蔵ノ月
その日の放課後、深海に招かれとある喫茶店に。そこは蔵ノ月珈琲という学生の間でも結構評判の良い喫茶店だった。
ただ今日は水曜日、定休日だ。しかし、当の深海は堂々と扉を開き中へと消えていく。仕方なくそれについていく事に。
「あらー?もしかして君って……」
向かって正面に佇む店長であろう人物がこちらを凝視している。が、何かおかしい。
「(なんでメイド服……?)」
「その人の事は気にしないで」
くいっ、と引っ張られ客席に座らされ深海も相席に座る。深海の放つ雰囲気に当てられ、固唾を飲む。
「改めまして、聖杯の御子、私の名は深海瑠花。またの名をオルカと名乗るモノ。ある人物に頼まれて貴方の護衛をする事になった。これから宜しくお願いするわ」
「あ、ああ……よろしく頼む」
いつの間にか深海の黒い頭髪が銀色になっている。あの日の少女と同じ姿だ。
「ああ、髪のこと?地毛はこっちよ」
そう言って彼女は自身の髪先を弄ると、そのまま後ろに投げ捨てる様に払う。
「普段は変装のために黒にしているの。ま、どっちがどうとは特に無いからこれについても余り気にしないで」
「(確かに、銀髪は目立つしな……)」
白は黒よりもさらに珍しい。どう言うわけか、一般人にも見られるエレミュートの反応が全くと言って良いほど無い特異体質の特徴だからだ。
それゆえフォリンクリに対して高いステルス性を持つ。しかしその反面、フォリンクリ相手はハウンドなどエレミュートを使った武器を使用することでしか対抗手段がない上、自身のエレミュートをハウンドに上乗せし火力を増す、という芸当も勿論できない。
しかしそれは変だ。何せ彼女は"悪性エレミュート"という未知の有害物質を保有していたはず。もしや
「その黒って……」
言い切る前に指で口を塞がれる。
「貴方の予想はアタリよ。ただ私、あの力が嫌いなのよ」
そう言って彼女は僕の口から指を離すとハァとため息をつく。
『ハッ、よく言うぜ。【死水】、人様から奪ったその力とやらを好き勝手に使いまくってくる癖によ』
全く聞き覚えのない声、店長さんの声でもない。しかし、それは深海の口から漏れた声だった。
チッと舌打ちをすると深海はそばにあった刀を掴み、その柄で自身の頭を殴りつける。
「引っ込んでなさい。話の邪魔よ」
謎の声は止み、深海は一層強く溜息をつく。
「ごめんなさいね。びっくりさせたかしら」
「いや、まぁ……」
「たまに出てくるのよ、この力の元の持ち主がね」
「その、死水というのは……?」
深海はそれに応える様に手のひらを見せるとそこからドロリとあの黒い液状の物質が出現する。
「悪性エレミュートもそれぞれ在り方と言うのがあるの。死水、奴がそう呼ぶそれはその名につく様に水、液体の形をした悪性エレミュートなの」
例えば他には、火、気体、果てには形を持たない発光体などと多岐にわたるのだと。
「かなり強力な力、なんだな」
実際に目の当たりにしたからわかる。これに触れたら人間どころかフォリンクリすらひとたまりもない代物。これが武器になるとするとかなり強力なものになるだろう。
「貴方が思うほど便利でもなければ、良いものでもないわ」
流れ出ていた死水、悪性エレミュートを深海は剣状に変形させ、窓に向かって投擲する。あんなものを窓に投げつけたら大惨事になるに違いない。しかし
ベチャァッ
剣はその形状を保つ事なく、床にぶちまけられた水の様に弾かれ飛び散る。その飛沫を深海は余す事なく手から吸い取る。
「私の手に触れてる間は自由に形状を変えられるけれど、いったん離れて仕舞えば長くは保たないの」
つまりハウンドに転用する事は出来ない。
「それに、そんなものを身体に宿してたら人と接するのも一苦労よ」
『まあ、ボクの身体は特別だからね。決して死水が漏れ出る事はない。君ともこうして触れ合えるわけだ』
急に深海の口調が変わったかと思えば僕の手をとって指を絡ませる。
「引っ込んでなさいって言ったはずよ」
しかしすぐに元の口調に戻る。
『ハイハイ、わかりましたよ』
相変わらず無表情で何を考えているかサッパリだが、もう1人の深海に対してかなり嫌悪感を抱いていると言う事はわかった。
そんな時、コトリと何かがテーブルに置かれる。それはガトーショコラだった。
「これお姉さんの奢り♪」
そう言って店長さんはルンルン♪と声に出しながらスキップで定位置に戻る。
「えっと……」
「もらっておきなさい」
「じゃあ、遠慮なく……」
フォークで切った一切れを口に運ぶ。
「(美味しい……)」
おそらく本物の原材料で作られた料理【オリジナル】だ。現在ではほとんどが代替品で加工されたモノばかりでオリジナルはかなり貴重なモノだ。
「いいのか?こんなもの貰ってしまって」
「いいのよ。食べ物なんて食べなきゃ腐るだけなんだから」
深海は頬杖をしてこちらをじっと見つめる。
「それで、味は?」
「すごく美味しい」
深海は「そう」とだけ言って店の外を眺める。
「ちなみにそれ作ったの瑠花ちゃんね。あと今の瑠花ちゃん超ご機嫌だから」
「うわぁ!?」
いつの間にか背後にいた店長さんに心臓が飛び跳ねる。
「紅葉さん、余計な事を言わなくて良い」
「なんで〜〜?瑠花ちゃんの良さをこの子にも知って欲しいのにぃ〜〜」
「解体わよ」
「こわぁい」
いがみ合う二人をよそに僕は深海が作ったというそのガトーショコラを堪能するのだった。




