た、対象Eを確認! 総員、包囲せよ!」


 怒号と共に、投光器の強烈な光がミスティアを捉え、夜の闇を切り裂く。

 ジュラルミンの盾を構えた機動隊員が雪崩を打って距離を詰め、ミスティアを中心とした半径十メートルの円陣を即座に形成した。警察官の視線が無数に向けられる中、しかし魔法使いは優雅に髪をかき上げるだけだ。


「ミスティア・フル・ローゼユグドラさんですね! あなたにお話があって参りました!」


 張り詰めた空気の中、ネゴシエイターの柏原が汗を拭う余裕もなく最前線へと飛び出した。

 相手は魔法使いだ。常識など通用しない。だが、ここで対話を成立させなければ事態は泥沼化し、最悪の場合は死人が出る。柏原は震える足を叱咤し、拡声器を使わずに声を張り上げた。


「私は日本国政府、入国管理局の柏原といいます! 危害を加えるつもりはありません! ただ、あなたの入国手続きと、その……超常的な力について、少しお話を伺いたいだけなのです!」


 柏原の必死の呼びかけに、ミスティアは足を止めた。

 目も眩むような投光器の光を気にする風もなく、きょとんとした顔で周囲の黒尽くめの男たちを見回す。そして最後に柏原に視線を止め、ふわりと微笑んだ。


「おや、ご苦労な事だ。衛士諸君。随分と熱烈な歓迎だね。僕はただ、会場の熱気が凄すぎて少し夜風に当たりに来ただけなんだけど」


「そ、そうですか。それならば、場所を変えて涼しい部屋で冷たいお茶でも──」


 柏原が一歩踏み出し、交渉の糸口を掴みかけた、その時だった。


「それには及ばないよ。丁度、友人が迎えに来たようだからね」


 ──ブロロロロロ……ッ!


 重厚かつ獰猛なV型エンジンの咆哮が、警察の包囲網の外側から響き渡った。

 一般車両など全て規制しているはずの道路を、我が物顔で突き進んでくる一台の黒塗りの大型リムジン。

 それを制止しようとした機動隊員が、車のフロントにつけられた『青いナンバープレート』を見て、凍りついたように道を譲った。


「ば、馬鹿野郎! 止めろ! ……なっ、あれは!」


「外交官ナンバー!? し、しかもアメリカだぞ!」


 日本の警察権が及ばぬ聖域。

 星条旗を掲げたその車は、海を割るモーゼのごとく警官隊の列を割り、ミスティアと柏原の間に滑り込むようにして急停車した。

 柏原が呆然とする目の前で、後部座席のドアが重々しく開かれる。


「やあ、随分と窮屈そうな場所で立ち往生しているね。魔法使い(ウィザード)さん」


 車内から声をかけたのは、仕立ての良いスーツを着こなした白人の男だった。

 鋭い眼光に、強い知性と野心を宿したその男──世界的な自動車メーカー『モスラ』を始め、宇宙航空事業『スペシャルX』を率いる実業家、エーオンである。

 エーオンは革張りのシートから優雅に立ち上がると、慣れた仕草で扉を押さえ、車内へと手を差し伸べた。


「ここは少々騒々しい。私の車で少しドライブでもどうかな? 美味しいコーヒーとドーナッツを用意しているんだ」


 柏原は顔面を蒼白にして叫んだ。


「ま、待て! その人物は現在、我々が事情聴取を──」


「おやおや、その方は犯罪者かな? まだ何の容疑もかかっていないはずだが。それに、ミスティアは日本国籍を有していない。ならば、友好的な合衆国市民である私が、友人であるこの方をゲストとして大使館へ招くことに何の問題があるのかな?」


 エーオンは冷ややかな視線だけで柏原を射抜くと、再びミスティアへ紳士的な笑みを向けた。そこには明確な「格」の差があった。

 ミスティアは、柏原とエーオン、そして周囲の機動隊を交互に見比べ、楽しそうに喉を鳴らした。


「なるほど。あちらの堅苦しいお役所仕事よりは、君のコーヒーブレイクに付き合う方が楽しそうだね」


 ミスティアは躊躇なくリムジンへと足を向けた。

 警官たちがざわめき、一斉に動こうとするが、それを制したのは無線から響いた本部長の悲鳴のような制止命令だった。


『動くな! 絶対に手を出すな! 重大な外交問題になるぞ!!』


 その隙を見逃すはずもなく、ミスティアは車内へと滑り込む。

 重いドアが閉ざされる音は、日本警察の敗北を告げるゴングのように響いた。スモークガラスの向こうで、ミスティアとエーオンが向かい合って座り、言葉を交わすシルエットだけが見える。


「さあ、出したまえ。行き先は赤坂、アメリカ大使館だ」


 エーオンの短く的確な指示と共に、リムジンはタイヤを軋ませて発進した。

 数多のパトカーと警官たちの間を悠々とすり抜け、夜の東京へと消えていくテールランプ。残されたのは、排気ガスの臭いと、呆然と立ち尽くす柏原たちだけであった。


「……上になんて報告すればいいんだ。これ……」


 柏原の力のない呟きは、誰の耳にも届くことなく夜風に消えた。



◇◆◇◆◇◆◇



 アメリカ大使館へと向かう車内では、外の緊迫感とは裏腹に、極めて高度で異質な会話が進んでいた。


「日本語で話した方がいいですか?」


 エーオンがアメリカ人とは思えないほどに流暢な日本語で切り出す。


『──そちらの言葉で大丈夫だよ。僕には言語なんてものは、単なる音の伝達手段でしかないからね──』


 対してミスティアは、不思議な響きの「思念」で返した。

 英語にも日本語にも聞こえるが、意味は脳に直接染み渡るように理解できる。エーオンは初めて味わう感覚に、微かな興奮を滲ませた。


『おお、これは素晴らしい。テレパシー……いや、概念伝達か。それも魔法ですか?』


『そちらの言語を話すこともできるけれど、魔法の方が興味深く見てくれるだろう?』


 いたずらっ子の笑みでウインクをすると、エーオンは子供のようにはしゃいで見せた。


『確かに、非常に興味深い! しかも、すごく面白い! 鼓膜は振動していないのに、貴方の声が脳内で再生されている』


 普段は冷静沈着な主が見せる興奮状態に、専属の運転手がバックミラー越しに驚きの視線を向けている。


『こうして会うのは初めてだね。初めましてエーオンさん、僕はミスティア・フル・ローゼユグドラ。君の良き隣人だよ』


『初めまして、世界を跨ぐ魔法使い(ウィザード)。しがない地球の商売人、エーオン・ワスプです。この出会いが二人にとって、歴史的な転換点になることを確信しています』


 改めて握手を交わす二人。

 ミスティアは手を離すと、珍しく申し訳なさそうに口を開いた。


『この度は、骨を折ってもらって申し訳ないね。随分とお金を使ったんじゃないかい?』


 それに対して、エーオンは快活に笑いながら肩をすくめて見せる。


『いえいえ、貴方とのパイプを得られる事に比べれば安いものですよ。それに──貴方が儲けさせてくれるのでしょう?』


 敢えて道化(ピエロ)を演じるようにおちゃらけた直後、エーオンは表情を瞬時に引き締めた。冷徹な実業家の顔だ。


『それに私としても、彼らのやり口は不快でしたからね』


 吐き捨てるように言ったエーオンの表情は侮蔑に満ちていた。


『彼らは株を手放す事に渋らなかったかい?』


 二日前の打ち合わせの際、ミスティアたちが仕掛けた対抗策。それは、敵対的買収を仕掛けてくる相手に対し、より強力な資本家であるエーオンをぶつけることだった。

 毒を以て毒を制す。蛇の道は蛇である。


『まぁ、普通なら渋るでしょうね。けれど簡単な話です。私は彼らのボスの耳元で囁いてあげるだけで、簡単に白旗を上げてきましたよ』


 エーオンの語りの妙か。ついついミスティアはその小さな体を乗り出し、興味深げに尋ねる。


『ほぅ、それはなんて言ったんだい?』


 焦らすように一拍置いて、エーオンは顔を突き合わせるように身を乗り出した。


『知っているかい? 私の新しい友人は魔法使いでね。私はただ、友人と世間話をする前に親切心で忠告してあげているんだ。なんなら、今ここで電話をして魔法使いに、株を買っているのは君だと教えてもいいんだよ?……まぁ、魔法使いの怒りがゼウスの雷より弱いことを祈るよってね』


『あははは、ゼウスと比べられるとは光栄だね。流石は商売人さんだ。お陰で友人の誕生日を血で汚さずに済んだ』


 ミスティアは冗談めかして笑ったが、その瞳の奥には、常人では持ち得ない凍てつくような冷徹な光が湛えられていた。

 もちろん、エーオンの協力は無償ではない。ミスティアからの利益供与あっての取引だ。

 エーオンがロケット開発に魔法を融合したいと考えていること、それについて熱烈なラブコールを送っていたことも事実だ。だがミスティアは、その魔法を世界に『配信』し、周知させることを優先したのだ。


『ああ、君の──君たちの計画は非常にユニークだ。僕は協力を惜しまないよ』


『ユニーク……。貴方のような超越者が、我々の作る玩具(ロケット)に興味があったとは意外だ』


 リムジンは首都高速へ入り、滑るようにアスファルトの上を駆けている。

 エーオンは、サイドテーブルの下からグラスを二つ取り出し、視線だけで「酒は?」と問いかける。ミスティアが首を横に振ると、彼はクリスタルのデキャンタから琥珀色の液体を自身のグラスにだけ注ぎながら言った。


『人間が空を目指すのは、本能のようなものだからね。かつては塔を建て、今は火を噴く筒に乗る。手段が違うだけで、君たちのやっていることは魔法使いと変わらないよ』


 足を組んで挑発的に微笑んだ。


『それに、君の会社のロケット……『ホープマーキュリー』だったかな? あくなき挑戦を続ける姿には感動すら覚える』


 エーオンは苦笑するどころか、獲物を見つけた猛禽類のように目を輝かせた。


『お褒めに与り光栄だね。だが、どうしても現在の化学ロケットでは限界がある。質量とエネルギーのジレンマだ。「ロケット方程式」の呪縛からは逃れられない』


『ふふ、目の前にいるのは科学の枠を超えた不条理な存在、魔法使いだよ? 物理法則を無視するのは僕の得意分野だからね。例えば──』


 ミスティアは指を一本だけ立て、エーオンが持つグラスの縁を軽く叩いてみせた。

 その瞬間、手の中で感じた違和感に、エーオンはこの日何度目になるかわからない驚愕の表情を浮かべた。


『……信じられない。……ははははははは! これは確かに不条理だ!』


 エーオンがおそるおそる指を離すと、酒の入ったグラスは落下することなく、まるで水中にあるかのようにふわりと空中に留まったのだ。


『グラスにかかる重力影響を10分の1にしてある。つまり、この地球という惑星から飛び出すのに必要な推進力は劇的に減るんじゃないかい? これを魔法陣に封入することは可能だよ』


 何気なく提示された奇跡。エーオンは浮遊するグラスを挟み込むように両手を翳して、少年のように目を輝かせた。


『……おおぉ、なんていうことだ……重力制御か。この魔法一つで、我々は数百年分の進化をスキップできるぞ!』



◇◆◇◆◇◆◇



 一方、取り残された会場前の広場では、張り詰めた空気が重い淀みとなって沈殿していた。


「クソッ! 外務省に連絡だ! 入管と警察庁のメンツが丸潰れだぞ!」


 現場指揮官の怒鳴り声が響く中、柏原は力なく路肩に座り込んでいた。

 手の中のスマートフォンが震える。発信元は『本庁・警備局長』。

 出たくない。だが、出ないわけにはいかない。


「……はい、柏原です」


『柏原君。ご苦労だったね』


 受話器の向こうの声は、予想に反して酷く落ち着いていた。その冷静さが、柏原には逆に不気味に感じられた。


「申し訳ありません。対象の確保に失敗しました。米国の介入を許し──」


『ああ、いいんだ。向こうから連絡があった。今日の警察の対応に「感謝」すると。後日、きちんとご挨拶に伺うそうだ』


「え……?」


 柏原は耳を疑った。「え? 感謝?」

 下手をすれば今日の警察の動きで気分を害して、米国(トンビ)対象E(油揚げ)を攫われたかと思っていたからだ。


『対象E──いや、ミスティアさんはライブの開催を円滑に進めてくれた君たちには、非常に感謝しているようだ』


「感謝……?」


『対象は極めて危険な特異点だ。今や世界中が手にしようと暗躍している。いうなれば現代の聖杯だ』


 局長の声色が、温度を失った冷徹なものへと変わる。


『この後は政治的な領分だが、向こうは君を指名してきている。「あの現場にいたネゴシエイターを窓口にしたい」とな。……気に入られたようで何よりだね。はっはっはっ!』


 通話が切れると同時に、柏原の背筋に冷たいものが走った。

 ふと顔を上げると、騒然とする現場の片隅、闇に溶けるように佇む地味なスーツのアジア人たちが目に入った。公安か、あるいは──。


 彼らは去りゆくリムジンの方向を無言で見つめていた。その瞳には、人間らしい感情の色が一切浮かんでいなかった。


「おいおい! 勘弁してくれよ! 俺には荷が重すぎる! ……頼むから安息をくれよ、神さまぁぁぁー!」

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