傷ついた睡蓮
仏頂面な俺が、笑顔を絶やさない女性と婚約したことがある。今振り返ると、不器用な俺には彼女は高嶺の花だった。
俺は造園家で、彼女は客だった。彼女の家の庭に小さな池を造設するよう任されたのが、たまたま俺だった。彼女のたっての希望で、彼女が好きだという睡蓮を、泥まみれになってその庭池に植えたのも俺だ。睡蓮が仲人となり、瞬く間に親しくなり、自然な成り行きで一緒になった。
彼女は誰からも愛されるし、誰にでもいい顔をする人だった。隣で同じ時を過ごしていると、俺の純粋だった愛情は、日に日に少しずつゆがんでいった。優等生な彼女は、劣等生な俺にはまぶしすぎた。立派な彼女のそばにいると、何かにつけ負けているような、いらいらするコンプレックスに包まれた。
新居に向けて準備を始めるために、彼女と会う約束をした当日。俺は一方的に煮詰まった挙げ句、冷たくわがままで大馬鹿な言動をやらかした。あんなに好きで仲睦まじかった彼女を一方的に拒絶し、婚約破棄してしまった。彼女はわけが分からず取り乱していた。人づてに、泣きじゃくっていたと聞いて、俺は激しく落ち込んだ。冷静になって省みると、自業自得である。
彼女と会わなくなって三年。歳月が過ぎたお陰で、彼女を思い出す頻度が途切れ途切れに少なくなっていったある日。仕事で新婚夫婦の顧客を相手にした。奥さんが偶然にも彼女と同じく睡蓮が好きだと笑顔で話してきた。トラウマが蘇った。おそらく俺の顔は引きつり、様子が若干妙に見えたと思う。
その日の夜、一人で手作りしたチャーハンをゆっくり頬張りながら、今更ながら悟った。結局俺は、百八十センチの上背が嘘みたいに、精神年齢が幼くて、誰に対してもひがむ情けない社会人なのだと。




