第四話 ワイルドヴァーミリオン
あちらこちらで響き渡るのは爆発音と悲鳴ばかり。目の前に広がるのは暴れまわる三人の狂戦士と、その隙を埋めるように貫くマナバレット。現世に地獄があるとしたら目の前のこれがそれだろう。
この陣地を預かる紅狼騎士団百人隊長、ジョシュア・フィッツカラルドは下唇を噛んだ。
若くして百人隊長となったジョシュアは、自身のエリート意識に誇りを持っていた。大儀の元に功をあげ、我が主君のために力を尽くしてきた。この陣地も、その主君の信頼を受けて、今ここに立っている。
「だがこれはどういう状況だ! この私が、たかだか傭兵のためにこんな!」
ぎりり。と噛み込み、唇に血が滲む。陣地はほぼ壊滅状態で、二百人近くいた味方はすでに半分以下になっている。もしかしたらもっと少ないかもしれない。
「ジョシュア様! ここはもう危険です! 退避命令を!」
側近が跪きながらまくし立てる。そう、側近の言う通り、この場所はもう手遅れだ。退避命令を出すのが、指揮官としては最良の選択なのだろう。
だが、
「ならん! ここはあのお方に任せられた要衝! ここで引き下がるわけには!」
――ブオン!!
騒音の交わる中、ジョシュアの耳にマナバイクのエンジン音が届く。彼がそのまま視線を上に向けると、そこには太陽を背にしながら降りてくる物影が見えた。
すると、そこから人影が飛び降りてきて、次の瞬間にはジョシュアの目の前に土埃と轟音を上げつつ着地した。
間も無くして土埃が晴れた。そこに現れたのは、紅いコート、黒いインナーシャツと色の抜けたジーンズを身に纏う、紅髪の男だった。
その男が、不敵な笑みを浮かべつつ口を開く。
「よぉハジメマシテ。アンタがここの司令官か?」
「紅いコートに紅い髪……。き、キサマ! ワイルドヴァーミリオンか!?」
聞いたことのある言葉に、ワイルドヴァーミリオンことユリウスは、思わず鼻で笑ってしまった。それが気にくわなかったのか、ジョシュアは背負っていたハルバートを突き出してきた。
「ワイルドヴァーミリオンかと聞いている!」
その突き出されたハルバートの穂先を、ユリウスはイグナイト・シールで受け止めた。そのままその穂先を制しつつ、彼は口を開く。
「おいおいおい、質問を質問で返してきた挙句逆ギレか? 騎士サマにしちゃあ行儀が悪いな!」
言いながら、ハルバートの穂先を弾き返す。しかしジョシュアもそれでは引き下がらず、身を翻して再度突きを放ってきた。
ユリウスは身体を捻りつつそれを回避し、それで生じた遠心力も使ってイグナイト・シールを振り抜いた。
何とか防御が間に合ったらしく、ジョシュアはハルバートの柄でそれを受けた。その一撃はとてつもなく重く、甲冑で全武装した身体を数メートル後退させるほどだ。
ハルバートを構え直しつつ、ジョシュアはこちらを見据えてくる。この男、それなりに実力はあるらしい。
「その太刀筋……。やはりキサマ、ワイルドヴァーミリオンだな」
「ああそうだ。だが、それがどうした?」
「大義を持たぬバケモノめ! 主から賜りし炎斧槍、カレイドスコープで……!」
ジョシュアの持つハルバートが赤く光り、炎を纏った。初歩的な付与魔術だが、魔術を纏った武器は、単純に強力な武器に様変わりする。
「貴様を! 討ち取る!」
叫ぶと同時、ジョシュアが鋭く踏み込んできた。カレイドスコープを振り上げ、突撃の勢いと遠心力を乗せた横薙ぎを繰り出してきた。
「上等! かかってきやがれ騎士サマよぉ!」
ユリウスは叫びながら、ジョシュアの一撃を逆手に構えたイグナイト・シールで受け止める。それを腕を振り上げて弾き返すと、イグナイト・シールの刃から火花が散り、それをきっかけとして刃が深紅の焔に包まれた。そのまま体制を崩したジョシュア目掛けてイグナイト・シールを振り下ろす。
「ッチィ!」
舌打ち交じりでバク転し、ユリウスの斬撃を躱すジョシュア。だが体制を整えた頃には、低い姿勢で急接近してきていたユリウスが目の前にいる。
ユリウスはそのまま、上体を起こしながら焔を纏ったイグナイト・シールを下から振り上げる。
『イグニション・ドライヴァー!!』
ユリウスの叫びとともに、振り上げたイグナイト・シールが焔の塊を撃ち出す。これはイグナイト・シールを媒介とした、魔術の圧縮詠唱だ。本来長い詠唱を必要とする魔術を、少ない詠唱のみで放つことができる。
先日、一個中隊を殲滅したタイクーン・ノヴァは、現在ユリウスが叩き込める圧縮詠唱の最大火力魔術である。
しかし、ジョシュアは多少無理がある体勢だったとはいえ、イグニション・ドライヴァーをなんとか回避することができた。ただし、焔が掠った鎧の一部にはヒビが入り欠けている。直撃していたら簡単に戦闘不能になっていただろう。
「一方的にやらせるものか!」
言いながら、ジョシュアが間合いを取る。そしてそのまま、口早に魔術詠唱を始めた。
『烈火の礫よ! 打ち砕け! ファイア・バレット!!』
三節の詠唱で完成したのは、ライフル弾のように高速で標的を射抜く炎の弾だった。三点射で三回、別方向から放たれる炎の弾丸は、標的の回避タイミングをずらしてくるために通常なら躱し切ることは難しい。
だが、ユリウスはその弾幕の中に突っ込んでいった。ジョシュアはそのユリウスの姿に驚愕した。本来、これだけの弾幕を目の当たりにすると恐怖するのが普通である。しかし、ユリウスにはそれがまるで感じられないのだ。
「馬鹿な!? キサマに恐怖心は無いのか!?」
「恐怖心!? そんなもん、とうの昔にどっかに置いてきちまったぜ!!」
炎の弾丸をかいくぐり、ユリウスはジョシュアの懐に踏み込んだ。すでにハルバートでは反撃できず、魔術の詠唱も間に合わない。
『悪ィがこれで終いだ! 焼き縊れ!』
ユリウスが叫ぶと、イグナイト・シールの刃が開き、バレルが解放された。収束したマナが暴れ出し、焔の渦を造り出す。
ジョシュアの断末魔が響くが、それも焔の渦が出す轟音にかき消されていく。
不敵な笑みを浮かべたユリウスが、渾身の力を込めてイグナイト・シールを振り下ろした。
『クリムゾン! ブラスタぁぁぁぁぁ!!』
バレルから撃ち出された焔の渦は、無慈悲にジョシュアの身体を飲み込み、陣地もろとも壊滅させ、悉くを灰燼と化した。
程なくして熱波と爆発音が収まり、ユリウスはイグナイト・シールの薬室から空になったカートリッジを排莢した。いつも通りダクトから硝煙が吹きだし、強制冷却が始まる。
「よぅし、これで任務完了か?」
彼がそう独りごちると、戦いを終えた仲間たちが集まってきた。パッと見、欠員もいなければ、だれも大きな怪我はしていないようである。どうやら今回の依頼も無事にかつ、最大報酬で終了のようだ。
「よっしゃ! とっとと帰って、報酬がっぽり頂くとするか!」
宵の口に差し掛かった空に、マーセナリー・オーダーズの勝鬨が木霊した。