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新章です
社交界も終わりに近づいた晩夏。
エルマーはハウエル男爵家のタウンハウスを訪れていた。
「ゲイリーの家に来ると、やっぱり貴族だなぁって思うよ」
贅沢で洒脱な応接室で、エルマーはやや肩身が狭そうに出されたお茶を飲む。
「まあ、貴族の屋敷なんて大抵こんなものじゃない?」
「俺はそうそう貴族の屋敷に行く事はないんだよ」
二人が他愛もない会話を交わしていると、ノックの音が聞こえた。
ゲイリーが許可を出すと、ドアの向こうから現れたのは一人の貴族夫人だった。
ゲイリーと同じローズピンクの髪を結い上げ、儚げで可憐な顔立ちによく似合う繊細なレースが惜しみなく施されたペールブルーのドレスを纏っていた。
「やあ、よく来たねベル」
「ごきげんよう、お兄様。エルマーお兄様もお久しぶりね」
「ご無沙汰しております、レディ・メリーベル」
彼女はゲイリーの妹のメリーベルだ。
ゲイリーの三歳年下で、ヌーベス郊外の大病院を経営する男爵に嫁いでいる。
「嫌だわエルマーお兄様ったらそんな他人行儀な言い方。
もう気軽にベルとは呼んでくださらないの?」
ぷくっと頬をふくらませるメリーベル。その様は子を産んで母となってもなお愛らしい。
「あー…相変わらずベルには敵わないなぁ」
「エルマーはいつもベルには甘いよね」
「ウフフ」
三人が席に着きパーラーメイドが新しいお茶を淹れていく。
役者が揃ったところで雑談もそこそこに本題に入る。
「それで、鑑定してもらいたいものとは?」
エルマーが話を切り出すと、メリーベルはレディズ・コンパニオンに指示して小箱をテーブルの上に置いた。
箱の蓋を開けば中にはやや古めかしいデザインだが非常に美しい懐中時計が入っていた。
「へぇ、アンティーク時計か。美しいな」
ゲイリーも興味深そうに覗き込んでいる。
この世界で時計というのは決して安いものではない。
特に名匠による作などは非常に高い価値があり、それを持つ事が一種のステータスともなる。
「義父である前男爵のものだったの。お義父様は結構な蒐集家でいらしてね。
先日、生前贈与として美術品や装飾品をいくつか頂いたのだけど、これだけ鑑定書がなかったのよ。
旦那様はとても気に入っているの。でもわたくしは何だか嫌な感じがして…。
エルマーお兄様なら何か分かるかと思ってお願いしたの」
メリーベルは困ったようにそう言い、頬に手を当ててふうと溜息を吐いた。
彼女のスキルは『察知』。それで何か良からぬものを感じ取ったのだろう。
「なるほどね…。手に取ってみてもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
エルマーはいつもの白手袋をはめ箱の中から懐中時計を恭しく取り出す。
しばらくの間しげしげと眺め一つ頷いた。
「ああ…なるほど、やっぱり」
「何か分かったのかい?」
「うん。この懐中時計には呪いが掛けられている」
「呪い、ですの?」
「そう。さほど強いものではないけどね。」
エルマーは鞄から魔導紙を取り出した。
魔力を通しやすく加工された羊皮紙で、魔力を流しながら記入するものだ。
後から改竄する事は出来ず、また記入者の識別が可能である為、契約書や鑑定書などによく使用されている。
エルマーはその魔導紙に鑑定結果を書き連ね、最後にサインを入れた。
「これが鑑定結果ね」
書き終えた鑑定書を二人の前に差し出す。
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銀細工の懐中時計(呪い状態)
アンティーク品のゼンマイ式懐中時計。
時計職人マイスター・ドミニクの作品。
両蓋には精緻な銀細工が施されており、中の文字盤にもブルーダイヤモンドが施されている。
ムーブメントは旧型の手巻き式だが今でもその誤差は微々たるもの。
評価額五〇万リブラ(呪われていない状態の場合)。
製作依頼者であり最初の所有者であるメアリー・ヘインズにより呪いをかけられている。
魅了により手に取る者を惹きつけ、所有した者がハゲ頭になるというものである。
呪いの強度はおまじないに毛が生えた程度。
鑑定者: エルマー・クレイトン
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「これは…何と言うか」
「あらまぁ…」
何とも微妙な呪いに三人とも何と言っていいか分からない。
「あー…大した呪いじゃないみたいだから、呪術に詳しい人に聞いて解いてもらえば普通に使えると思うよ」
「物自体は良いようだし、伝手を探してみるわ」
「知り合いに解呪も得意な魔術師がいるけど、紹介しようか?」
「本当?じゃあお願いしようかしら」
無事解決の糸口が見え、メリーベルはホッと息を吐いた。
そして旦那様がハゲ頭になるのは防げそうだわ、とこっそり思った。
「それにしても、相変わらずエルマーお兄様の鑑定スキルは流石ね。
こんなに早く詳しく分かるなんて、宮廷御用達にもなれそう」
仕切り直してティータイムと洒落込んだところで、茶菓子のクッキーを手にメリーベルがぽつりと言った。
「エルマーはアンブローズ随一の鑑定士だからね」
「それは買い被り過ぎだろう。というか何でゲイリーが得意気なんだ」
「ふふ。でもこうしてお願いしていると、アカデミーの頃を思い出すわ」
「白百合事件な」
「ああ、そんな事もあったね」
三人は顔を見合わせて吹き出すように笑い、もう遠くなってしまったあの頃の日々に思いを馳せた。




