第三話 前哨戦
ウィッカーマンを出て一時間ほどだろうか。マーセナリー・オーダーズは目的地に到着していた。埃の舞う荒涼とした大地と、岩肌むき出しの丘陵地帯から形成されるマドラ荒野である。
古くから戦場として知られ、呪いまがいの噂も後を絶たない。しかし、要衝にするのにうってつけの条件が揃っており、今現在でも、戦場として利用され続けている。
紅狼騎士団の本陣を確認した五人は、察知されないギリギリの距離にある小高い丘にて、匍匐姿勢で陣内の偵察をしていた。
とはいえ、距離にしてざっと二百メートルは離れているので、いまいち全容が掴めないでいる。
「見えねぇ……。もうちょい何とかなんねぇかな……」
目を細めながら、ユリウスがそうぼやいた。その横で、ドレスアーマーを着込んだイセリナも同じような顔で敵陣を見据えている。
そんな二人を見兼ねたのか、ハロルドが口を開いた。
「お困りのお二人さんに、あたしからプレゼントよ」
彼女はそう言うと、胸の谷間からタブレット型の端末を取り出して操作し始めた。すると、ハロルドのマナバイクから小型のドローンが射出され、ごく小さなプロペラ音とともに敵陣の偵察に向かう。
ドローンに備え付けられたカメラから、敵陣の状況が送られてくる。それを見ながら、ハロルドが説明をしてくれた。
「出入り口は北と南に一ヶ所ずつ。門番はそれぞれ四人ね。門の前に二人と、据え付けられた物見やぐらに二人。装備しているのは……、あら、最新型のマークスマンライフルね」
それを聞いたユリウスが、グイっとハロルドに近づき、タブレットをのぞき込んだ。画面に映る門番の銃をまじまじと見つめ、ユリウスが口を開く。
「コウメイ社製警戒突撃銃『シレンジョウ』。セミオート式の中・近距離ライフルで、主な弾薬は7.62ミリマナバレット。同口径の強壮弾も装填できる、優秀な銃だな……。天下の紅狼騎士団はもう最新型を導入してるのか」
若干周りの女性陣が引き気味だが……、ユリウスは所謂武器オタクであり、暇があれば各武器製造会社のカタログを読み漁っていたりする。
まぁこの知識は、戦場に身を置く傭兵にとっては重要な知識だったりするため、決して無駄ではないのだが。
「ふむ……(もぐもぐ)、気づかれてしまうと(もぐもぐ)すぐにハチの巣だ。仕掛けるなら(もぐもぐ)、一気呵成に斬り込まんと(もぐもぐ)、不利になる。うむ、ご馳走様でした」
ユリウスの言葉に、玄獣郎がなぜかおにぎりを食べながらそう言った。口元に味噌がついているが、おそらくそれが今日のおにぎりの中身だったのだろう。彼は大のおにぎり好きで、戦場に赴く場合、腰兵糧兼ゲン担ぎとして必ず携行している。
満足げな玄獣郎を尻目に、ハロルドがさらに陣内の偵察を続けた。その結果、この陣地には正規の紅狼騎士団員は少なく、そのほとんどが紅狼騎士団を有する『王都グレンバレル』のお抱え傭兵たちということが判明した。
つまり、この陣地に駐屯する部隊は『指揮系統がしっかりしているのはごく一部の騎士団員のみで、他の戦力のほとんどが統率の取れていない烏合の衆』ということになる。
数自体は全部で約二百程度と決して少なくはないが、ユリウスたちマーセナリー・オーダーズにしてみれば殲滅できなくもない。だが、それくらいの戦力差でなければ面白くないだろう。
そのタイミングで、クロウが口を開いた
「ダンナ、ここの一番手はオイラにやらせてもらうぜェ? 攪乱はオイラの得意分野だからな」
「いいぜクロウ。せっかくだからド派手にやってきな!」
言いながら、ユリウスはクロウの背中を叩いて送り出してやる。結構痛がっていたが、クロウはマナバイクに乗り込んで敵陣に向かっていった。
間も無くして陣地前に着くと、当然のことながら門番から警告が飛んできた。
「そこの貴様! これ以上近づかない方が身のためだぞ? ここは大儀の下に集った紅狼騎士団の陣地だ!」
「……ダンナが一番槍だったら、この時点で計画がパーだったな」
ごく小さな声で独りごち、クロウはやれやれと両掌を上に向けた。
そして、門番の訝しげな視線を感じたタイミングで、クロウが声を上げた。
「いやぁスンマセン。ちょーっとお伺いしたいんですが……。おたくら、マジックって好きかい?」
「なにを馬鹿な事を……!」
門番の言葉をかき消すように、その場に指を弾く音が響いた。その刹那、手に持つマークスマンライフルに激しい電流が走り、門番たちは思わず得物を落としてしまった。かと思えば門番の足元に急に水が湧き、電気を帯びた銃を伝って感電現象が起こった。逃げる暇もなく、門番四人が戦闘不能になったことになる。
さすがに陣内にいる兵士たちもこの騒動に気付いたらしく、ぞろぞろと無計画に集まってきた。こうなれば、クロウの思う壺。である。
彼はニヤリと笑うと、ここぞとばかりに大声を上げた。
「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ちょいとばかり、オイラのマジックショーにお付き合いください! あ、申し遅れました。オイラは……、アンタらをボッコボコにする、戦いの火種だぜ!」
クロウが手を振り上げる。すると激しい火柱がそこら中に立ち上った。それは瞬く間に陣地を火の海に変え、駐屯兵たちに動揺が走った。その混乱に乗じ、クロウが攻勢に出る。手近にいた傭兵の肩を叩いてこちらに振り向かせると、寸勁の要領で右の肘鉄を顎に叩き込んだ。
とてつもなく鈍い音がしたかと思うと、派手に傭兵が吹っ飛んで行って、地面に叩きつけられる。ひどく痙攣しているので、間も無く事切れるだろう。
「て、てめぇ!」
傭兵の一人が腰に下げた剣を抜いた。そのまま流れるようにクロウへ斬り掛かる。しかし、クロウ本人は慌てる様子もなく、おもむろに手を出した。刹那、傭兵の剣がクロウの手を捉える。が、傭兵は目の前で起こったことに驚愕した。クロウは剣の刃をそのまま素手で難なく受け止めたのだ。しかも、まるで出血していない。なんなら本人は痛がる様子もなく、平然としている。
そこで傭兵は気づいた。クロウの手が――というより、腕全体が――鋼質化していることに。
これは地属性魔術のクロウ独自の応用で、鉄属性を腕や足に付与した状態なのだ。この状態で速く重い体術で敵を叩き伏せていくのが、クロウの戦い方だ。彼が前衛型魔術師と言われる所以である。
「ざーんねんだったなぁオッサン。ま、たんまり眠りな!」
剣をしっかりと握って固定し、クロウは鋭い回し蹴りを相手のこめかみ目掛けて繰り出した。鉄の塊となったクロウの踵は見事に傭兵のこめかみを打ち抜き、標的が沈黙する。
そうなってようやく、相手方の統率が取れ始めた。ことの重大さに騎士団員が気づいたのだろう。だが、すでに時遅し。だ。
――ガァン!
激しい銃声が響いたかと思うと、一発の銃弾が空を切り、傭兵の眉間を捉えた。まるでゴム毬のように吹っ飛んでいく。続けざまに二発、三発と弾丸が飛んできて、そのどれもが傭兵の急所を貫き、一撃のもとに葬り去っていく。
クロウが銃弾が飛んできた方向に視線を向けると、見慣れた反射光が見えた。すると、不意にクロウの耳元に通信紋章が展開し、そこから声が聞こえてくる。
『はぁい、マイハニー! 弾丸のプレゼントは届いた?』
『ああ! ばっちり届いてるぜカワイコちゃん! ダンナたちに攻め時だって伝えてくれ! オイラは先に楽しませてもらってるがな!』
クロウの声が聞こえ、通信紋章が消える。どうやらクロウはショーの続きに戻ったらしい。
「ユリウスー! クロウから伝言よ! オイラは先に楽しんでるだって!」
敵を狙撃しつつ、ハロルドがそう言った。
彼女の持つ狙撃銃は、いわゆる『対物狙撃銃』と呼ばれるもので、本来の目的は車両に対して使用するものだ。だが、車両に有効ということは、当然人間相手にも十分すぎるほど効果がある。ということだ。
その証拠に、ハロルドの狙撃を受けた敵の亡骸は、基本的にどこかなくなっている。
「あんにゃろー、楽しんでるな。さぁ、俺たちも混ぜてもらおうぜ!」
そう言ったユリウスがマナバイクに飛び乗り、アクセルを吹かして敵陣に飛び込んでいく。その傍らにはイセリナと玄獣郎の姿もある。
敵陣は大混乱だった。クロウが派手な立ち回りをしているのもあるが、よほど正規兵がいなかったのだろう。傭兵たちが好き勝手に暴れまわっているせいでまるで統率が取れていない。
だが、それはかえって好都合だった。元々マーセナリー・オーダーズは少数精鋭。大人数を相手取るのなら、混乱に乗じて殲滅していくのが得策だ。
混戦状態で呆けている兵士たちがいる。着用している甲冑から、彼らは紅狼騎士団の正規兵だろう。
その目の前に、玄獣郎はマナバイクともども着地した。彼はマナバイクから降りてそれをアビスヤードに送ると、鯉口を切りつつ口を開いた。
「汝らの御魂、某が斬り伏せよう。我が名は暁 玄獣郎。推して参る!」
名乗り口上と同時、腰に差した血枯を抜き放つ。その刃は畏ろしいほど冷たく煌めき、玄獣郎の顔を照り返す。
「う、狼狽えるな! 撃て! 撃てぇ!」
兵長が檄を飛ばすと、我に返った兵士たちが、一斉にサブマシンガンのトリガーを引いた。
玄獣郎に降り注ぐ鉛弾の雨。あわや着弾というところで、玄獣郎の姿がふっと消える。
「な! ば、馬鹿な!」
「遅いっ!」
側面から鋭い声が聞こえて、兵士たちの視線がそちらに移る。その視線の先には、血枯を八相に構えた玄獣郎の姿があった。
そのまま担ぐように血枯を構え、その巨躯からは考えられないほどの速度で踏み込む。『縮地』と呼ばれる歩法で、これもまた、叉無頼が独自に扱う技術だ。
「チェストォォォォォ!!」
独特な叫びを響かせ、一気に敵兵たちに接近し、渾身の力とともに刀を振り下ろす。その刃には、叉無頼のみが扱えるという『気属性』の魔力が宿っていた。
――ズドォン!!
砲弾が着弾したような凄まじい炸裂音が響き渡り、地面を大きく抉る。その爆心地にいた兵士たちは言わずもがな戦闘不能だ。
剣気の残滓を振り払い、玄獣郎は別の部隊を見据える。突き刺さるような眼光は、それだけで部隊長の心臓を射抜く。
(だが……、こんなことで大儀を違えるわけには!)
「ええい、怯むな! 相手は大儀を持たない傭兵だ! 負けるはずがない! 剣騎士、前へ!」
まるで自分を奮い立たせるような文言だが……、その一言は紅狼騎士団剣騎士部隊を鼓舞するには十分だった。大儀というのは、彼らにとっては心のよすがらしい。
一切のズレすらない、整った陣形。向けられる無数の切っ先。
(大儀……か。かつては俺もその下にいたが……)
「その大儀は、ある意味呪いの一つでもある……」
「とぉつ撃ぃぃぃ!!」
玄獣郎が独白すると、同時に剣騎士隊が一斉に突撃してきた。彼は一度目を閉じて精神を統一すると、再び八相の構えを取った。心の眼で周りの気配を見て、断ち斬るべき線を視る。
「視えた……。チェエエエストォオオオオオ!!!」
玄獣郎が咆える。すると刀身に鮮やかな藍色の魔力が収束し、それが伸びる斬撃となって剣騎士隊を文字通り一刀両断した。
「その呪い、俺はとうの昔に断ち斬ったのだ」
彼はそう独りごち、刃に付いた血糊を振り払い、静かに血枯を鞘に納めた。
その奥で、激しい紫色の稲光が迸る。縦横無尽に暴れまわる紫電は、相手の傭兵たちの逃げ場を確実に奪っていた。
「ち、畜生! これじゃあまるで、雷の檻じゃねぇか!」
傭兵の一人がそう毒づいた。そのすぐ側で、雷を受けた仲間が黒焦げになる。情けない悲鳴が響き渡り、その動揺は仲間たちに伝播していく。
そんな中、凛とした声が聞こえた。
「そう。この稲光は、貴方たちの牢獄よ。そして私は……」
声の主はイセリナだった。普段の可愛らしい印象とはまるで異なり、そこにいるのは乙女騎士と渾名される一人の傭兵である。着込んでいるドレスアーマーは、豪華な造りではあるが決して飾りではなく、実用性がある造りで紫水晶製だ。
「貴方たちを処刑する処刑人よ!」
叫びながら掲げた右手には、片手斧が握られている。左手には盾も装備していて、双方とも紫水晶製。これは紫水晶がイセリナの得意とする雷属性魔術と相性がいいからだ。その銘を、ヴァイオレット・ホープ。紫色の希望という意味である。
彼女が掲げた斧から雷霆が駆ける。それは逃げ場のなくなった傭兵たちに襲い掛かり、一人、また一人と消し炭に変えていく。
残り一人。それこそ先ほどイセリナが声をかけた傭兵だ。これで一対一。普段なら一捻りなのだろうが、今現在、自分の周囲は雷の檻に囲まれている。しかも、その幅というのがやっと立っていられるくらい。文字通り手も足も出ない。つまり、こちらが一方的にやられてしまう未来しかないのだ。
(く、くそ! 命あっての物種だ!)
「な、なぁ嬢ちゃん、今回は、お、俺の負けでいい! だから見逃してくれないか!?」
必死の形相で命乞いをする。この際体裁なんて構うものか。
そう言われて、イセリナが考える素振りを見せる。いけるかと思い、傭兵はさらに命乞いを続けた。数分の沈黙の後……
「ダメ! ごめんね!」
天使のような屈託のない笑顔を拝めたと思ったのも束の間。目の中に斧の刃が写り込み、傭兵の意識は闇へと消えた。