未来からの使者
西暦2069年からやってきた未来人が語る地球と人類の運命とは?
未来からの使者
「はじめまして。私、未来から来た者です」
「ああ、あなたですか。西暦2069年から来られたという方は」
「はい。あなたのお話は未来でも伺っております」
「それは光栄ですな。で、さっそくですが、あなたに来ていただいたのは私の未来、いや、私の子孫の未来についてお伺いしたいからです」
「なるほど。あなたのような成功者でも将来の不安は尽きないようですね?」
「まあ、私くらいの歳になると、もう先は見えてしまっていますからね。生きたところであと10年か20年、というところでしょう。事業が成功し、自分一人では一生かかっても使い切れないほどの財産を持ち、子供も無事に成長して私の跡を継いでくれましたから、もはや思い残すことは何もないようなものですが……」
「ご子息の将来が心配でいらっしゃるということですね?」
「まあ、私が死んでも子供たちに苦労をさせないだけの遺産は残してやれます。子供たちは子供たちで、まあ、何とかうまくやってくれるでしょう。ただ、何と言いますか、自分が死んだ後に、この世に自分が生きた証を残したいと思って、これまで色々なことに手を出してきたわけです」
「はい、はい」
「慈善事業に寄付もしてきたし、あちこちから感謝状を山ほどいただいて、方々に私の銅像や記念館があります。こうして世のため人のために少しはお役に立てて、いずれすべてを捨ててあの世に行っても、この世に自分の生きた痕跡が残せると思うと、なんだか少しホッとするんです」
「なるほど。そのお気持ちは分かりますよ。人は皆、必ず死にます。この世でどんなに頑張って努力して成功してお金持ちになれたとしても、地位も名誉も財産もあの世には持っていけません。楽しかった思い出も消えてなくなり、死後は皆に忘れ去られる運命なのです」
「その通り。だからこそ人は皆、死を恐れます。苦労して長い時間をかけて築き上げたものが一瞬ですべて消えてなくなってしまう。これほど恐ろしいことはありません。古今東西の為政者がピラミッドや万里の長城なんかを作らせたのも、自分の死後に永遠に残るものを残しておきたかったからでしょう」
「作曲したり、小説を書いたりするのも、自分の死後に残る名作を残したいからでしょうね。ベートーヴェンや夏目漱石は未来の世界でも知られていますからね」
「しかし、聞いたところによると、あなたのお話では、2069年の世界は相当悲惨なことになっているようですね?」
「はい。残念ながら、人類は核戦争で5億人に減っています」
「核戦争?すると、第三次世界大戦が起きるわけですか」
「はい。これから地球は温暖化と気候変動で水不足と食糧難が深刻化し、貧富の格差もますます広がっていきます。世界各地で暴動や政変、革命、国境紛争や民族対立が激化し、局地的な戦闘から大戦に発展します」
「戦後の世界はどうなっていますか?」
「放射能汚染が激しく、安全な水や食料は大変貴重です。人々は汚染の少ない場所で自給自足の生活を営んでいます。国家という概念がなくなり、お金は価値を失います」
「その頃には日本という国もなくなっているわけですか」
「日本もアメリカもありますが、国と国の外交関係はほとんどなくなっています。それぞれの国が孤立していて、お互いに干渉しない状態です」
「お金が価値を失うと仰られましたが、持っていても意味がないということですか?」
「進化したコンピューターとロボットが人間の仕事を奪い、世界中に失業者があふれます。やむなく政府は全国民に年金を支給するのですが、核戦争の後は水と食料が貴重品になるので、いくらお金があっても手に入れるのが難しくなるということです」
「ふうむ。そうすると、子供たちには今から農業でもやらせるべきかもしれませんね」
「持つ者と持たざる者の格差は今後もどんどん広がる一方です。資本主義社会は限界まで行きますが、核戦争でリセットされます。戦後も小競り合いは続きますが、生き残った人類はもう大きな戦争をする力もないので、しばらくは平和な時代が続くでしょう」
「では、それほど悲観的になる必要もないということですね?」
「はい。ですが、地球に人類が住んでいられる時間はそう長くはないということです」
「と言いますと?」
「あと1万年後には地球の二酸化炭素が足りなくなり、植物は光合成※ができなくなります。すべての草木が枯れるわけですから、もちろん人間も生きてはいけません。人類を含めたすべての生物の死が訪れます」
「あと1万年ですか」
「人類が農耕文明を築いたのが1万年前です。長い地球の歴史からすれば1万年なんてあっという間です」
「でも、その間に人類は地球を出て、別の惑星に移住することもできるわけですよね?たとえば、地球から比較的近い火星への移住は?」
「技術的には可能です。ですが、少数の宇宙飛行士を短期間滞在させることはできても、移民を半永久的に定住させることは不可能でしょう」
「どういった問題が?」
「火星は地球とよく似た環境を持つ惑星で、人間の生活に必要不可欠な水も大気も存在します。また、人類の活動に必要な元素がかなり存在しますが、火星の表面重力は地球の3分の1しかありません。また火星は非常に寒く、液体の水が存在できません。太陽から遠く、表面に届く太陽エネルギーは地球の半分しかありません。しかも、火星の気圧は低すぎて、人間は宇宙服なしでは生存できません。おまけに火星の磁気圏※は非常に弱く、太陽風※を防ぐことができないのです」
「つまり、火星は寒すぎて、ほとんど空気もなく、太陽や宇宙空間から有害な紫外線や放射線が降り注ぐので、人類が移住するには過酷な環境だということですね?」
「はい。火星にたどり着くまでに宇宙飛行士は大量の放射線を被曝します。片道の飛行(約180日)で330ミリシーベルトを被曝します。往復で0.6シーベルト。人間は1シーベルト以上の被曝で急性の障害が出ます。火星に行く人は癌のリスクが高くなることを覚悟しなければなりません」
「火星の大気が薄ければ火星に大気を作ればいいのでは?人工的に地球のような大気を作ることは出来ないのですか?」
「テラフォーミングですね。しかし、火星に大気を作ることは現実的には不可能と言われています。仮に人工的に大気を作るとしても、そこには多くの課題があり、問題の解決には気の遠くなるような時間が必要です」
「1万年後には地球に住めなくなる。火星への移住も難しい。そうなると人類は地球で座して死を待つのみですか」
「2055年には地球の総人口は100億人を超えます。すべての人間が先進国並みの生活を送ろうとすれば地球5個分の資源が必要になります。他の惑星に移住する前に地球の資源を使い果たしてしまわなければいいのですが……」
「このままでは人類滅亡は避けられませんか。人類がいなくなった後、地球はどうなりますか?」
「太陽はその燃料である水素を燃やして減らしていくので、活発な核融合が起こる層が表層に近付くことで膨張し、あと10億年後には地球は膨らんだ太陽に焼かれて海が蒸発してなくなります。20億年から30億年後には磁気圏が崩壊し、40億年後に地球は太陽に焼き尽くされて灼熱の惑星と化し、すべての生物が死に絶えるでしょう。75億年後には膨張した太陽に呑み込まれて消滅するか、他の惑星と衝突するか、恒星※の影響で太陽系からはじき飛ばされてしまうかもしれません」
「つまり、どうあっても人類は滅びるし、すべての生物も、地球そのものも消えてなくなるということですか?」
「それは断言できません。海が蒸発しても地球の地下深くに残った水の中で生物が生き残る可能性はあります。これらの生命体が他の惑星に流れ着いて生き延びる可能性も決してゼロではありません」
「その確率は?」
「300万分の1です」
「宝くじに当たるより難しいかもしれませんな」
「6500万年前に恐竜を絶滅させたような小惑星の衝突。地球のオゾン層※を破壊して生物に致命的な悪影響を及ぼす超新星爆発※やガンマ線バースト※は今後確実に起こります。それでも地球の生命体はしぶとく環境の変化に適応して生き残りました。核戦争でも人類は滅びていません」
「しかし、太陽に呑み込まれちゃおしまいでしょう」
「太陽から順に水星、金星、地球、火星までは太陽に呑み込まれる可能性があります。それより先に逃げれば助かる可能性はありますよ」
「具体的には?」
「土星の衛星タイタンです。太陽系の衛星では唯一、豊富な大気を持つ天体であり、地球以外で唯一、表面に安定的に液体が存在します」
「タイタンですか」
「あと50億年後、つまり地球が太陽に焼かれてすべての生物が滅びる頃、タイタンの表面温度が上昇して人間が住めるくらい温暖な環境になるかもしれません」
「あなたは地球外生命体はいるとお考えですか?未来の人類は宇宙人とコンタクトを取っているのですか?」
「私は地球外生命体は確実に存在すると考えています。しかし、残念ながら、2069年の時点で人類は地球外生命体の存在を確認していません」
「宇宙があまりにも広すぎるからですか?」
「それもありますが、広大な宇宙空間を自由自在に移動できるほどの高度な文明を持った生命体は、その巨大で複雑な文明を維持できずに自滅してしまうため、他の生命体と接触できないのではないか、と思うのです」
「文明の暴走ですか」
「そうです。核戦争や原発事故などの環境破壊。人類は原子力を制御できません。ひとたび原子力が暴走すれば、人類はまったく打つ手なしなのです。放射能は人類の寿命をはるかに超えて残ります。チェルノブイリの汚染地帯が元に戻るまでに2万年かかります。しかし、人類が地球に住める時間は1万年しかないのです」
「なるほど。お話はよく分かりました。私は自分の生きた証をこの世に残すことよりも、この世に残していく子孫のためによりよい社会を築いていくしかないのですね」
「生者必滅、会者定離は世の習い、とは平家物語の一節ですが、この世に生を受けた者は必ず滅び、出会った者は必ず別れるという意味です。人間は生まれ持った宿命を変えることはできませんが、運命はある程度変えることができます。未来はまだ変えられます。おっと、もう時間だ。未来に戻らないといけません」
「次はいつお会いできますか?」
「残念ながら、お約束はできません。タイムマシンの調子が良い時でないと……。ご縁があればまたお会いしましょう。では……」
※光合成。主に植物や植物プランクトン、藻類などの光合成色素を持つ生物が行なう、光エネルギーを化学エネルギーに変換する生化学反応のこと。植物に含まれる葉緑素に光が当たると、葉緑素は二酸化炭素と水からデンプンなどを合成する。これを光合成という。植物は水の中の水素を原料として使い、光合成に必要ない酸素を吐き出す。現在、地球上に存在する酸素は植物が30億年以上かけて光合成で作り出した。
※磁気圏。惑星や衛星などの天体の周囲にあり、電離気体が主としてその天体の固有磁場に支配されている領域のこと。
※太陽風。太陽から吹き出す極めて高温で電離した粒子のこと。
※恒星。自ら光を発し、その質量がもたらす重力による収縮に反する圧力を内部に持ち支える、ガス体の天体の総称。
※オゾン層。地球の大気中でオゾンの濃度が高い部分のこと。オゾンは酸素原子3個からなる気体で、高度約10~50キロの成層圏に多く存在(約90%)する。成層圏オゾンは太陽からの有害な紫外線を吸収し、地上の生態系を保護する。
※超新星爆発。大質量の恒星が、その一生を終える時に起こす大規模な爆発現象。超新星爆発が発生すると強烈なガンマ線が周囲に一斉に放たれる。爆発を起こした恒星から半径5光年以内の惑星の生命体は絶滅し、25光年以内の惑星に住む生命体は半数が死に絶え、50光年以内の惑星に住む生命体は壊滅的な被害を受けるとされる。現在、地球周辺で近いうちに超新星爆発を起こすと予測されるのは約600光年離れたアンタレスと、約640光年離れたベテルギウスである。これらの星が超新星爆発を起こした場合、地球にも何らかの影響が及ぶと考えられている。
※ガンマ線バースト。超大質量の恒星が一生を終える時に極超新星となって爆発し、これによりブラックホールが形成され、ガンマ線が数秒から数時間にわたって放出される現象。太陽が100億年間に放出するエネルギーを上回るとされ、銀河系で発生し、地球に向けて放出された場合、生物の大量絶滅を引き起こすとされる。地球に比較的近い恒星で発生した場合、わずか10秒で地球のオゾン層の半分が破壊されるという。消滅したオゾン層の回復には少なくとも5年を要するとみられる。約4億5千万年前のオルドビス紀の大量絶滅の原因になったとされる。