第二話 傭兵騎士団
翌朝、何かが煮立つ音とベーコンが焼ける美味しそうな匂いで目が覚めた。時間的にはまだ六時前といったところか。
寝癖が付きまくった髪のまま、ユリウスはリビングへ向かった。ちなみに、服装はハーフパンツとタンクトップ。暑かろうが寒かろうが、彼は家にいるうちは必ずこの服装をして、完全にオフの状態で過ごしている。
リビング、とは言ったものの、正直最低限の物しかない。ソファとテーブルがあって、生活に必要なものしか置いていない。自室には戦術書やら専門書が所狭しと敷き詰められているが、その他の部屋は質素なものである。
その奥にキッチンがあるのだが、そこには昨夜、朝ご飯作りに行くねと言っていたイセリナと、もう一人、メイドさんがいた。
「あ、おはようございます。ユリウス様」
こちらに気付いたのは、そのメイドさんだった。クラシカルなロングスカートタイプのメイド服を着込み、ヘッドドレスもバッチリ。年齢はユリウスより若干年上といったところか。
彼女の名はクリスティ・エーデルスタイン。クリスの愛称で呼ばれるイセリナお付きのメイドで、イングバル家が没落した後もイセリナとその母に付き従い、こんな辺鄙な場所までやってきた。
この街に来た当初は、イセリナ同様最低限の戦闘術しか持ち合わせていなかったが、生きる残るためにと努力し、簡単な討伐依頼や、イセリナの補助くらいなら出来るまでに力を付けた。
「様なんてのはやめてくれ……。ガラじゃねぇよ」
頭を掻きつつ返事するユリウス。キッチンに近づくと、イセリナが一生懸命に朝食を作ってくれていた。
メニューはシンプルにベーコンエッグとポトフ。主食はユリウスの好みでライスだ。
「おはよう義兄さん。もう少しでご飯できるから、ちょっと待ってて?」
イセリナにそう言われ、ユリウスはへーいと返事をソファに腰を下ろした。そのタイミングでクリスティがティーセット(自前)を持ってきて暖かい紅茶を淹れてくれた。バラの香りのするロゼ・ロワイヤルというフレーバーで、紅茶の中でユリウスが一番気に入っているものだ。ついでにちょっとしたビスケットも用意してくれている。
それにありがとうと礼を言い、彼は紅茶を口に含んだ。そこで少し眠気が取れ、これまたいいタイミングで朝食が運ばれてくる。もちろん三人分だ。
他愛ない話をしつつ朝食を終えると、クリスティはイセリナの母の世話をしに自宅に戻り、一足先にイセリナが家を出る。
数十分して、ユリウスも支度を整え、家を後にした。扉を出ると、目の前には活気に溢れるウィッカーマンの姿が広がっていた。
主にイカツイ野郎共が多い。それはそうだ。この街の主産業は傭兵業。この街は彼らの得てきた資金によって運営されている。とはいえ、それだけでは回らない事柄というのは多々ある。その手の回らない事柄を埋めるために、商人がいたり役人がいたりするのだが、傭兵が副業としてその役職を担っていることもある。その中には農業を営んでいる者もいたりする。
ちなみに、ユリウスは傭兵業専門でごりごりの武闘派である。
「よーうお前らぁ! 生きてるかぁ!?」
声を張り上げながら、ユリウスはある建物の扉を叩き開いた。ここはユリウスが代表を務める傭兵ギルド『マーセナリー・オーダーズ』のアジトだ。
その声に、イセリナ始め、オーダーズのメンバーが呼応する。
「へへへ、相変わらず威勢がいいなぁダンナ」
赤いバンダナを被った、女性のように美しいブロンドの長髪を持った男性が軽い口調で言う。
彼の名はクロウ・ジャンクドッグ。出身地などはまるで不明だが、魔術の扱いに長け、体術も得意な珍しい『前衛型魔術師』だ。
その戦闘スタイルから、動きやすい服装を好む。主に柄入りの半袖シャツと、柔らかいデニム生地のジーンズで、トレードマークの赤いバンダナとモノクロカラーのスタジャン姿だ。体術を駆使するために、指ぬきのレザーグローブもつけている。
前向きな性格で、ちょっとしたことではへこたれない精神の持ち主であり、オーダーズのムードメーカーでもある。
「こっちは何の問題もないわよ? いつでも、何でもイケちゃうわぁ」
次に声を上げたのはレザー系の衣服を身に着けた色気のある女性だった。ボブカットの艶やかな黒髪で、左の口元にほくろがある。その名をハロルド・ウルフライク。クロウの公私のパートナーだ。色気のある口調ではあるが、その奥には計り知れない闇の感情が見え隠れしている。
右目に着けたモノクルは彼女自身が作った特別製で、約二百メートル先の対象を詳細に調べることができる。それに合わせて、右目そのものも義眼に改造している。
「して、今日の依頼で旨味のあるものはあるのか? 御大将」
部屋の片隅で座禅を組むような恰好で腰を下ろす大男がそう言った。色黒の肌。銀色というよりは白に近い頭髪。それを項あたりで無造作にまとめている。
筋肉の塊といっても過言ではない体躯を包むのは、はるか昔に東方の『叉無頼』と呼ばれる凄腕の剣士が身に着けていた『着流し』と呼ばれるものだ。色は藍色に近く、質のいい麻織物で、中に鋼糸も織り込んでいるため防御力は見た目よりも高い。その上重量も抑え気味。これほどまでに戦いに特化した服も珍しい。ボトムスは耐刃繊維で作られたスラックスだ。こちらもまた藍色である。
暁 玄獣郎。彼はそう名乗っている。その傍らには二メートル近い刃渡りを持つ大刀が立て掛けてあり、その銘を『血枯』。抜けば必ず血を吸うと噂される妖刀だ。
「まぁ待てよ、ゲン。イセリナ、なんか面白そうなモンはあるか?」
そう言われて、イセリナは端末をカタカタと操作して受信ボックスを確認した。それをずらーっと確認し、ピシッと指さした。
「あったよ義兄さん。紅狼騎士団との前哨戦だって!」
その声に、メンバーの全員が食いついた。我先にと端末の画面を覗き込み、依頼内容に目を通す。
数秒の沈黙の後、全員がニヤリと笑った。満場一致だろう。
「おもしれぇじゃねぇか。お前ら、異論はねぇよな?」
「トーゼンだろダンナぁ。前後払いで千五百づつ。その上歩合制で倒せば倒すほど金額アップときたもんだ」
「こんなオイシイ依頼、受けるしかないじゃない。もう身体が火照って来ちゃうわ」
「しかも相手は、強敵と名高い紅狼騎士団……。是非その手並みを拝見したいものだ」
「全員承認。だね。それじゃ、早速準備しましょう!」
全員が頷き、それぞれ準備を整えてアジトを出る。
「さぁて……。傭兵騎士団、 稼ぎに出るぜ!!」
ユリウスが叫ぶと、彼らの目の前に人数分のマナバイクが現れた。これらは全て、各々が自分に合うようにカスタマイズした特注品である。
五人はマナバイクに火を入れると、目的地に向かって進路を取るのであった。