1話 ミスティの楽しい魔法教室
投稿ペースは二、三日一回のペースです
作者は口下手のため感想返しは致しません。ご了承のほどよろしくお願いいたします。
《もうすぐはじまっぞ!お前ら》
《今度こそ、俺の封印されし右腕が!》
《ww厨二病乙wwつかマジで魔法使いてぇ》
《お前は魔法が使えなくても、すでに三十代◯貞だから、魔法使いだよ。そして俺は賢者……》
開始前からすでに三桁を超える待機人数が表示されている。しかし、別に人気ミーチューバーでもインフルエンサーでもなく、ライブでの放送はまだ三回目なのにだ。アーカイブ映像はすでに一万回を超えるほど伸びていた。
《しっかし、マジで魔法が使えるようになんの?》
《マジらしい、実際数人は水生成の魔法を使えたらしいし、実際、俺も手を強く握りしめてミスティちゃんを見てるだけで手から水が……》
《そwwれwwはww手汗www痩せろ!》
時折下品なことを言いつつも、皆ワクワクを感じずにはいられないようで、開始までのカウントダウンがゼロになるのを今か今かと待ち望んでいた。
そして、3……2……1……
『こんばんユグドラ! ミスティの魔法教室へようこそー!』
◇◆◇◆◇◆◇
時は遡ること一ヶ月前……
(疲れた……)
精も根も尽き果て、鉛のように重い体と重い足を引きずりながら、まるで生ける屍のように歩いていた。
彼女の名前は森泉美。東京のどこにでもいる、田舎から都会に憧れて上京したOL女性だ。そして、彼女が勤めているのはブラックに限りなく近い会社だった。
今日も今日とてクライアントから無理な変更を強いられ、帰る頃にはギリギリ終電間近だ。いっそネットカフェにでも泊まろうかと考えていたが、翌日が休みともあって、気力を振り絞って何とかいつもの駅まで帰ってきた。
しかし運悪くタクシーも捕まらず、家まで強制的に歩くことを余儀なくされた。
(はぁ……こんなことなら始発までネカフェで過ごしたほうがマシだったなぁ)
後悔先に立たずとは良く言ったもので、疲れはピークに達していても、家に帰り着くまではろくに店舗もない。
艶の消えたボサボサ髪を右に左に揺らしながら歩みを進めていると、ふといつもは気にも留めない小さな公園が目に入った。砂場とベンチ、あとは小さなブランコがあるだけの、住宅街の隙間を埋めるためだけの公園だ。
泉美は何かに魅入られるようにその公園へと足を向けた。疲れ切った体には、何の変哲もない薄汚れた木のベンチが、まるで高級羽毛布団の如く魅力的に映ってしまったのだ。
(10分……いや、5分でいいからここで休んでから家に帰ろう。5分でいいから……)
小さいベンチに腰掛け、痩せ気味の体をベンチへと寄り添わせた。ひんやりとしたベンチの硬質な感触が、疲れて熱を持っていた泉美の体を冷やす。その気持ちよさから目を軽く閉じた。
5分と思っていたが、泉美は1分と経たずして、意識を闇の中へと落としていった。
……懐かしいなぁ。僕も“前”は会社から帰りに近くの公園で意識を飛ばしたっけな。うん。この子なら魔力量も地球人にしては多いほうだし、この子にしよう。
意識が完全に眠りの闇に落ち切る前に、少女のそんな声を聞いた気がした。
◇◆◇◆◇◆◇
遠くから包丁がまな板を叩く、小気味良いリズムが聞こえる。そして次に、ここ数ヶ月は嗅いだことない美味しそうな味噌汁の匂いまで漂ってきた。
「おかぁさん?」
つい、昔亡くなった母を思い出して言葉に出して呼んでみる。
その声に反応したわけではあるまいが、間取りを仕切るスライドドアが開かれた。そこにいたのはもちろん死んだ母などではなく、泉美の腰まで程度の背丈しかない子供だった。その子供はご飯と味噌汁を乗せた盆を手に持ち、立っていた。
「えっ? は? えっ? ええっ!? あの……どちら様ですか?」
見たことない子供の登場に、ただでさえ寝起きで思考が回らない頭がさらに混乱する。そして周囲を見回してようやく、ここが自分の家ではないことに気付いた。
「おはよう。森泉美さん。とりあえず質問は、食事をしてからにしよう」
絹糸のように艶やかな金糸の髪を靡かせ、小首を傾げながらにっこりと微笑みを浮かべてそう言うと、子供はさっさとご飯と味噌汁を置いて、キッチンへと踵を返した。
泉美は状況が受け止められずぽかんとした表情を浮かべたまま、ノロノロとベッドの縁まで移動して腰掛ける。そして、手際よく料理を皿に盛り付けて盆に乗せる子供の姿につい見惚れてしまう。
見た目は色白で、動くたびにサラサラと流れる艶やかな髪を持つ。パッと見ただけでは少年なのか少女なのか見分けがつかない。けれども、一つだけ言えることがあった。それは、テレビでも見たことがない「幼さが残りながらも絶世の美貌」というものがあるとするならば、まさにこれであろうという確信が持てる美しさだった。
もはや美貌に見惚れてなのか、状況がわからずなのか、ポォっとのぼせた頭で見ていることしかできなかった。
そうこうしているうちに、あれよあれよと小さなテーブルの上にはご飯と味噌汁、ハムエッグとお漬物まで用意されていた。久しく見ていなかった人間らしい食事に、泉美はフラフラとテーブルへと引き寄せられていた。
「さて、それじゃあ。いただきます」
「え、あその……いただきます……?」
泉美は質問していいのかわからず、現状の把握すらおぼつかないまま、味噌汁へと口をつける。口の中に広がる懐かしい味噌汁の味に思わず、「ホウっ」と心からの吐息を漏らした。
それからは目の前の子供への警戒感を微かに緩めて、次々へと箸を進める。時折、子供が発する小さな吐息や「んー、これこれ」などといった感嘆の声を耳にしながら食事を進めていると、気がつけばテーブルの上にあった料理はすでに空になってしまっていた。
そして、空いた食器が洗い場へと置かれ、代わりにテーブルにはお茶が入ったカップが二つ置かれていた。
「あのぅ……」
「さて、腹も満ちたし。何でも質問するといいよ」
両手にカップを抱えて遠慮しがちに上目遣いでどう切り出そうか悩んでいた泉美の言葉に被せるように、子供は柔らかい笑みを浮かべて促してきた。
「何を質問していいかすらわからないんですけど……とりあえずはお名前を聞いても?」
「僕の名前はミスティア・フル・ローゼユグドラ。見てわかる通り、長命種のエルフだよ」
子供──ミスティアは変わらず柔らかい笑みを浮かべたまま、エルフの象徴とも言うべき、笹の葉のような長い耳をピコピコと動かしてみせる。泉美として最初から目にして気付いてはいたが、敢えてコスプレの可能性も考えて、目を逸らしていたのだ。
「その……みすてぃあふるろーぜ……?」
「ミスティア・フル・ローゼユグドラね。長ったらしいから師匠と呼んでくれると嬉しいな」
その言葉と同時に、ミスティアは愛らしくウィンクを送った。
「あ、はい。え? 師匠?」
「そう、君の師匠になることに決めたから。これからよろしくね? 泉美」
「えっ? えぇ?? えーーーーーーー!?!?」
気持ちの良い朝の空気に、泉美の素っ頓狂な声が響き渡った。
ようやく落ち着いたと思った頭が、その一言でさらに混乱へと落とされていく。




