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ゴミ屋敷

作者: 雉白書屋

 ……頭が痛い。胃がむかむかする。ああ、気分が悪い。おれはいつも昼頃に起きるのだが、今日は外の騒ぎに叩き起こされた。いったい何なんだ、また誰かが文句を言いに来たのか。……いや、一人や二人ではなさそうだ。ついに近所の連中が集まって抗議に――


「おい、何だ! 誰だ!」


 突然、スーツを着た男と他にも数人が家の中に入ってきたので、おれは咄嗟に身構えた。


「ご覧ください! こちらが今話題となっている現代社会の病理と孤独、そして批判を表現した壮大なインスタレーションです!」


「は、はぁ?」


 おれは顔にライトの光を当てられ目を細めた。手で光を遮り、目を凝らす。今喋った男は手にマイクを持っているようだ。そして、肩に大きなカメラを担いだ男もいる。どうやらニュース番組の撮影クルーのようだ。

 またか。前にもこんな連中が家の周りをうろちょろしていたことがある。その時は怒鳴って追い返してやったが、また来たのか。しかし、いくら家の外まで物があふれていて、鍵どころかドアを閉められない状況だとはいえ、人の家に勝手に入っていいはずがない。だからおれは言った。


「おい、取材許可なんて出してないぞ! 今すぐ出て行け!」


「いやぁ、素晴らしい芸術作品ですねぇ!」


「芸術だって? いつもテレビで人の家をゴミ屋敷呼ばわりしているくせになんなんだ。とっとと帰りやがれ、馬鹿がよ」


「ほら、ご覧ください! この粗雑な言葉遣い、彼もゴミなのです!」


「おい!」


 リポーターらしき男が手のひらでおれを指し示し、カメラに向かってそう紹介した。ただ、馬鹿呼ばわりされたことに対する仕返しというわけではなく、本気で言っている感じがした。


「あたしはねぇ、前々からいいなと思ってたのよぉ」

「ここの人ってたまに夜中に大声で叫ぶことがあるんだけど、あれも芸術活動の一環だったんだなぁ」

「あ、僕、ここの人がいつも利用するコンビニの店員なんですけど、コロッケが異様に好きみたいで、あ! そこ! そこに落ちてるスナック袋! あれうちのです!」


 と、ぞろぞろと家の中に人が入ってきて、インタビューを受け始めた。おれを毛嫌いしている近所のババアまでどういうわけか楽しそうに話している。

 おれがいくら「うせろ!」「帰れ!」と言っても、連中はまるでアトラクションのようにはしゃぐだけで、まったく言うことを聞こうとせず、スマホを向けて写真を撮ってくるばかりだった。おれはほとほと疲れ果ててしまった。元々、体力も気力もないのだ。

 床に座り、ひとまずおとなしく連中の動向を見守っていたら、この状況が少しわかってきた。どうやら、おれの家が美術誌か何かに載ったらしい。それがSNSで話題になり、テレビ局が飛びついたというわけだ。家の外にも野次馬がいるようだ立ち上がってカーテンを開けて外を覗くと、交通整理をしているやつがいるらしく「おひとり様、十秒でーす」と聞こえてきた。


「なんか、ここ臭いね」

「この匂いが現代社会の闇なんですって。しらんけど」

「……あっ、このカビを見てたら、つい時間というものを忘れちゃったよ。いやぁ、アートだなぁ」

「物の配置が絶妙だねぇ!」


 と、喋っているどいつもこいつも当たり前のように土足で歩いているのが腹が立ったので、おれはそばにあったペットボトルを投げつけてやった。ペットボトルは縦に回転しながら床と壁に少し残っていた中身を散らかした。


「ライブペインティング!」

「おおおお! アクションペインティングだ!」

「カメラカメラ!」

「もう一回やって!」


 おれは呆れた。


「いやぁ、素晴らしいですねぇ。こうして家の中に入ると、すぅぅー……おおぉ、ふふふっ、作家の脳内に入り込んだような感覚を抱きますね。イメージを脳に直接ねじ込まれるようなそんな力強さを、おほぉ、感じますねぇ」


「誰だお前」


 今度は白い顎鬚を蓄えた評論家らしき男が現れ、深呼吸をした。イメージだのなんだの、のたまっているが、ただただ臭いだけだとおれは思う。


「いやいや、こんなのは芸術に入らんよ」


 また似たような雰囲気の男が現れ、そう言った。たぶん、こいつも評論家なのだろう。


「ほう、あなたはそうお考えですかぁ。それはどうしてか、お教え願えますかね」


「だってねぇ、歴史が浅すぎますよ」


 一応、この家で暮らし始めて三十年経っているがな。


「学術的価値もないし、テクニックもない。無秩序が過ぎますよ」


 ゴミ屋敷だからな。


「ははぁ、あなた、以前自分が高く評価した作品を私が扱き下ろしたのを根に持ってるんでしょう? それとも本当に見る目がないか」


「な、ふ、ふざけるな! 僕だってねぇ、入った瞬間からこの脳に製作者が抱くイメージをぶち込まれましたよぉ! こ、これは立派な芸術だ!」


 いや、確かに見る目はないな。両方ともだが。


「本当にわかっているんですかねぇ」

「な、あなたこそ! 大体ねえ、この前の雑誌にも――」


「はぁ……おい、もう出てけよ。うあ、な、なにするんだ!」


 と、二人の批評家らしき男のやり取りにおれが呆れかえっていると突如として白いTシャツを着た二人の若い男女が批評家たちの間を割って入り、おれに向かって液体をかけてきた。

 液体の正体は、どうやらコーンスープのようだ。口に入ったものを舌でよく味わうと酸味があり、おそらく腐っているのだろう。おれは吐いた。


「ねえ、聞いて! 芸術と人の命どちらが大切? 食べ物より価値があるの? 果たされるべき正義より? 絵画の保護と地球と人間の保護、どちらが大事なの? 今、この時も地球は抑圧されてるのよ!」


「だから、うべ、やめ、やめろ!」


 口ぶりからして環境活動家らしいその二人は、両側からおれの顔を手で押さえつけた。ぬめりがあり、どうやら接着剤をつけているらしい。髪の毛が巻き込まれ、痛みでおれは悲鳴を上げた。


「人々が食料をめぐって争うことになれば、どんな芸術作品も誰も見向きしなくなり、その価値を失くします。いつになったら耳を傾けるようになりますか? 気候変動により、これまでのように作物が育たなくなってから大慌てするんですか? 不要な活動は控え、もっと正面から問題に取り組むべきです。もっと声なき声に、弱い人の言葉に耳を貸すべきなんです!」


「おれが、まさに、今、そうなんだが! いあたたたた! よそでやれ、よそで! 馬鹿が!」


「確かに芸術作品を標的にすることは正しいとは言えないかもしれない」


「誰だお前!」


「しかし……彼女たちのその背景を想像すべきだ。日本人の想像力欠乏症は常々感じている。彼女たちを目の当たりにして冷笑的な言葉を吐くような人間。マイノリティ差別主義者には僕はなりたくないね。これは東奥大学准教授で社会思想家である僕の著書、『地球が泣いた。僕も泣いた』にも書いてあることだが、学ぶことを、そして声を上げることをやめたマジョリティーの鳴き声が彼女たちマイノリティーの涙混じりの声を掻き消してしまっているんだ」


「確かにそうね。彼女たちの行動は芸術作品と我々の一種の架け橋となっているわ。彼女が芸術作品にこのようなアクションを起こすことで私たちが普段、意識できなかった壁というものを感じ取ることができた。芸術作品というのはある種、権力の象徴であり、それを鑑賞、また保存することは今の既得権力の肯定し、生み出された格差を許容しているの。私たちはそれに気づかず、偉大なる作品を汚された、傷つけられたと怒りを抱くけど、彼女たちに感謝すべきだと思うの。アーティストである私も常々、考えさせられているわ」


「いや、本当に何を言ってるんだ! いた、いたたたたた!」


 通報を受け、駆け付けたのであろう警察官がおれと活動家を引き剥がそうとした。しかし、環境活動家は床に寝そべり抵抗する。頬に張り付いたおれの手が引っぺがされ、連中は「痴漢!」「レイシスト!」などと叫びながら、駄々をこねる子供のように運び出されていった。


「おい! 火事だ! 火事!」


 おれが痛みに悶えていると外からそう聞こえてきた。そして、室内に煙が漂い始めた。どうやら本当らしい。この家の人気に嫉妬にして火をつけたのか、それともタバコの不始末か、どの馬鹿かは知らないが、慌ただしく退散していくテレビクルー、社会思想家、アーティスト、批評家、見物客らに続き、おれも外に出ようとした。

 しかし、突き飛ばされ、外のゴミを投げ入れられてドアを閉められた。散々、おれも作品の一部だと言われてきただけに、もはやこの扱いを不思議とは思わなかった。

 ならば窓から外に出ようと思い、家の奥へ引き返したが、すでにそこは火の海だった。部屋の中の物に引火したのか、それとも過激派か頭のおかしなやつがガソリンでもぶちまけたのか、いずれにせよ、凄まじい勢いで煙を浴び、おれは立っていられなくなり、床に腰を下ろした。

 終わりを確信し、煙で痛んだ目を閉じる。すると、轟々と燃え盛る炎の向こうから声が聞こえた。


「ああ、これは芸術だ!」

「きれー……」

「私たちに多くのことを教えてくれたなぁ」

「気づきがあった」


 おれは安堵した。やっぱり、おれが集めたこれらはゴミじゃなかった。ゴミはここ以外の場所にあるのだ。

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