:閑話 エルマーの休日①
エルマーとゲイリーが二人で街にお出かけするだけの話。
魔剣の件からしばらく経った安息日、日本で言うところの日曜日。
この日をエルマーの店は定休日にしている。安息日が休みの店は多い。
普段より少し遅く起きたエルマーは眠い目を擦りながらキッチンへと向かった。
店舗の二階が居住スペースになっており、こじんまりとした1LDKの間取りだ。
ちなみにこの物件は元々エルマーの実家の商会所有だったが、独立祝いとして贈与された。
お湯を沸かして紅茶を淹れ、ベーコンエッグに千切ったレタス、トーストというヌーベス定番の朝食が出来た。
トーストにはお気に入りのマーマレードをたっぷりと塗る。
(うーん、今日は何をしようかなぁ。
まずはランドリー・サービスに洗濯物を預けて…あ、この間ゲイリーが持ってきた菓子店にでも行ってみるか。
あとは平日用に食べる用の食材も買って、あーそれと本屋にも寄りたいな)
トーストを齧りながら今日の予定について考えていると、不意に玄関の呼び鈴がなった。
こんな休日の朝に誰かと不審に思い玄関ドアを開けると、そこにはゲイリーが立っていた。
「おはようエルマー、良い朝だね」
朝__と言うには遅い時間だが__から爽やかながら色気のある笑顔である。
今日はサージ生地のラウンジ・スーツにボウラー・ハットという完全なカジュアルスタイルだ。
「はあ、そうだね」
エルマーは少し呆れながらもゲイリーを家の中へ招き入れ、ポットの紅茶をカップに注いで出した。
安物の茶葉な上にややぬるくなっているが、ゲイリーは気にせず飲んでいる。
「男爵様っていうのは暇なのか?」
「せっかくの休日だからね、親友の顔を見に来たよ」
今は社交界の時期なので決して暇ではないはずなのだが。
エルマーがそう思っているとゲイリーが苦笑いで肩を竦めた。
「いや、昨日は晩餐会に呼ばれていてね。デビューしたてのお嬢様のお相手で大変だったんだよ」
「そんな事言って、ゲイリーだってもうそろそろ嫁を貰わないとだろう」
「いやぁまだいいよ。エルマーこそまだ独り身じゃないか」
「俺は庶民だし、継ぐものもない第三子だぞ。結婚は別にいいよ」
風向きが悪くなったのを察したエルマーはこの話題を切り上げる事にした。
「俺、今日は出掛けるつもりだったんだけど…」
「それは良いね。俺もついて行こうかな」
「断ってもついてくる気だろ。もう…」
結局、エルマーはゲイリーを連れて出掛ける事になった。
安息日は休みの店が多いレイニー・ストリートはとても静かだ。
曇り空が多いヌーベスには珍しく天気も良く、穏やかな日差しの中二人は歩いていた。
「のんびり歩くなんて学生以来だなぁ」
「まあ貴族は大抵魔導車で移動するからな…そういや君、魔導車で来たんじゃないのか?どうしたんだ?」
「ん?家に帰したよ。夕方くらいに迎えに来るさ」
「最初っから居座る気満々じゃないか」
「ははは」
「まあゲイリーと居るのは楽しいから別にいいけどね。
さてと、じゃあまずはランドリー・サービスに行くよ」
「それ何?」
「あー君の家はお金もあるし屋敷も広いからな。メイドもいっぱいいるし。
庶民は洗濯物を干すスペースを確保するのが難しいし、洗濯魔導具は高いだろ。
だから大半は店でやってもらうんだよ」
エルマーの前世で言うところのコインランドリーとクリーニングを足したようなものだ。
通常の洗濯魔導具洗いは一ポンドあたり一リブラ。
対してお洒落着洗いは魔術を駆使して一着一着丁寧に仕上げてアイロンがけまでしてくれるので少々値が張る。
「まあ、君には縁のない場所だろうね…と、ここだよ」
シャツとシャボン玉の絵が描かれた看板を掲げた店の前でエルマーは足を止めた。
店内に入ると石鹸の香りがふんわりと漂ってくる。
「こんにちは」
「こんにちは。通常のとお洒落着洗いを頼む」
エルマーは洗濯物を拡張バッグから取り出した。
ファンタジーあるあるの、いわゆる”マジックバッグ”のようなものだ。
見た目よりも沢山収納出来て軽量である。その代わり普通のバッグよりもかなり高額だ。
「通常のものが三ポンド、お洒落着洗いのものはツイードのラウンジ・スーツにウエストコート、シルクのドレスシャツですね。
合計で一五リブラになります。お時間半日程頂きますがよろしいですか?」
「はい。じゃあ夕方に受け取りに来ます」
「お預かりいたします。ではこちらの引換札をお持ちください」
「よろしく」
洗濯物を預けて木製の札を受け取り、店を出た。
「次はどこに行くんだい?」
「本屋に行きたいんだけどいい?新刊をチェックしたいんだ」
「良いよ。行こう行こう」
次は本屋のある方へ向かって二人はのんびりと歩き出した。
先の魔導革命の折に転写魔術を使った魔導具の発明があり、また工業化により紙の大量生産が可能になった。
そのお陰で庶民でも手が届く値段で本が買えるようになったのだ。
そういう訳でここ首都ヌーベスには数多くの本屋がある。
中でもエルマーが贔屓しているのはカメリア書店という中堅の本屋だ。
大衆小説もあるがマイナーな本の取り扱いが豊富で、また希少な古書も置いている。
店は大きくはないが、所狭しと置かれた書棚にはぎっしりと本が並んでいる。
エルマーは新刊のコーナーへと足を向けた。
「聖騎士シリーズの新刊が出てるんだ」
「ああ、あれ昔から読んでるよね。まだ続いてたんだ」
「そうだぞ。むしろ永遠に続いて欲しい」
「ふうん。ねえ、何かおすすめはある?」
「んー。あ、そこの超古代文明の本は前読んだけど面白かった」
「じゃあそれにしようかな」
「俺は古書の方も見てくるから」
「うん、また後でね」
エルマーは店の奥へと進んだ。紙とインクの匂いが鼻を掠めていく。
会計カウンターで新聞を読む男に声を掛けた。
「店長、なんか良いの入ってる?」
「やあエルマー君久しぶり。先月以来かな?」
店長と呼ばれた男は新聞を畳み、朗らかに応える。
白髪混じりの赤毛をピシッと撫でつけ、片眼鏡をかける姿は紳士然としていた。
「んー、エルマー君のお眼鏡に叶うかは分からないけど、四〇〇年前に書かれたっていう魔導書が手に入ったよ」
「へえ、見せて」
この書店の店主は鑑定スキルこそないものの、目利きに優れていた。
仕入れにもそれが如在なく活かされており、エルマーは絶大な信頼を寄せていた。
「おお、すごいホンモノだね。闇の魔術への防衛術__プロバスカニアの本か」
「流石、本職の鑑定士は違うねぇ」
「まぁ、一応それで飯食ってるからね」
エルマーは本を受け取ると早速パラパラと捲り始めた。




