06 巫女さんだって怒ると怖いよ。
―売店―
早朝の見回り当番だった俺は朝食を買いに売店に来ている。
そして俺の目の前に巫女さんが一人。
「あら、またお会いしましたね子羊さん」
「ははっ、奇遇ですね~ でも僕はこれで失礼しますんで」
俺は一人称まで変えてこの場を去ろうとしたが、肩を掴まれて静止させられた。
「な、何か用でもあるんでしょうか?」
「勿論、あなたの様な人は私が殺らないとね」
「……理由を窺う事は出来るんですかね?」
「それくらいよろしくてよ。理由はね、貴方の顔です」
やっぱ顔ですか、昔から不良と勘違いされてきたこの顔、今までこれで避けられてきた事もあったけど時間が解決してくれた。
だけどまさかこれが原因で命を狙われるなんて事はなかったぞ!
巫女さんは以前俺の喉元に突き付けられたナイフを再び取り出し、俺の喉目掛けて一閃。
俺は一歩後ろに下がって喉を斬られずに済んだが、薄皮一枚持ってかれた。
喉仏当たりから少し出血している。
笑えねぇー
これ半端なく怖い。
巫女さんって優しいイメージだっただけにギャップがあり過ぎるし、何より目がマジだ。
「あのー 一応風紀委員なんで取り締まりますよ?」
「あら、風紀委員だったんですか?」
「えぇ。まぁ一昨日から」
「そうでしたか、それは失礼しました」
「分かっていただけたなら」
「でも、気に入らないんで」
「えっ?」
寝ぐせで跳ねていた前髪がバサッと地面に落ちた。
……狩られる!?
瞬間、俺は反射的に五月雨を抜刀して巫女さんに白刃を向けた。
「あら、闘るきですか?」
巫女さんはナイフを床に捨て、両袖から短剣を取り出して構える。
「闘るきって、アナタから仕掛けてきたんでしょうが」
「そうでしたか? そんな些細な事覚えていませんね」
「些細って、全然些細な事じゃないですよ! 人命がかかってるんですから」
巫女さんは俺の言葉を無視して突然立ち向かって来る。
ガキンッ!
短剣と五月雨がぶつかる。
しかし五月雨と刃を交えたのは左手に握った短剣一本、もう一本は右脇腹目掛けて宙を駆けている最中だった。
俺は疑問に思う、鉄の塊を両断できる五月雨の刃、それなのにこの短剣は刃こぼれ一つしていなかった。
この人、できる!
刹那、短剣の軌道上に刀が一本。
ガキンッ!
気が付くと、稜姫先輩が俺と巫女さんの間に立って短剣を防いでくれた。
「あら、もう来たんですか」
「私の嗅覚を侮ってもらっては困る。それに上級生が下級生に手を出すとは」
「別にいいじゃないですか、スキンシップの一種ですよ。稜姫ちゃん」
「その呼び方は止めろと以前にも」
「あらあら、照れちゃってますか? 可愛いですね~」
この二人、もしかして顔みしりなんじゃ。
「稜姫先輩、知り合いですか?」
「違う」「そうですよ」
二人は同時に正反対の事を言う。
表情から判断するなら、頬を少し赤らめて否定している稜姫先輩は嘘を吐いているな。
一方の巫女さんは笑顔、この人は嘘吐いてないな。
「先輩、この巫女さんは一体誰なんですか?」
「私はこんな奴の事は知らないと言っているだろう!」
「もう、分かってますから」
「うっ……」
「稜姫ちゃん、後輩に迷惑かけたらダメですよ?」
いや、アンタはその後輩を殺そうとしてたんだよ!?
それ言っちゃダメでしょ!
「こいつは私の幼馴染だ。名前は生島 奈々(いくしま なな)、生徒会副会長をしている」
「副会長ですか!?」
「そうですよ、これからよろしくね~」
俺は稜姫先輩に小声で、
「俺たちって校則違反している生徒を取り締まるんですよね?」
「あぁ、それがどうした?」
「副会長制服じゃなくてコスプレしてるんですけど」
「生徒会は基本無視しろ、厄介事はごめんだ」
とヒソヒソ話をしていると、「聞こえているんですから、私に聞けばいいでしょう?」と副会長は言った。
「じゃ、じゃあ聞きますけど、なんでコスプレを?」
「私の実家が神社だからですよ」
「生徒会と風紀委員会って仲が悪いんですか?」
「会長と委員長は兄妹なんですけ、ここ最近喧嘩しているようで、今は仲悪いですね」
「最後に、なんで巫女さんなのに、誅戮なんて物騒な通り名がついてるんですか?」
巫女さんは黒い笑みを浮かべて「知りたい?」と俺に質問してきた。
ゴクン。と唾を飲み「け、結構です」と断る。
怖くて聞けないって、聞いていいよ~ とか言われても聞いていい顔じゃなかったし。
「じゃあ私は仕事がまだ残っているので、これで失礼しますね」
「は、はい」
あぁ、最後に。私の事は奈々と呼んでね。と言って二年校舎の方へ歩いて行った。
「何なんですかあの人は」
「分からん。長い付き合いだが未だに理解できん部分がある」
「先輩も大変ですね」
「全くだよ」
―教室―
俺は今烈と見回りの相談をしている。
何故かというと、俺は三日間放課後の見回りという罰を科せられていたからだ。
「なんで私は秋人の罰に付き合わされなきゃいけないんだよ!」
「相棒なんだから仕方ないだろ!」
「私が入る前にミスったんだろ? だった一人でやれよ!」
「だ・か・ら、相棒なんだから付き合えって!」
「い・や・だ、って言ってんだろ!」
こんな言い争いをかれこれ三十分もしている、まだ一時間目のチャイムは鳴っていないものの、あと数分で定刻だ。
それにクラスメイト達は俺達の言い争いを面白そうに観戦している。
正直恥ずかしい。
「……仕方ないな、幼馴染として今回は付き合ってやる。次はないぞ?」
「あぁ。俺も学習くらいはする」
ようやく決着した。
―放課後・廊下―
俺と烈は放課後の見回りをしていた。
それこそ下らない世間話をしながら、それが角を曲がって視界に飛び込んできた物を見たら会話は消えた。
赤い液体がそこら中に飛び散っていて、制服を着た少年が床に三人倒れている。
そしてその三人を踏み台にでもしているかのように、返り血で赤く染まった巫女装束の奈々副会長は立っていた。
「な、何をしてるんですか?」
あまりに衝撃的な画に俺は恐る恐る聞いてみる。
烈に至っては対抗心なのか、目が燃えてた。
「何って、悪者退治に決まっています」
「悪者退治って……」
誰がどう見ても貴女が完全に悪者ですよ、この状況。
これで貴女が正義だというのならば、世界の終焉はあと一歩ってとこまで来てますね。
そしてこれを目撃してしまった事で、まさかあんな事になろうとはこの時の俺は思いもしなかった。
次話、対決です。