NPCの日常
小説のタイトルは読んでみたいって思わせるような、そんな一捻りしたものがいいって聞いたことがある気がするけど。
そんなこと考えてもいられないくらい、それは急に私の身に降りかかった現実。
そして率直な感想。
どうせ転生するなら勇者とか賢者とか名のある冒険者になって世界を救ったりしてみたかった。
なのになんで。
私はどうやら、MMORPG内の大きくもなくかといって小さな村でもない街の宿屋の娘に転生してしまったようだ。
これはどこにでもいる平凡な会社員の私が、記憶を持ったままどこかよくわからない世界線の物語に放り込まれたお話。
『ミーラ!お客さまがお帰りになったから、客室のお掃除お願いできる?』
カウンターの奥の部屋で絵を描いて遊んでいる私にお母さんが声をかける。
『はい、お母さん!』
手にしていた色鉛筆を落書きいっぱいの紙と共にローテーブルの端に寄せ私は立ち上がる。
ミーラ。
それがここでの私の名前。
年齢は10歳。小学校なら4年生から5年生にあたる学年になるくらい。なのかな。
明るく元気でとっても丈夫。勉強はちょっと苦手だけど、そもそもこの世界には学校という概念がないようなので、宿題しろとか塾に行けとか言われてた元の世界に比べるととっても自由。
その代わりに、と言うわけでもないのだけども、宿屋を営む両親と姉、弟との5人暮らしは思いのほか忙しく、それなりにバタバタした日を送っていたりするのだ。
ベッドのシーツを取り替え、布団は窓の手すりに投げ掛ける。今日はとってもいい天気。
布団を掛けるついでに腰窓に腰かければ茶色がかった前髪に春先の風が吹き抜ける。
都会的とは言えない、けど、白塗りの壁にオレンジ色の屋根が連なるこの街は、景観もさることながら、多くの便利な店舗がひしめき合うため、所謂『冒険者たち』にも評判が良く宿屋の利用客も少なくはない。
艶のある屋根のずっと先には雄大な山々を臨み、目を凝らせば何か見慣れない乗り物に揺られながら広野を行く『冒険者たち』を見ることが出来る。
青々とした草木を抜け運ばれてくる風に、ここにくる前のことを思い出しそうな気配を感じ、私は両手の平でほっぺを1つ叩いた。
廊下に準備しておいた花は、家の裏手で育ててあるものと、自生しているものを少しずつ。生け花なんてやったことなかったけど、三角に見えるように生けると綺麗に見えるんだよっておばあちゃんが教えてくれた。
両親が営むこの宿は入って真正面にはカウンター。左右に一つずつ客室。二階には右手の階段を、地下の酒場には左手の階段をご利用ください。
今私がお掃除しているのは二階一番奥の部屋。二階には階段を上がって右側と正面、あとは左側に続く廊下の突き当たりの3つの客室がある。
どの部屋も同じような広さではあるが、窓から見える景色は様々だ